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本編1

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 まつ毛に涙の雫をつけて、リタがおれの腕の中で眠る。
 今日も好きだと言ったのに、友達の好きに変えられた。
 「リタ好きだよ。おれに振り向いて」

 寂しがり屋ですぐ不安になるリタ。おれがリタを一番幸せにするからね。

 マイラは、リタの髪にキスを落とす。

 寄り添う金髪のマイラと黒髪のリタは兄弟のようにも、恋人のようにも見えた。
 





 侯爵家の次男であるリタリヤ マーグレンは、魔術師として優秀だが、女性と付き合ってもすぐ終わるを繰り返していた。

 出会って目があって、恥ずかしそうに嬉しそうに微笑まれて、優しい声にうっとりし、真実の愛だと思って付き合い始める。

 やめた方がいいってわかっていても、好きになった人が自分以外に興味があるのが許せなくなる。

 今回こそ、やめようと思うのに、信じられる相手と再出発するのに、段々相手が信じられなくなる。疑ってしまう。

 おれを好きっていってたのに、もう好きじゃなくなったんじゃないのか?
 あるいは最初から好きじゃなかったんじゃないのか? 嘘だったのか。

 そう思ったら最後、相手に確認しないと気がすまない。相手が否定すればするほど、信じられない。強い口調で否定の言葉を並べて追い詰めてしまう。
 大抵の女性はこの時点で別れる。


 それでも、付き合ってくれても、おれのことだけを見てほしくて、最終的には軟禁みたいに閉じ込めたこともある。恋人の心が疲弊する。結局「耐えられない」と恋人が逃げていく。


 最初はいいんだ。どんなわがままでも聞くし、望みも叶える。尽くして世話もする。相手もこんなに、愛されて幸せだという。

 恋人のことを全て知りたいし、常に一緒にいたい。
ここらへんはまだ付き合いたてだからか、相手も同じように接してくれる。

 それが「どこにいくんだ」「何をしてたんだ」「だれといくんだ」毎日、確認確認してしまう。
 そのうち恋人が些細な嘘をつく。

 「心配すると思って」ってまるでおれのことを思ってるみたいに言う。
 違うだろう。おれが煩わしいからだろ?
 おれのためじゃないだろう?

 おれは誤魔化しや嘘が許せない。

 最後に付き合っていたのは男だった。
 大通りで他の男と手を繋いでいた恋人を言葉で責めて、揺さぶって、周りが騒然としている中で、「リタやめろ」って、冷静におれを止めたのは、幼馴染のマイラ。

 おれは侯爵家1位の次男で、マイラは侯爵家3位の嫡男。幼い頃から遊び友達として付き合っていた。


 おれと同じくらいの身長。おれは黒髪、黒目で鋭い目つきだが、マイラは金髪に若草色の優しい柔和な瞳に優美な顔立ちで、幼い頃、始めて見た時、天使の生まれ変わりだと思ったくらいだ。

 年齢と共に男らしさも出てきたけど、優しげな美貌は変わらない。こんな顔なのに騎士団に所属して、若くして隊長になっている。いつのまにかいい筋肉がついておれより随分逞しい。若手じゃ一番らしい。

 優しげな顔立ちで、実力もあるから男女問わず人気もある。公正で明るくて、民にも慕われているマイラ。
 結婚したい男ナンバー1だ。

 だからマイラが力づくでおれを止めるのは簡単なんだけど、マイラはそうしなかった。優しい声でおれの名前を呼ぶだけだ。

 ふん、面白くない。

 おれは脱力した。何も信じられない。おれは誰にも愛されないんだ。一生孤独で生きるんだ。

 絶望とやるせなさが襲ってくる。

 「リタおいで」
 俯くと、鬱陶しい黒髪が顔にかかる。
 おれはマイラに肩を寄せられ、導かれるままに、人混みから離れた。

 おれが詰め寄っていた相手は飛ぶように走って逃げた。一ヶ月しか持たなかった。それでも持った方か。







 「今回はどうしたんだ?」
 マイラの家で居心地が良すぎるソファでぐったりする。生気も気力もない。
 目の前にはおれの好きな酒やフルーツ、ツマミが用意されている。

 
 「嘘をつかれた」
 「どんな」
 「おれには、家にいて早めに休むって言ったのに男と遊んでた」

 「友達じゃないのか」
 「絶対に違う。仲良さそうに手をつないで歩いて、そのまま一瞬だけど抱き合っていた。普通はそんなことしない!」

 「そうだな。でも今おれたちも近い距離だぞ」
 「そんなの。お前のガタイがいいから、クッション代わりに凭れているだけ」

 「そうか」
 マイラがおれの黒髪を撫でる。
 「伸びたな」
 確かに肩より下まで伸びている。ツルツルしすぎて邪魔だ。
 「あ? ほっといたら伸びた。それにあいつが好きって言ってたからな」
 「それがメインでしょ? リタは結構相手に合わすから」

 「合わすって言うか、好きな人にはよく思われたいだけ。髪伸ばすくらいで、気に入って好きっていってもらえるならそれくらいする」
 「健気だね」
 「はあーそれを相手にも求めるから重いって言われる」
 「健気だよ。おれは好きだなー」
 「マイラー。お前だけだよ。おれのことわかってくれるの」

 「おれ、きっともう一人なんだ。だれにも愛されずにこのまま孤独に死ぬんだ。真実の愛なんて俺には一生縁がない。おれはもう猫と暮らす」
 「猫飼ってないよね」
 「これから飼うんだよ。そうやって暮らすのが一番平和なんだ」

 マイラはクスクス笑っている。
 「黒のリタリヤ様とか言われてるのに? みんなに憧れられてるのに?」
 「それ、おれの髪と目が黒いからだろ? 好きじゃない。まるでおれの心も黒いことがバレてるみたいだ。それに怖いもの見たさだろ。あのやばいやつって」
 「黒いか?」
 「うん。真っ黒、髪も目も心も真っ黒。嫉妬や猜疑心や独占欲でいっぱい」

 「おれは好きだけどな。リタの髪も、きれいに輝く大きな瞳も、切れ長なのも神秘的でいい。それにリタは相手のことが本気で好きだからだろ? だからたまに行き過ぎちゃうだけで。真っ直ぐでおれは好きだ」
 おれはマイラの慰めに、涙がじわって溢れてくる。恥ずかしいからすぐに拭く。見せられない。

 「おれはマイラみたいに明るい金髪で、綺麗な優しい若葉みたいな目で、天使みたいな顔が好きだ。マイラみたいに愛される顔になりたかった」

 「だから金髪や明るい髪の子と付き合うのか?」
 おれはキョトンする。マイラの用意した酒が美味しい。甘くて疲れが飛ぶ。

 「あーそうかも知れないな。おれと正反対の容姿に惹かれる」

 「ならおれでもいいだろ。おれリタがどんなことをしても何をしても好きだ」
 おれも酒が回ってきた。幼馴染の最上の慰めがくすぐったい。胸がムズムズする。

 「マイラお前ほんといいやつ。今日も止めてくれてありがとう。お前がいないともっと暴走してた。マイラいつまでも友達でいてくれよ」
 おれはマイラの暖かい胸に頬を擦り寄せながら、マイラの顔を見上げて笑っていう。

 「マイラと友達でよかった。おれも大好きだよ」

 おれが善人でいられる最後の砦であるマイラ。
 本当にマイラと友達でよかった。




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