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ジェイクの話

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 今だって、普段は忘れているのだが、ふと、いつジェイクに呪いが移るか心配で仕方がなくなる時がある。なのに自分のエゴで、ジェイクから離れられない。離れないといけないのに。
 ずっとこのままでいたいとどこかで思っているからだ。ジェイクといると小さなことで嬉しくなる。微笑みあうと胸が幸せになるんだ。

 いつなんて言おうとおれは思いながら、机でジェイクと向かい合って食事をする。自分でスプーンを持てるようになって、食事も自分で摂れるようになったんだ。たまに失敗もするけど。


 ジェイクは「ずっとおれが食べさせたかった」なんて言ってくれるけど、甘えたらダメだ。

 ジェイクの傍は居心地がいい。だけど彼の犠牲の上に成り立っているこの生活を続けてはいけない。
 
 ジェイクと黙って食事をする。珍しい。ジェイクはいつもおれを退屈させないためか、色々楽しい話をしてくれるんだが。食事を食べ終わり、お茶を飲む。

 「おれ話をしたかな。どうしてノアを探したか」
 ジェイクが優しい目をしておれに話しかけてきた。
 「え?」
 「あのダンジョンにノアがいると思って探していたんだ」
 おれを探した? ジェイクはおれのことを知っていたのか。そういえばおれの名前を最初から呼んでいた。
 ジェイクはおれの手を掴むと優しく微笑んだ。だからその頬笑みは反則だ。可愛くてそれにおれのことが愛おしいって言っているから。

 「おれの親は貧乏で、食い扶持に困るからとおれは売られたんだ。だけどそこではたくさんの子供たちが、奴隷のように働かされていた。そこからなんとか逃げ出して、街で倒れていたところをノアに助けられたんだ」

 おれはジェイクの痛ましい話を聞いていた。おれが助けたってところで驚く。
 おれがジェイクを助けた?

 「ノアは覚えていないかもしれない。だけどおれが町の路地で、鞭で打たれた背中が痛くてお腹も空いて、もう死ぬかなと思って横たわっていたとき、ノアが助けてくれた」

 ジェイクの話を聞いてうっすらと何かを思い出す。そういえば最後のダンジョンに向かう前に、街で倒れている男の子を助けた。

 「何人もの人がおれを避けて通りすぎて行った。そりゃ汚い子供が倒れていたら誰も関わりたくないよね。それはわかっていたことだったから、おれはこのまま死ぬのかなって思っていた」

 その子は背中の服も鞭を打たれたのか破れて血だらけだった。遠い昔の記憶だ。そういえばあの子はジェイクみたいな金髪だった。

 目の前の逞しい体のジェイクとその男の子が年も雰囲気も違いすぎる。おれは目をぱちくりと開けてじっとジェイクを見る。

 「なのにノアだけが助けてくれて、優しく傷の手当をしてくれて、ご飯もくれた。おれにはノアが天使みたいに見えた」

 ジェイクが優しいエメラルドグリーンの目で微笑んでくれる。
 おれにはジェイクが金髪の天使に見えるけど。

 「そのまま宿に泊まらせてくれて、お金もくれた。おれは何かたくらみがあるのかと警戒したけど、疲れた体でそのまま寝てしまった。翌日になってもだれもおれを襲いにきたり、何かさせようとしなかった。手伝いをすれば宿の女将さんはその後も泊まらせてくれて、ごはんも食べさせてくれた」

 「でもおれはジェイクだから助けたんじゃない。おれは親がいなくてずっと困っていたから、同じように困っている子がほっとけなかっただけだ」

 「それでもおれを助けてくれたのはノアだけだったし、ノアのその理由でおれががっかりすると思った? ノアが優しい人だって改めて思うだけだよ」

 急にダンジョンに行く日が2日早まって、おれは宿を前払いしていたから、あきらかに困っているその子に泊まっていいよって言ったんだ。

 宿の女将さんもいい人だし。悪いようにはしないだろうから。
 お金も、あの頃は大きなパーティに雇われていたから少しだけお金があった。

 思いきって困っている男の子に小分けしていた一袋をあげたんだ。
 助かったのなら良かった。一生懸命貯めていたお金、どこにいったのかな。どうせなら全部ジェイクにあげればよかった。

 あれから呪われて石になったから。お金なんて必要なかった。
 
 「…じゃあジェイクはおれを知っていたんだね」
 偶然ダンジョンに居たのがおれで大層驚いただろう。それにしてもよく覚えていたな。

 ジェイクは優しくおれを見つめてくる。
 「おれはノアが戻ってくると思って、その宿を拠点に、宿屋の女将さんの所で働かせもらいながら待っていた。・・・ノアは帰ってこなかった」
 ジェイクの表情は悲しいものから怒っているようになった。
 「その後ノアと一緒にいたパーティの奴らだけ帰ってきて祝杯を挙げていた。やつらがノアをダンジョンの最後の間に置いて帰ってきたって話をしていた」

 「あいつら許せないよね」ジェイクのいつも優しい目が冷たくておれは驚く。
 ジェイクはおれの驚いた目に気づくとまた優しく笑った。勘違いだったのかな、優しいジェイクがあんな冷たい眼差しをするなんてないだろう。

 「だからノアを助けるためおれは冒険者になるって決めたんだ」

 おれは瞬きをした。意味が理解できない。

 「やっとA級冒険者までなったから、あのダンジョンに行けるようになった。廃ダンジョンだけど手前の魔物はまだ生きていて随分強いから。ノアを待たせてごめんね」
 ジェイクは申し訳なさそうに眉毛をさげた。金髪が光に照らされて、ジェイクが動く度に揺れている。

 「……おれを助けるために冒険者に?」おれは信じられなくて唖然としてしまう。

 「そうだよ。おれはノアを探すためにダンジョンに行ったし、ノアを探すために冒険者になったんだ」
 ジェイクが褒めてっていうようにくすぐったそうに笑う。

 「……偶然…じゃなかったんだ」 

 なんの価値もない役立たずのおれを探しにきてくれた?
 
 理解できない。

 リーダーたちの言葉がリフレインする。
 『この・・・が』
 『役立たず』
 おれを見下ろして嘲笑していたメンバー達の笑い声が頭に響く。
 
 そんな風に言われていたおれのために冒険者になった?


 宝ではなくておれを探してくれた? おれが目的であの険しいダンジョンを克服した? もう宝物もないってわかってるのに?

 目の前のジェイクが、涙が溢れてよく見えない。

 あの水滴しか聞こえない暗闇の中でおれは一人ぼっちだった。暗くて誰もいない。寂しくて仕方がなかった。生きているのかもわからない。絶望してなお暗闇だった。

 何もかも諦めていた。

 なのにジェイクがおれを覚えていておれを助けにやってきてくれた。

 その事実に涙が溢れてくる。
 おれはジェイクの手からおれの手を抜いて、ぎゅっと自分の手を握る。顔を俯かせて泣いている顔が見えないようにする。

 泣いちゃダメだって思う。嬉しいって思っちゃダメだって思う。

 だけど涙がツーと頬から落ちていくのを止められなかった。





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