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第一章
亡くし屋の少女は死神を雇う。2
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空が焼けた色をしている。寺は森に囲まれているが他に高い建物があるわけでもないから、夕焼けはオレ達に直接降り注ぐ。
裏庭を亞名が先に歩いて、オレが静かについていく。ふと亞名は足を止める。
「どうした?」
「………………」
「?」
前を向いたまま、亞名は訊ねる。
「聞かないの?」
「なにを……」
風が横から吹いて、亞名はなびいた髪を手でどけながら振り返った。
真っ直ぐに目を見つめられる。相変わらずその瞳は真っ青で、吸い込まれそうで、どこまでも奥深く続いてるみたいだった。
小さな口を開き、オレに聞く。
「わたしがしたこと」
「………………」
「『亡くし屋』の仕事」
「………………」
「わたしは──」
「聞こうとは思ってる」
亞名の言葉は最後まで聞かなかった。
「けど、無理矢理聞くことでもないし、亞名が言いたくないならオレは……」
オレは、言いたいことがまとまってなかった。それに何を言っても言い訳で、目の前の少女、亞名から真実を聞くのが恐かった。
「………………」
「………………」
沈黙も、亞名の後ろ側から差す夕焼けも、痛かった。
情けないオレはそれ以上何を言うこともできないでいた。
そんなオレを気遣ってかどうか、亞名はこう言った。
「……聞いて、くれる?」
「ああ」
「中でいい?」
オレは頷き、二人で寺の中へ戻った。
夕陽は沈みながら空の色を変えていた。部屋の電気をつけ、机を挟み亞名とオレは向かいあっていた。
オレの後ろの壁には置いてきた鎌もそのまま立てかけてある。
「………………」
「………………」
「……何から聞きたい?」
「え、えーっと──」
「わたしは、『亡くし屋』雪乃亞名」
亞名は自分で聞いたにも関わらず、答える前に被せてきた。
(聞きたいことがありすぎて言い淀んだオレも悪かったけど!)
心の中で亞名のマイペースさに突っ込み、黙って聞くことにする。
「うん」
「………………」
「………………」
「………………」
「え?おしまい?」
「何が聞きたいのかわからなかったから」
「あー、じゃあ……」
オレは少し整理しながら考える。
「とりあえず、『亡くし屋』っていうのは?」
「わたしの仕事」
「ああ、うん」
「………………」
聞かれたことにしか答えない亞名に苦笑いしながらオレは続けた。
「…………業務内容について聞いてもよろしいでしょうか?」
「……人を、亡くすこと」
亞名は聞かれたことにはちゃんと答える。
「………………」
「………………」
「方法、とかあるのか?」
「ある」
「それは……ってさすがに企業秘密だったり……」
「わたしが願えば、その人は亡くなる」
「……それって」
普通に考えたら、意味はわからなかった。
けどオレは一度見ている。その瞬間を。それを信じる以外なにもないことを知っている。
それゆえの疑問は浮かぶ。
「…………誰にでも、できるのか?」
「そう」
「例えば、だけど。亞名が嫌いな人間だったり、気にくわない奴がいたら使うのか?」
「それはできない」
「そう、なのか」
「できないことは、ないと思うけど」
「どっちだよ……」
「わたしはしない」
「……なんで言い切れるんだよ」
「しないから、わたしは亡くし屋になった」
「??」
少し考えて聞く
「そもそも、その亡くす力ってのは亞名が持っていたものではないのか?」
「そう」
「そうなのか」
「そう」
「………………」
「………………」
この話はどうやらここで手詰まりらしい。オレは次の質問をすることにした。
「亞名はどうしてオレが見えるんだ?」
「?」
「いや、その、オレはどうやら生きている普通の人間ではないらしいんだが……」
自分でも記憶がないからこんなあやふやな言い方しかできなかった。
「知ってる」
「え」
「知ってる」
「それは聞こえたけど……」
「………………」
「え、なんで?」
「なにが?」
「いや、オレが生きてないとかなんでわかって……」
「亡くし屋だから?」
「死を扱う仕事だからか……なるほど……」
とオレは納得していた。
「てきとうに言ってみた」
亞名の言葉を聞くなりオレはガンッと机に頭を打ちつけた。
「大丈夫?」
「適当に言う場面かよ……」
「?」
「まぁいいや……」
「そう……」
額の痛みはよくないけど。
「そういえば、この寺はどうしたんだ?」
「……話すと長くなる」
「そっか」
「むかしむかしあるところに……」
「話すんかい」
「一人の女の子がこの廃れた寺に置いてかれました」
「………………」
「少ししたら戻ってくると母親に言われたその子は待ちました。けれど外は真っ暗になり、明るくなり、また暗くなり何回か繰り返しても母親は戻ってきませんでした」
「………………」
「お腹も限界まで空かせ、とうとう死ぬのかな、と思っていたその時、目の前に今のわたしと同じくらいの歳の子が現れました」
「どこからともなく現れたその少女は言いました。死とはなんなのか、あんまりよく覚えていないけれどなんかいっぱい一人で喋ってました。」
「その不思議な少女は、最初に食べ物を目の前に出してくれました。そしてこの寺も人が住めるくらいには綺麗にしてくれて。最後に言いました『期待してるわ、亡くし屋さん』と」
「……それが、『亡くし屋』雪乃亞名か」
「そう」
