亡くし屋の少女は死神を雇う。

散花

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第一章

死神の青年は亡くし屋を知る。3

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 中にいたのは大人二人。
「最近、多く呼び出してすまないね」
中央奥に設置されたいかにもな木の机、そこに肘をつけて高そうな椅子に座ったまま話しかけたのは中年過ぎの白衣を着た男性だった。もう一人は秘書か助手か、細身のスーツを着ている眼鏡をかけた男性。
「いえ」
亞名は静かにそう答える。
(こいつ普通に会話のキャッチボールできてるじゃん!?)
と、オレとの会話はちゃんと成り立ってない感が否めないため突っ込みたいところだったが、堪えた。
(にしても、亞名はなんで呼び出されてるんだ……?)
亞名は仕事をしにきた。はずだが、オレには真っ先にここに来た検討がつかなかった。
「今日は403号室の人をお願いできるかな」
「はい」
粛々と返事をした亞名はペコリと一礼して部屋を出ようとする。側につくようにオレも一緒に外へ出た。

院長らしき人物の発言からも、何度かこの病院に来たことがあるのだろう。亞名は案内されるわけでもなく、403号室へ迷わず辿り着く。
扉の前でノックしようとする姿勢で少し止まった。
「亞名……?」
「………………」
声をかけたが、それには答えず、次の瞬間には扉をたたいていた。
「失礼します。『亡くし屋』です」
(『なくし屋』?)
聞き慣れない名称に疑問符がつく。
中の人の返事はない。それでも亞名はそのまま扉を開いて部屋の中へ入る。
オレも続けて入る。と、まず目にしたのは一つのベッド。そこには心電図に繋がられた一人の老婆が横たわっていた。その波形はまだ動いている。
次に目に入ったのは想像していなかった人物。
「メル!?」
赤い髪を一つに束ねて、窓際に位置取り、腕を組んで静かにこちらを見つめる少女。というか『死神』だった。
「メル! なんでここに?」
「うるさいわね、病室なんだから静かにしなさい」
「あ、はい」
デジャブ。
「……君は、ちゃんとここで大人しく見てて」
「??」
メルの視線は亞名の方へ向く。オレもメルの隣に立って振り返る。
いつの間にか亞名はベッドの側に移動していた。その表情は特にいつもと変わりなく無表情だ。
亞名は側に立ったまま、まるで神に祈るシスターかのように両手を胸の前で組み、目を閉じた。
すると間もなく、今まで異常なく一定の音を刻んでいた機械が壊れたかのようにピーーーと長い電子音を響かせた。
「え」
横にいたメルは、その時を待っていたように、
スッとどこからともなく鎌を取り出し、一瞬でベッドの側まで行くと、鎌を振り上げ、突き刺すように下ろした。
「なっ」
オレは瞬間、目をつむってしまったが恐る恐る開けると、そこは先刻さっきまでいた病室とは全く風景が異なっていた。

 何故か草原のような広い空間。それに大きなシャボン玉のようなモノがいくつも浮かんでいた。
「???」
辺りを見回し混乱するオレに、前にいるメルは話しかける。
「ここは通称『魂の狭間』とされる場所。」
「狭間? そういえばオレが最初にメルと会ったのも……」
「それは天界と此の世の狭間。そこは実際に場所として存在しているけど、ここ、魂の狭間は現象に近いもの」
「???」
「ここはとして捉えてくれればいいよ」
「つまり、幻覚を見てるっていう感じか?」
「厳密には違うけど、ま、それでいいや」
(雑……)
「てか渡したファイル読んだんじゃないの?」
「あー……あれね、あれは……」
オレはどう言い訳しようかと悩んでいたが、メルが続けて話しだした。
「はぁ、まぁいいや。とりあえず一通り説明しようと思って来たわけだし、付いてきて」
「あぁ、わかった」

「この魂の狭間っていうのは、それぞれ人や動物達それぞれ個人、個体が持っているモノなの」
メルは歩みを進めながら説明する。
「それで、そのフワフワ浮いてるのがその人の記憶だったり、恨み妬み、色んな感情だったりするものが形状化したモノね」
シャボン玉のようなソレに近づくと、なにやら話し声やその人の記憶らしいものが回想として見えたり聞こえたりした。
そしてソレにはそれぞれうっすらと糸がどこかに繋がっていた。
「まぁこれらもなるべく消したほうがいいんだけど……」
といいながらメルは鎌を軽く振り回して糸を断ち切る。
すると、ソレは弾け消え無くなっていった。
「この人の場合は、問題にならなそうだし」
「それってどういう?」
「魂の狭間はそれぞれ人や動物が持つって言ったよね? つまり、形や空間もその人や動物によって全く違う形状になるの」
「ソレらを見ればわかると思うけど」とメルは付け足し、オレは近くにあったソレを覗き込む。
どうやら、この人の日常生活や、日々、毎日の営みが延々と繰り返されていた。
「そんなに、特別何かを呪ったり、強く思っていたりはしていないでしょ?」
なんとなく、メルの言おうとしていることがわかるような気がする。
「こういう人のほうが楽だよ、死神こちらとしても」
「? へぇ」
「あまり時間はないから、さっさと仕事済ますけど……」
「仕事って……。あ……」
どこから来たのかわからないが、先程までベッドに横たわり寝ていた老婆がこちらにゆっくり歩いて向かって来る。
「自分から、来てくれたんだね」
「え?」
「いい? これがアタシ達の仕事」
そう言うとメルは、鎌を高く掲げる。
「この人の『魂』を此の世から断ち切るっ」
その人影に、思いっ切り振り下ろした。
すると、いつの間にか辺りは電子音が響く病室に戻ってきていた。

 メルは静かに言った。
「人間や動物って、死んだ後に数分間は聴覚やら意識があるようなこと言われていたりするでしょう?」
「その間にアタシ達は仕事をするの。此の世に未練や魂が残らないように。此の世から天界へ送ること。それがアタシ達『死神』の仕事」
「そうか……」
オレはメルが鎌を振り下ろし魂を断ち切る前のほんの一瞬、この人が穏やかに笑ったことが脳裏から離れなかった。
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