上 下
25 / 55
第二章

しぼんだ蕾は花に憧れる。2

しおりを挟む
「確かこっちの方向に……ってあれか?」
 古びた雑居ビルが目に入り、外看板を確認すると同じ会社名が書いてあった。
(てっきり社員証があるくらいだから大きい会社かと思ったが……)
あの女の人はすでに中へ入ったのか、辺りを見渡してもそれらしき人影はない。他にすることもできることもないオレは仕方なく近くにある公園のベンチであの人が出てくるのを待つことにした。
(もともと亞名が帰るまで公園かどっかで時間つぶすつもりだったし)
公園内の時計は15時すぎ、あと2時間もすれば出てくるだろうと予測をたて、待つ。
が、子供達への帰り時刻を知らせる鐘がなって30分経ったが、出てこない。会社の出入口から人が出てくるたびに確認はすれど、それらしき姿は見かけなかった。
さらに30分、もう陽はすっかり落ちて夜といっていい暗さになるがあの人は出てこなかった。
(待っていたのは間違いだったか……)
もう亞名もすでに帰っている頃だろうし、明日の朝早めにここで待っていればさすがに鉢合わせできるだろうと今日は諦めた。


 寺への戻り方はやっと少しコツを掴んだらしく、あの階段を見つけることが早くなっていた。階段を登り切ると、そこでは亞名が落ち葉の掃き掃除をしていた。
「かずと、おかえりなさい」
「あぁ、遅くなって悪い」
「今日は、仕事ないから……」
「そっか」
「あ、手伝うよ」
「うん」
集めた落ち葉をゴミ袋にまとめる。
「ここの掃除とかって亞名が一人でやってるのか?」
「たまに」
「……たまににしては結構キレイに保たれてるよな」
「それは、たぶん最初に魔女さんが住みやすくしてくれたからだと思う」
「なるほど」
「わたしが来た時にはもう誰もいなかったから」
「そうか」
「ンニャアーン」
言葉が途切れた時を見計らったかのように遠くからしろの鳴き声がした。
「あ、しろのご飯」
「あとはオレが片付けておくよ」
「ありがとう」
亞名は手に持っていた箒をオレに渡し、寺の中へと駆けていった。オレはその後ろ姿を見送っていて、完全に油断したところへ後ろから耳元へ呟かれる。
「報告書」
「うわぁっ」
オレは飛び跳ね振り向く。背中がゾワゾワしていた。
「急に大声出さないでよ。耳が痛いー」
自分の耳を塞いでる素振りを見せるのは死神メルだった。
「いやお前が驚かすから……」
「だってなんか亡くし屋ちゃん見ながらデレーってしてるからさ」
「デレーなんてしてないわ!」
「そう? じゃあなに? なにか特別な感情でもあるわけ?」
「いや、特別な感情もないけど……」
「けど、なにさ」
「……そんなことよりお前忙しいんじゃなかったのかよ」
「忙しいよ! けどかずとくん昨晩の報告書、完璧に忘れてそうだったからね」
「う……」
「アタシに出すだけならまだいいんだけど、仕事の失敗はさすがにアタシより上に報告しなきゃいけないから」
「それって……」
「そうあの適当な神様、自分のことは適当だけど他人のやらかしとかちゃんと説明しないとうるさいの」
「そうなんだ大変だな」
「……とにかく、今晩中にはあの時あったこと、起こったこと、どう対処したか、不十分だったか、全部書いて送ってよ」
「あのーちなみに送るってどうやって……」
「そんなことも知らないの?」
「いや全然なにも教えてもらってないし」
「君達のところに使い魔いるでしょ、あれにアタシ宛として括り付ければ届けてくれるわ」
「使い魔?」
「ほら、あの子なんて名前つけてたっけ、あかじゃなくてあおじゃなくて……」
「もしかしてしろか?」
「そうそうあの黒猫」
「しろって使い魔だったのかよ……」
衝撃的な事実だ。
「使い魔って言ってもあの人のを借りてるだけなんだけど……。まぁなんでもいいから早めによろしくね」
「雑……」
「バイバイ」
メルは手を振りながら別れの言葉を残すと何処かへ消えていった。

「はぁー」
 オレはため息をつく。まだ自分でもちゃんとは整理できてないのに報告書を書く憂鬱に苛まれた。
「かずとー、夜ご飯は?」
玄関の方からひょっこりと顔を出した亞名がそんなオレに声をかける。
「今行く」
このやり取りだけは懐かしさを感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

処理中です...