オレは、この少女が抱えた大きなモノを知って、少しでもその重さをどうにかしてあげたいと、そうしないとまた後悔しそうで、心が揺れ動いた。
裏庭を亞名が先に歩いて、オレが静かについていく。ふと亞名は足を止める。
「どうした?」
「………………」
「?」
前を向いたまま、亞名は訊ねる。
「聞かないの?」
「なにを……」
風が横から吹いて、亞名はなびいた髪を手でどけながら振り返った。
真っ直ぐに目を見つめられる。相変わらずその瞳は真っ青で、吸い込まれそうで、どこまでも奥深く続いてるみたいだった。
小さな口を開き、オレに聞く。
「わたしがしたこと」
「………………」
「『亡くし屋』の仕事」
「………………」
「わたしは──」
「聞こうとは思ってる」
亞名の言葉は最後まで聞かなかった。
「けど、無理矢理聞くことでもないし、亞名が言いたくないならオレは……」
オレは、言いたいことがまとまってなかった。それに何を言っても言い訳で、目の前の少女、亞名から真実を聞くのが恐かった。
「………………」
「………………」
沈黙も、亞名の後ろ側から差す夕焼けも、痛かった。
情けないオレはそれ以上何を言うこともできないでいた。
そんなオレを気遣ってかどうか、亞名はこう言った。
「……聞いて、くれる?」
「ああ」
「中でいい?」
オレは頷き、二人で寺の中へ戻った。
夕陽は沈みながら空の色を変えていた。部屋の電気をつけ、机を挟み亞名とオレは向かいあっていた。
オレの後ろの壁には置いてきた鎌もそのまま立てかけてある。
「………………」
「………………」
「……何から聞きたい?」
「え、えーっと──」
「わたしは、『亡くし屋』雪乃亞名」
亞名は自分で聞いたにも関わらず、答える前に被せてきた。
(聞きたいことがありすぎて言い淀んだオレも悪かったけど!)
心の中で亞名のマイペースさに突っ込み、黙って聞くことにする。
「うん」
「………………」
「………………」
「………………」
「え?おしまい?」
「何が聞きたいのかわからなかったから」
「あー、じゃあ……」
オレは少し整理しながら考える。
「とりあえず、『亡くし屋』っていうのは?」
「わたしの仕事」
「ああ、うん」
「………………」
聞かれたことにしか答えない亞名に苦笑いしながらオレは続けた。
「…………業務内容について聞いてもよろしいでしょうか?」
「……人を、亡くすこと」
亞名は聞かれたことにはちゃんと答える。
「………………」
「………………」
「方法、とかあるのか?」
「ある」
「それは……ってさすがに企業秘密だったり……」
「わたしが願えば、その人は亡くなる」
「……それって」
普通に考えたら、意味はわからなかった。
けどオレは一度見ている。その瞬間を。それを信じる以外なにもないことを知っている。
それゆえの疑問は浮かぶ。
「…………誰にでも、できるのか?」
「そう」
「例えば、だけど。亞名が嫌いな人間だったり、気にくわない奴がいたら使うのか?」
「それはできない」
「そう、なのか」
「できないことは、ないと思うけど」
「どっちだよ……」
「わたしはしない」
「……なんで言い切れるんだよ」
「しないから、わたしは亡くし屋になった」
「??」
少し考えて聞く
「そもそも、その亡くす力ってのは亞名が持っていたものではないのか?」
「そう」
「そうなのか」
「そう」
「………………」
「………………」
この話はどうやらここで手詰まりらしい。オレは次の質問をすることにした。
「亞名はどうしてオレが見えるんだ?」
「?」
「いや、その、オレはどうやら生きている普通の人間ではないらしいんだが……」
自分でも記憶がないからこんなあやふやな言い方しかできなかった。
「知ってる」
「え」
「知ってる」
「それは聞こえたけど……」
「………………」
「え、なんで?」
「なにが?」
「いや、オレが生きてないとかなんでわかって……」
「亡くし屋だから?」
「死を扱う仕事だからか……なるほど……」
とオレは納得していた。
「てきとうに言ってみた」
亞名の言葉を聞くなりオレはガンッと机に頭を打ちつけた。
「大丈夫?」
「適当に言う場面かよ……」
「?」
「まぁいいや……」
「そう……」
額の痛みはよくないけど。
「そういえば、この寺はどうしたんだ?」
「……話すと長くなる」
「そっか」
「むかしむかしあるところに……」
「話すんかい」
「一人の女の子がこの廃れた寺に置いてかれました」
「………………」
「少ししたら戻ってくると母親に言われたその子は待ちました。けれど外は真っ暗になり、明るくなり、また暗くなり何回か繰り返しても母親は戻ってきませんでした」
「………………」
「お腹も限界まで空かせ、とうとう死ぬのかな、と思っていたその時、目の前に今のわたしと同じくらいの歳の子が現れました」
「どこからともなく現れたその少女は言いました。死とはなんなのか、あんまりよく覚えていないけれどなんかいっぱい一人で喋ってました。」
「その不思議な少女は、最初に食べ物を目の前に出してくれました。そしてこの寺も人が住めるくらいには綺麗にしてくれて。最後に言いました『期待してるわ、亡くし屋さん』と」
「……それが、『亡くし屋』雪乃亞名か」
「そう」
オレは、この少女が抱えた大きなモノを知って、少しでもその重さをどうにかしてあげたいと、そうしないとまた後悔しそうで、心が揺れ動いた。
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