上 下
10 / 11
別離(リタが別の人と結婚あり)

2

しおりを挟む
 味のしない晩餐を第7王子と食べて、夜には、王子の寝室で抱かれた。
 婚約が決まってすぐだった。王子の寝室に呼ばれた。

 正直、聖水をもらう代わりに王子の物になるようにと言われても、どうしたいのかわからなかった。意図がわからなかった。
 形式上だけなのか、または裏でそういう行為をするだけなのか、愛人になるのか。

 小細工はあったが、マイラと正式に別れ、王子と婚約し、将来結婚する。王子は体面も中身も揃えた。
 それでもリタには王子の考えていることがわからない。そこまでする意味があるのかと思ってしまう。

 マイラとはあんなにも、恥ずかしくて気持ちが良かった特別な行為も、王子相手だと何も感じなかった。
 おれは不感症だったんだな。

 マイラの時は初めてだったから、きっと何も分からず特別なことのように感じただけだったんだ。


 第7王子がおれのことが好きなのかわからない。気に入ってはいるのかもしれない。でも多分心から好きとかではない。だから、何の不安もない。最初から気持ちがないとわかっているから。

 おれは淡々と王子の宮殿で暮らし、いつの間にか王子と結婚し、時折、要請があれば至高の杖をもち、魔獣を退治し、いつの間にか歳をとっていた。

 第7王子は後継者争いの関連で子供を作ってはいけなかった。だから伴侶が男のおれでちょうどよかったんだろう。それにしてももっとましな相手もいただろうに。わざわざおれを選ばなくても。まあおれは魔獣対策にはちょうどいい人材だが。

 不感症だと思っていたおれも、第7王子が強力な媚薬を手に入れ、使っているうちに快感を拾うようになった。

 だからといって、何も感情は動かない。そんなものだ。

 頭がおかしくなるくらいに、快感に支配され、第7王子を求めて、縋る。第7王子は笑いながらそれに応える。自分が馬鹿みたいに思うが、それくらいでちょうど良い。








 第7王子は私的な仕事は全てやめており、王族としての公的な仕事のみしている。
 時折王室の仕事で外交やパーティーに参加する。それにはおれも参加している。たぶんマイラより長い時間一緒にいる。ほぼ一日中、一緒だ。

 研究室で一緒に魔術を研究したりもする。同じ魔術師として話は弾む。

 ある時は、書斎で第7王子は机の前に座り、おれは長椅子に座る。互いに本や書類を読み、時間になれば食事を一緒にとる。そんな距離感だった。

 穏やかな日々。たぶんマイラといるよりも。







 第7王子が病に倒れた。10年ほど一緒に過ごす間に、第7王子に家族に対する情みたいなものはあった。

 
 第7王子の病気を知って、おれは聖水を求めた。
 「早く聖水を!」
 以前マイラに使用した時に聖水の劇的な回復力を見たおれは、聖水だのみになっていた。何かあれば聖水を。だがこの病には聖水は効かないという。
 遺伝的な病には効かない、気休め程度にしかならないと。ではポーションは薬は? と色々試した。

 第7王子の病の進行は早かった。若いから発症すれば進むのが早いと王宮医が言う。

 「若ければ回復力が優れているのではないのか」
 王宮医を詰ってしまう。
 「もっと効く薬を持ってこい」
 
 王宮医は顔を青くして、首を振る。

 ちょっと前まで元気で普通に歩いていた人が、歩けなくなった。あっという間に次には立てなくなった。口だけは話せる。
 元々細かったが、あまり食べれなくなって更に細くなる。不思議と肌は綺麗で顔色も悪くはない。
 
 リタは王子に、ゆっくり食べさせながら
 「おいまた神器とか隠してるんじゃないのか、早くだせ。この病にも効く聖水とかないのか」
 リタが言うと第7王子は笑う。

 「無茶を言わないでください。なんでもかんでもあると思ったら大間違いですよ」
 「光の魔法をもう一度試そう。もう一回魔術師を呼ぼう」
 「僕が死んだら、マイラ侯爵の元に戻れますよ」
 第7王子が苦笑している。

 「死ぬとか言うな」
 リタはため息をつく。
 「そんなことを言うくらいなら、もう一口食べてくれ」

 「マイラ侯爵とあなたを引き離した、こんな僕でも心配してくれるんですか」
 「お前が助かるなら全力で助けるよ」
 だからもう何も言うな、とリタは王子の頭を撫でた。


 また、あくる日には、王子がまた自分が死んだらや、どうしてこんな僕にも親切なんですかなど言ってくる。
 「お前の性格はそんなに良くない事は知っている。そんなの今更ではないか。おれだってそんなに性格は良くない」
 リタは呆れたように言う。
 「あなたは優しいです。まっすぐで自分を突き通す強さがある」
 王子は、力なく笑う。リタを見ているのでなく、何か眩しいものを見ているような眼差しだ。
 いつもの貴族や他の者に見せる、何を考えているかわからない薄い笑みとは違う。

