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雛を守る親鳥のように 3

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 ちょうど昼時で、おれがスプーンを持って、ジェイクがおれの手に自分の手を添えてくれていた。
 おれは椅子にクッションを背中にあててもらい、もたれながら一口食べようとしていた。

 黒髪の男の人はテーブルの前まで来ると、黙って空いている椅子に座った。
 「起きたって聞いたけど、本当だったんだな。ふーん。けっこうきれいじゃないか。でもまだやっているのか。ジェイク。いいかげんにしろ。呪われた奴と一緒にいるな。どんな呪いかもわからないのに。ここまで回復したんだったら救護院にでも預けたらどうだ」

 「ドムレット!」 ジェイクが男の人の名前を呼ぶ。シチューの入ったお椀を置き、おれからドムレットを遮るように立ち上がる。

 ドムレットと呼ばれた男の人はおれを蔑むような、気持ち悪い物をみるような目で見下ろしてきた。
 なんだかおれを見るこの目は見おぼえがある。かつてのパーティメンバーがおれを見る目だった。それに、おれは親がいなくて貧しくて、何の取り柄もなかったからよくこんな目で見られていた。

 「それか、魔塔に言おうか、呪いから目が覚めたなんていい研究材料だ。新聞に売るのもいい。話題になる。売ったらいい。みんな食いつくぞ」ドムレットが笑う。

 ジェイクがドムレットの視線から遮るようにおれの前に立つが、ドムレットはひょいとジェイクの体を避けておれを見下ろした。おれはじっとドムレットを見つめ返す。

 ジェイク以外の人もこの世にいたんだと不思議に思った。あの最後の間から助け出されて、ジェイクとしかいなかったから、なぜかこの世界はおれとジェイクだけだと思っていた。

 長い黒髪を後ろに一つにくくっているドムレットはジェイクと同じように逞しい体をしている。

 正確にいうとおれは体が細くて小さい方だからみんなおれより大きい。でもそれでもジェイクやドムレットは大きいと思う。武人のように見える。そういえばパーティリーダーも同じように黒髪が長くて、体が大きかった。
 おれを置いて行ったリーダー。「役立たずが最後に役に立った」と言っていたっけ。

 その時の悪意に満ちた、おれを蔑んだような会話を思い出して体が震える。

 おれの様子がおかしいことに気づいたジェイクが慌ててドムレットを部屋の外に追いやる。
 「お前出ていけ」

 ドムレットは追い出されながらも、ジェイクに「お前がA級冒険者としての責任を果たさないなら何回でも来るからな!」と叫んでいた。

 「ノア、ノア」ジェイクはおれに駆け寄るとおれを抱きしめてくれる。

 忘れていた。
 おれは呪われた奴だっだ。このままジェイクと一緒にいたらジェイクが呪われるかもしれない。
 パーティメンバーも言っていたではないか、おれに触ると呪いが移るかもしれないと。

 ジェイクに呪いが移るかもしれない。



 今更かもしれないが、おれはそれが悲しかった。怖かった。涙がスーと瞳から溢れ落ちる。

 おれはずるい、知っていたのに、あまりにも幸せでどこかで、もう大丈夫かなと思い、忘れたふりをしていたんだ。ジェイクに優しくされるのが嬉しくて。

 ジェイクは焦って「ノアノア。もう大丈夫だ」と何回も繰り返す。

 ジェイク。おれと一緒にいるとジェイクも呪われるの?

 ごめんなさい。おれジェイクが呪われてほしくない。優しいジェイクには幸せになってほしい。


 呪いはおれだけでいいんだ。


 持っていたスプーンがお椀に引っかかってしまい、お椀がテーブルの上で横になった。中に入っていたシチューも床に零れる。
 「ノア大丈夫かやけどしていないか」ジェイクが心配そうに聞いてくる。
 「大丈夫」おれはジェイクに答えながら、お椀をゆっくりと拾う。ゆっくりしないとちょっとしたことでも転倒してしまう。シチューも拭き取ろうとそばにあった布巾で拭くが上手く拭けない。指と手の関節が上手く動かないのだ。固まったままの指を見てそっと反対の手で押さえる。


※※


 ベッドでジェイクが意見を譲らず、結局ジェイクの隣で寝ていた。今日の出来事を思い出す。

 ドムレットが来たときはまだ明るい昼だったのに、色々考えているうちに夜になった。明かりはついているが、窓の外は暗い。
 せっかく少しはまともに動くようになっていた体がまた動かなくなってきた。
 そう考え始めたら、ドクンと胸の奥で何かが音を立てる。身体がその圧と振動でブレたようになる。

 呪いはまだおれの体にある。

 最初にかけられた時のように、圧倒感や苦しみはないが、じんわりと心臓から始まって、体から肩、腕、手、太もも、膝、足、首、顔としびれるように固まっていく。
 指だけ少し動いているような気がするが、本当は動いていないのかもしれない。

 体の奥に隠れていた呪いがおれの体を支配しようとしている。このまま身を任せようかという諦めに似た暗い気持ちに覆われる。まだ閉じることのできる瞼を伏せる。ジェイクに間抜けな顔を見せたくない。


 気付けば、朝になって、開けにくい目をなんとか開けたら、窓からの朝日がジェイクの頭に金の輪を作っていた。
 天使がベッドで寝たままのおれの手を握りおれの顔を見ていた。
 おれが目を開けると泣きそうな顔で優しく声を掛けてくる。
 「ノア痛いところはないか。大丈夫か」

 あーそういえば最後の間から救出してくれた時も、その後もジェイクがおれの世話を時折泣きながらしてくれていた。

 おれはジェイクが泣かないよう動きたい、動かないとって思ったんだ。その時のことを思い出した。そして動けるようになったら、ジェイクの喜ぶ顔がみたくて頑張ったんだな。

 ジェイクごめん。これ以上ジェイクを悲しませたくない。迷惑になりたくない。


 そうしたら翌日からまた少しだけ動くようになってきた。また一からやり直しだったが、一度動けるようになっていたからか、最初よりは動きはましだった。

 どんな時もジェイクの温かくて大きな手がいつもおれの手を握っていてくれていた。


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