14 / 55
第一章
死神の青年は亡くし屋を知る。3
しおりを挟む
中にいたのは大人二人。
「最近、多く呼び出してすまないね」
中央奥に設置されたいかにもな木の机、そこに肘をつけて高そうな椅子に座ったまま話しかけたのは中年過ぎの白衣を着た男性だった。もう一人は秘書か助手か、細身のスーツを着ている眼鏡をかけた男性。
「いえ」
亞名は静かにそう答える。
(こいつ普通に会話のキャッチボールできてるじゃん!?)
と、オレとの会話はちゃんと成り立ってない感が否めないため突っ込みたいところだったが、堪えた。
(にしても、亞名はなんで呼び出されてるんだ……?)
亞名は仕事をしにきた。はずだが、オレには真っ先にここに来た検討がつかなかった。
「今日は403号室の人をお願いできるかな」
「はい」
粛々と返事をした亞名はペコリと一礼して部屋を出ようとする。側につくようにオレも一緒に外へ出た。
院長らしき人物の発言からも、何度かこの病院に来たことがあるのだろう。亞名は案内されるわけでもなく、403号室へ迷わず辿り着く。
扉の前でノックしようとする姿勢で少し止まった。
「亞名……?」
「………………」
声をかけたが、それには答えず、次の瞬間には扉をたたいていた。
「失礼します。『亡くし屋』です」
(『なくし屋』?)
聞き慣れない名称に疑問符がつく。
中の人の返事はない。それでも亞名はそのまま扉を開いて部屋の中へ入る。
オレも続けて入る。と、まず目にしたのは一つのベッド。そこには心電図に繋がられた一人の老婆が横たわっていた。その波形はまだ動いている。
次に目に入ったのは想像していなかった人物。
「メル!?」
赤い髪を一つに束ねて、窓際に位置取り、腕を組んで静かにこちらを見つめる少女。というか『死神』だった。
「メル! なんでここに?」
「うるさいわね、病室なんだから静かにしなさい」
「あ、はい」
デジャブ。
「……君は、ちゃんとここで大人しく見てて」
「??」
メルの視線は亞名の方へ向く。オレもメルの隣に立って振り返る。
いつの間にか亞名はベッドの側に移動していた。その表情は特にいつもと変わりなく無表情だ。
亞名は側に立ったまま、まるで神に祈るシスターかのように両手を胸の前で組み、目を閉じた。
すると間もなく、今まで異常なく一定の音を刻んでいた機械が壊れたかのようにピーーーと長い電子音を響かせた。
「え」
横にいたメルは、その時を待っていたように、
スッとどこからともなく鎌を取り出し、一瞬でベッドの側まで行くと、鎌を振り上げ、突き刺すように下ろした。
「なっ」
オレは瞬間、目をつむってしまったが恐る恐る開けると、そこは先刻までいた病室とは全く風景が異なっていた。
何故か草原のような広い空間。それに大きなシャボン玉のようなモノがいくつも浮かんでいた。
「???」
辺りを見回し混乱するオレに、前にいるメルは話しかける。
「ここは通称『魂の狭間』とされる場所。」
「狭間? そういえばオレが最初にメルと会ったのも……」
「それは天界と此の世の狭間。そこは実際に場所として存在しているけど、ここ、魂の狭間は現象に近いもの」
「???」
「ここは実際には存在しない意識的なものとして捉えてくれればいいよ」
「つまり、幻覚を見てるっていう感じか?」
「厳密には違うけど、ま、それでいいや」
(雑……)
「てか渡したファイル読んだんじゃないの?」
「あー……あれね、あれは……」
オレはどう言い訳しようかと悩んでいたが、メルが続けて話しだした。
「はぁ、まぁいいや。とりあえず一通り説明しようと思って来たわけだし、付いてきて」
「あぁ、わかった」
「この魂の狭間っていうのは、それぞれ人や動物達それぞれ個人、個体が持っているモノなの」
メルは歩みを進めながら説明する。
「それで、そのフワフワ浮いてるのがその人の記憶だったり、恨み妬み、色んな感情だったりするものが形状化したモノね」
シャボン玉のようなソレに近づくと、なにやら話し声やその人の記憶らしいものが回想として見えたり聞こえたりした。
そしてソレにはそれぞれうっすらと糸がどこかに繋がっていた。
「まぁこれらもなるべく消したほうがいいんだけど……」
といいながらメルは鎌を軽く振り回して糸を断ち切る。
すると、ソレは弾け消え無くなっていった。
「この人の場合は、問題にならなそうだし」
「それってどういう?」
「魂の狭間はそれぞれ人や動物が持つって言ったよね? つまり、形や空間もその人や動物によって全く違う形状になるの」
「ソレらを見ればわかると思うけど」とメルは付け足し、オレは近くにあったソレを覗き込む。
どうやら、この人の日常生活や、日々、毎日の営みが延々と繰り返されていた。
「そんなに、特別何かを呪ったり、強く思っていたりはしていないでしょ?」
なんとなく、メルの言おうとしていることがわかるような気がする。