 「おい」
 「リタ、もし僕を心配しているのならば、最後までそばにいてください。そんなに長くかかりません。その後はあなたは、・・・どこにでも、好きなところに、いってください。もう僕のことや、多くのことを気にしなくてもいいです」

 「ずっと側にいるだろう? だから安心しろ」
 リタは寝ている王子の髪をすく。
 「それに、おれがそんなに器用だったら、こんな捻くれてないし、もっとうまくやっている」
 「確かに、あなたは、不器用ですね」
 王子は思い出したように笑う。

 「リタ、・・・リタは覚えてないかもしれませんが、僕が王宮で肩身狭く、息苦しく暮らしているときに、あなたに助けられたんですよ。・・・その時僕にはあなたが、輝いて見えたなぁ。・・・・・きっとあなたを、・・・そんな、風に思っている、・・・そんな人が、他にもいっぱい・・・」
 「もう他の人の話はいらない。お前がしたいことを話せ。そばにずっといてやるから」


・・


 第7王子はリタのことを思う。
 だから、あなたは優しいんですよ。

 無理矢理マイラ侯爵と引き離した僕を憎むことなく、一緒に過ごしてくれた。そのことがどれだけうれしかったか。

 薬の力を使っていたけど、あなたが僕に感じてくれた時、僕は嬉しかった。

 一緒に普通に横に寝るようになって、あなたのその白い体を抱きしめることが、僕の癒しだった。

 心配げにリタの黒い瞳が王子を見ている。

 あなたが僕だけを見ている。僕はあなただけを感じている。
 僕は満ち足りた想いでいっぱいになる。

 最後に欲しいものは、あなたが側にいることだけ。
 


・・


 リタは微笑んで見える第7王子の穏やかな表情を眺める。顔色もいい。
 「今は落ち着いてるようだな」
 せめて痛みを感じないように、安らかに、穏やかに過ごせるようにしてあげたい。

 第7王子の宮殿には、他の王族もめったに来ないから楽でいいと思っていたが、こんな風に病に倒れても、形式的な見舞いの手紙と品が届けられるだけだった。
 もしかしたら寂しい王子だったのかもしれない。







 リタは第7王子の顔を布で優しく拭く。

 少しでも食べれるものをと、果実を絞ったり、薄く伸ばしたお粥を食べさせる。

 何もしない時は、ずっと手を握って取り留めない話をする。




 「ほら、これいい匂いがするだろ」
 少しでも食欲が増せばと思って、以前好きだった果実を枕元に持ってくる。
 鼻先にまでその果実を持っていく。
 「ほら持てるか?」
 手に持たせようとするが、コロリと落ちる。

 「しっかり持って」
 指でしっかり掴ませるが、またコロリと落ちる。
 「なんで・・・」
 リタは果実を掴むが、王子の手に渡せない。また落ちるところを見たくない。


 いつもと変わりない顔色だから、大丈夫だと思っていた。穏やかな表情だから・・・。
 まだ大丈夫だって。

 次の年の春の話までしていただろう。だからせめてそこまではいけると思っていた。

 約束をしていないけど。

 そういえば、結婚の時以外、第7王子とは何の約束もしていない。だけど、ずっと一緒にいた。
 約束をしていないから、嘘をつかれたと思ったことがない。
 

 おれが無頓着だから、第7王子のことを知ろうともしなかった。今更ながら後悔する。誰よりも、これほど長く一緒にいた人はいなかったのに。


 リタの片方の目から知らずに涙が落ちた。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

エスポワールで会いましょう

茉莉花 香乃
BL
迷子癖がある主人公が、入学式の日に早速迷子になってしまった。それを助けてくれたのは背が高いイケメンさんだった。一目惚れしてしまったけれど、噂ではその人には好きな人がいるらしい。 じれじれ ハッピーエンド 1ページの文字数少ないです 初投稿作品になります 2015年に他サイトにて公開しています

だから愛した

佐治尚実
BL
大学生の礼嗣は恋人の由比に嫉妬させようと、せっせと飲み会に顔を出す毎日を送っている。浮気ではなく社交と言いつくろい、今日も一杯の酒で時間を潰す。帰り道に、礼嗣と隣り合わせた女性が声をかけてきて……。 ※がっつり女性が出てきます。 浮気性の攻めが飲み会で隣り合わせた女性に説教されて受けの元に戻る話です。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

グッバイシンデレラ

かかし
BL
毎週水曜日に二次創作でワンドロライ主催してるんですが、その時間になるまでどこまで書けるかと挑戦したかった+自分が読みたい浮気攻めを書きたくてムラムラしたのでお菓子ムシャムシャしながら書いた作品です。 美形×平凡意識 浮気攻めというよりヤンデレめいてしまった

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

俺のことが嫌いな幼馴染を洗脳してセックスする話

煉瓦
BL
自分を嫌っているイケメンの幼馴染に薬物を飲ませて洗脳し、両想いの状態にした上でエッチなことをします。

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

処理中です...