亡くし屋の少女は死神を雇う。

散花

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第二章

亡くし屋の仕事を死神は手伝う。2

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 その日の仕事はこの前とあまり変わりがなかった。晩年を病院で過ごし、ただ息をして人を亞名は仕事として亡くすのだ。そしてオレは魂の狭間でその人の魂を断ち切る。それだけ。オレの初仕事としては問題なく終わった。
報告のため亞名は院長の所へ戻ると言った。この病院でも亞名は煙たがられているのか、道中見かける看護師や医師達はよそよそしい。全く態度が違うのは院長だけだった。
「今回もありがとうね、雪乃くん」
「いえ」
「いやー助かるよ。病床の数も限られているのに身内すらいない、先の見込みも見えない老人をいつまでもそのまま現状維持にしておくのはね。効率が悪いのなんのって」
「………………」
院長室という個室だからと、ペラペラ喋るこの院長に少し嫌悪感を抱いたが、オレには反論することも何を言うこともできない。
亞名も慣れているのか特になにも言及はしない。
「報酬はこれね。君みたいな若い子がこれを何に使うかは知らないけど、こっちもこれで済む問題なら安いもんだよ」
ドサッと机の上にめいいっぱい膨らんだ封筒が置かれる。オレは初めて見る報酬の多さにギョッとするが、亞名は何も動じない。
「…………ありがとうございます」
そう言って慣れた手つきで受け取る。
「またよろしく頼むよ」
「…………はい」
病院を後にしようと、入ってきた扉、つまりは裏庭に繋がる扉へ向かう最中。
「……死神が」
そうボソッと誰かが口に出したのが聞こえた。オレは即座に振り向いて過ぎ去った人影を確認しようとしたが、亞名は
「気にしないで、かずとのことじゃないから」
と、それもまた慣れているかのように流していた。
「………………」

 寺への帰り道、オレはさっきの悪口として言われたであろうことを亞名に問う。
「あれは……オレのことじゃないなら亞名のことだよな?」
「………………」
「そんなこと、毎回のように言われているのか?」
「………………」
「亞名は、それに対してどう思ってるんだよ」
「………………」
「……そもそも亞名は、この仕事をやりたくてやっているのか? 昨日の話からしたら違うような──」
オレが言い終わる前に亞名は話しだす。
「わたしは、亡くし屋だから」
「……だからそれは」
「それしか、ないから」
「………………」
 そう言われてしまうと言い返せはしなかった。
確かに、傍から見ると亞名は合法……ではないが確実に人を殺している。ということになる。それも説明のしようのない力で。医者や看護師といった、人の命を救うべく働く職業の人達からは理解なんか得られないんだろう。
亞名の事情なんか知らない。そんな人達からはただの殺人に見えるのかもしれない。
亞名の事情を知ったとしても、生きている人間ならどう思うだろうか。それもまた賛否両論、いや安楽死も認められていない国ゆえ、否定のほうが多いのかもしれない。
もしオレが生きていて、本物の死神じゃなかったら亞名のことをどう思っただろうか。何がなんでも人殺しはいけない。そう思って亞名を責めるんだろうか。それとも──

「着いたけど」
 亞名に声をかけられ、ハッと気がつくと寺に戻っていた。
「ごはん、どうする?」
目の前にいる少女は、少し前に人を殺した(正確には亡くした、か)のにあっさりと日常会話に戻るんだな。と感心とほんの少しの狂気を覚えた。
もしかすると、それゆえに亡くし屋として魅入られてしまったのかもしれない。そうなるとどこに罪はいくのだろう? そもそも罪があるのかすら怪しい。亞名に罪はあるのだろうか? あるとしたら、いつか断罪される日が来るのだろうか? その時にオレはどう判断すべきなんだろうか。
「オレは……」
「?」
不思議そうに首を傾けてアクションをする亞名。
「いや、なんでもない。亞名が食べたいものでいいよ」
「わたしも特にないけど……」
「……いっそルーレットか何かで決めるか」
「ルーレット? そんなものは……」
「適当でいいんだよ! 例えば晴れたら和食とか、昼間食べてないものとかで」
「そうなんだ」
「あぁ普通は──」
「? かずと?」
「普通は…………って、普通ってなんだろうな」
「?」
「いや、悪い。この会話がなんとなく懐かしい感じがしただけだよ」
「……そう」
 昔、誰かとした会話。亞名くらいの子だった気がしなくもない。そして、亞名のようにとても無垢だった。危ういほどに。だから亞名のことは気になってしまうのかもしれないな。と勝手に解釈をした。
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