「こういう人のほうが楽だよ、死神としても」
「? へぇ」
「あまり時間はないから、さっさと仕事済ますけど……」
「仕事って……。あ……」
どこから来たのかわからないが、先程までベッドに横たわり寝ていた老婆がこちらにゆっくり歩いて向かって来る。
「自分から、来てくれたんだね」
「え?」
「いい? これがアタシ達の仕事」
そう言うとメルは、鎌を高く掲げる。
「この人の『魂』を此の世から断ち切るっ」
その人影に、思いっ切り振り下ろした。
すると、いつの間にか辺りは電子音が響く病室に戻ってきていた。
メルは静かに言った。
「人間や動物って、死んだ後に数分間は聴覚やら意識があるようなこと言われていたりするでしょう?」
「その間にアタシ達は仕事をするの。此の世に未練や魂が残らないように。此の世から天界へ送ること。それがアタシ達『死神』の仕事」
「そうか……」
オレはメルが鎌を振り下ろし魂を断ち切る前のほんの一瞬、この人が穏やかに笑ったことが脳裏から離れなかった。
「最近、多く呼び出してすまないね」
中央奥に設置されたいかにもな木の机、そこに肘をつけて高そうな椅子に座ったまま話しかけたのは中年過ぎの白衣を着た男性だった。もう一人は秘書か助手か、細身のスーツを着ている眼鏡をかけた男性。
「いえ」
亞名は静かにそう答える。
(こいつ普通に会話のキャッチボールできてるじゃん!?)
と、オレとの会話はちゃんと成り立ってない感が否めないため突っ込みたいところだったが、堪えた。
(にしても、亞名はなんで呼び出されてるんだ……?)
亞名は仕事をしにきた。はずだが、オレには真っ先にここに来た検討がつかなかった。
「今日は403号室の人をお願いできるかな」
「はい」
粛々と返事をした亞名はペコリと一礼して部屋を出ようとする。側につくようにオレも一緒に外へ出た。
院長らしき人物の発言からも、何度かこの病院に来たことがあるのだろう。亞名は案内されるわけでもなく、403号室へ迷わず辿り着く。
扉の前でノックしようとする姿勢で少し止まった。
「亞名……?」
「………………」
声をかけたが、それには答えず、次の瞬間には扉をたたいていた。
「失礼します。『亡くし屋』です」
(『なくし屋』?)
聞き慣れない名称に疑問符がつく。
中の人の返事はない。それでも亞名はそのまま扉を開いて部屋の中へ入る。
オレも続けて入る。と、まず目にしたのは一つのベッド。そこには心電図に繋がられた一人の老婆が横たわっていた。その波形はまだ動いている。
次に目に入ったのは想像していなかった人物。
「メル!?」
赤い髪を一つに束ねて、窓際に位置取り、腕を組んで静かにこちらを見つめる少女。というか『死神』だった。
「メル! なんでここに?」
「うるさいわね、病室なんだから静かにしなさい」
「あ、はい」
デジャブ。
「……君は、ちゃんとここで大人しく見てて」
「??」
メルの視線は亞名の方へ向く。オレもメルの隣に立って振り返る。
いつの間にか亞名はベッドの側に移動していた。その表情は特にいつもと変わりなく無表情だ。
亞名は側に立ったまま、まるで神に祈るシスターかのように両手を胸の前で組み、目を閉じた。
すると間もなく、今まで異常なく一定の音を刻んでいた機械が壊れたかのようにピーーーと長い電子音を響かせた。
「え」
横にいたメルは、その時を待っていたように、
スッとどこからともなく鎌を取り出し、一瞬でベッドの側まで行くと、鎌を振り上げ、突き刺すように下ろした。
「なっ」
オレは瞬間、目をつむってしまったが恐る恐る開けると、そこは先刻までいた病室とは全く風景が異なっていた。
何故か草原のような広い空間。それに大きなシャボン玉のようなモノがいくつも浮かんでいた。
「???」
辺りを見回し混乱するオレに、前にいるメルは話しかける。
「ここは通称『魂の狭間』とされる場所。」
「狭間? そういえばオレが最初にメルと会ったのも……」
「それは天界と此の世の狭間。そこは実際に場所として存在しているけど、ここ、魂の狭間は現象に近いもの」
「???」
「ここは実際には存在しない意識的なものとして捉えてくれればいいよ」
「つまり、幻覚を見てるっていう感じか?」
「厳密には違うけど、ま、それでいいや」
(雑……)
「てか渡したファイル読んだんじゃないの?」
「あー……あれね、あれは……」
オレはどう言い訳しようかと悩んでいたが、メルが続けて話しだした。
「はぁ、まぁいいや。とりあえず一通り説明しようと思って来たわけだし、付いてきて」
「あぁ、わかった」
「この魂の狭間っていうのは、それぞれ人や動物達それぞれ個人、個体が持っているモノなの」
メルは歩みを進めながら説明する。
「それで、そのフワフワ浮いてるのがその人の記憶だったり、恨み妬み、色んな感情だったりするものが形状化したモノね」
