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雛を守る親鳥のように1
しおりを挟む気がつけば、薄い暗闇の中にいた。なんとなく、あの最後の間の暗闇とは違うとわかる。水滴の音を耳で探したが聞こえない。あー水滴にまでも裏切られたのかと思った。おれより先にもう落ちることを辞めたの?
絶望しかけた時、影がおれを覆って声を掛けてきた。
「朝になったよノア」優しい声だ。
「カーテンを開けるね」
その途端、目も眩むような光を感じる。
多花弁の光芒を放つ光の花がたくさん見えた。この世に光があったんだと思った。あの最後の間の地面ではなく、ベッドの中に自分がいるとなんとなくわかった。
でも、あー呪いが生きていると思った。おれの心臓に杭のように刺されている。
「眩しくないか」
その声の人は影の塊にしか見えない。でも怖くない。優しい声だからだろうか。おれのことを心配しているように聞こえる。おれには親も兄弟もいない。だれもそんな優しい声を聴かせてくれたことがなかった。
通りすがりの街角で、知らない親子がそんな会話をしていたのを思い出す。母親が子供を心配しているような声。
何日も過ごして、だんだんその影が笑いかけてくれていることが、分かるようになった。
影の人がおれの体を拭いたり、布をかけてくれたり何かと世話をしてくれていることがわかる。まるで雛を守る親鳥みたいだ。
丁寧にお湯で温めたタオルで体を指先まで温めてくれる。気持ちいい。
この影は優しいことしかしないってわかるから怖くない。
目や鼻、口の形を温かいタオルで優しく拭いてくれるから、おれに目や鼻、口があることがわかった。
指先は爪をなぞってくれる。そうやって影が触ってくれることでおれは人間の形をまだしていることがわかった。
口の中も小さなタオルで拭いてくれる。気持ちいいというのをほのかに感じる。彼がしてくれる丁寧なケアはおれを心地よくしてくれる。
おれは温かい水が目とわかった場所から滲むのを感じた。
涙?
どうして涙が出てくるのかが不思議だ。どこからこの液体が来るのがわからない。
何も食べてもいないし、何も飲んでいない。
気が遠くなるほど長い間、何も口にしていないのにこの涙の成分はどこからくるのだろう。
どうしておれは涙が滲むのだろう。滲んだ涙が集まって一筋おれの頬を流れた。
影の人はおれの流れた一筋の涙を見て、「ノア・・・」と言って彼はおれの手を握った。
温かいというより熱い手に、震える手に、彼もまた泣いているような気がした。
どうしておれにこんなに良くしてくれるのだろう。
どうしておれのために泣いてくれるのだろう。
慰めたいと思った。
泣かないでと言いたい。
「・・・」声にならない。
段々、影の人の姿がはっきりと見えてきた。窓からの光に照らされて、金色の光に包まれているように見える。天使みたいだって思う。
金髪に優しい薄い緑色、どこまでも続く草原の色? 木漏れ日に光る新緑の色? そんな瞳をしている人だ。綺麗だな。
その人が驚いている。
俺の視線に気づいた彼が「ノア」とおれに縋り付いてくる。「ノア! おれが見えるのか」
おれは指がかすかに動くの感じた。彼はおれの手を握ってくる。その手を握り返したいと思った。
少しだけ指が曲がった。
「・・・ぁ・・」泣かないで、おれなんかのために泣かないで。声をだしたいのに、微かな息が漏れ出るだけだ。
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