シャボン玉のようなソレに近づくと、なにやら話し声やその人の記憶らしいものが回想として見えたり聞こえたりした。
そしてソレにはそれぞれうっすらと糸がどこかに繋がっていた。
「まぁこれらもなるべく消したほうがいいんだけど……」
といいながらメルは鎌を軽く振り回して糸を断ち切る。
すると、ソレは弾け消え無くなっていった。
「この人の場合は、問題にならなそうだし」
「それってどういう?」
「魂の狭間はそれぞれ人や動物が持つって言ったよね? つまり、形や空間もその人や動物によって全く違う形状になるの」
「ソレらを見ればわかると思うけど」とメルは付け足し、オレは近くにあったソレを覗き込む。
どうやら、この人の日常生活や、日々、毎日の営みが延々と繰り返されていた。
「そんなに、特別何かを呪ったり、強く思っていたりはしていないでしょ?」
なんとなく、メルの言おうとしていることがわかるような気がする。
「こういう人のほうが楽だよ、死神としても」
「? へぇ」
「あまり時間はないから、さっさと仕事済ますけど……」
「仕事って……。あ……」
どこから来たのかわからないが、先程までベッドに横たわり寝ていた老婆がこちらにゆっくり歩いて向かって来る。
「自分から、来てくれたんだね」
「え?」
「いい? これがアタシ達の仕事」
そう言うとメルは、鎌を高く掲げる。
「この人の『魂』を此の世から断ち切るっ」
その人影に、思いっ切り振り下ろした。
すると、いつの間にか辺りは電子音が響く病室に戻ってきていた。
メルは静かに言った。
「人間や動物って、死んだ後に数分間は聴覚やら意識があるようなこと言われていたりするでしょう?」
「その間にアタシ達は仕事をするの。此の世に未練や魂が残らないように。此の世から天界へ送ること。それがアタシ達『死神』の仕事」
「そうか……」
オレはメルが鎌を振り下ろし魂を断ち切る前のほんの一瞬、この人が穏やかに笑ったことが脳裏から離れなかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
凪の始まり
Shigeru_Kimoto
ライト文芸
佐藤健太郎28歳。場末の風俗店の店長をしている。そんな俺の前に16年前の小学校6年生の時の担任だった満島先生が訪ねてやってきた。
俺はその前の5年生の暮れから学校に行っていなかった。不登校っていう括りだ。
先生は、今年で定年になる。
教師人生、唯一の心残りだという俺の不登校の1年を今の俺が登校することで、後悔が無くなるらしい。そして、もう一度、やり直そうと誘ってくれた。
当時の俺は、毎日、家に宿題を届けてくれていた先生の気持ちなど、考えてもいなかったのだと思う。
でも、あれから16年、俺は手を差し伸べてくれる人がいることが、どれほど、ありがたいかを知っている。
16年たった大人の俺は、そうしてやり直しの小学校6年生をすることになった。
こうして動き出した俺の人生は、新しい世界に飛び込んだことで、別の分かれ道を自ら作り出し、歩き出したのだと思う。
今にして思えば……
さあ、良かったら、俺の動き出した人生の話に付き合ってもらえないだろうか?
長編、1年間連載。
日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき
山いい奈
ライト文芸
★お知らせ
3月末の非公開は無しになりました。
お騒がせしてしまい、申し訳ありません。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。
世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。
恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。
店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。
世都と龍平の関係は。
高階さんの思惑は。
そして家族とは。
優しく、暖かく、そして少し切ない物語。
スメルスケープ 〜幻想珈琲香〜
市瀬まち
ライト文芸
その喫茶店を運営するのは、匂いを失くした青年と透明人間。
コーヒーと香りにまつわる現代ファンタジー。
嗅覚を失った青年ミツ。店主代理として祖父の喫茶店〈喫珈琲カドー〉に立つ彼の前に、香りだけでコーヒーを淹れることのできる透明人間の少年ハナオが現れる。どこか奇妙な共同運営をはじめた二人。ハナオに対して苛立ちを隠せないミツだったが、ある出来事をきっかけに、コーヒーについて教えを請う。一方、ハナオも秘密を抱えていたーー。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる