平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

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3-4 片寄せる振り子

第114話 きっと明日 1

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『恐らくもう一か月ともたないだろう』
 
 心積もりなど、明確な答えの前では無力にも等しい。

 主治医の見立てでは、猶予は残り少ないという話だった。
 理解も覚悟も万全に携え診療所の戸を叩いたと言うのに、やはり現実が示す迫力には少し物怖じしてしまった。 

 それでも決意が揺らぐ事は無いが、万が一にもジェニスには残酷な期待を抱かせたくはない。だからあの日以来彼女とは顔を会わせていない。


「う~ん…………」

 断続的にページをめくる擦れた音があがる。
 

 窓越しにも鮮明に主張する水音が焦燥を煽り立てるように響き続ける昼下がり。未だ手掛かりの行方は知れず。
 通い詰める事三日目、収入を得る機会クエストの一切を放棄し全ての時間を読書に充てている。

 とは言っても悪天候が続いている都合上、依頼の数自体が平常時に比べ随分と寂しい関係で、俺達に限らずクエストにありつけていない冒険者は多い。
 そんな陰鬱とした雰囲気漂うギルド内の事務所の一角で、俺達は湿気や懐事情から幻想される無用な諦念と格闘していた。


「──今日みたいな日にゃ、特に手持ち無沙汰で気が滅入っちまうわなぁ」
 今週の守衛を担当している男性がこちらを覗き込みながら共感の語りを呟く。

「おまけに一人ですもんね」

「まったくだぜ。それに活気さえありゃなんとは無くても、備えとしてある程度緊張してられるけどよ?」

「こうがらんとしてちゃ、起きるもんも起きやしねえだろう」

「ですねぇ。まあでも、特別報酬だとでも思ってたまにはダラダラと。でいいんじゃないでしょうか」

「お? あぶれねえ秘訣ってか。確かに緩急にも対応出来なきゃいけねえよな」

「そんな高尚なものじゃないですよ。俺は弱いので」

「……ハハ。平凡が食いっぱぐれねえ訳だ」

「──邪魔して悪かった。見つかるといいな」
 男性が静かに呟き受付が望める定位置へと戻って行った。


(相当煮詰まって見えてたんだろうなぁ……ありがたいな)
 今まであまり接点の無かった人物ではあるが、三日も同じ空間に滞在していると、親しみの一つも湧いて出るということなのだろう。


「むぅ……」 「ホ~」──ツンツン
 俯き集中するロングの頭に伏せるリーフルが気だるげに毛繕いをしている。

「リーフル? ロングが首痛めるからそろそろ降りた方がいいよ」

「ホーホホ? (タベモノ?)」

「ん~……そうだなぁ。一息いれようか」

「あ、じゃあ私お茶淹れてきますね──」
 キャシーが席を立ち事務所を出る。

「すみません、ありがとうございます」

「むぅぅぅ……」
 必死の形相で蔵書と向き合うロングは微動だにせず、リーフルが降りた事にも気付いていないようだ。

 歩み寄り肩に触れる。

「休憩しよう。本は急に無くなったりしないから」

「あ……ヤマトさん。でも時間が──」

「──分かってる。でもな、焦りはミスを招いて判断も鈍らせる原因だ」

「仮に何かの手掛かりが載ってたとしても、俺達がそれに気付けなきゃ同じ事だよ」

「──ハッ! そうっすね……」

 
「……それにこう言っちゃなんだけど」

「これは結末を捻じ曲げようっていう雲をも掴む傲慢な話なんだ」

「例え残された時間を目一杯有効的に使えようが、素晴らしい働きを発揮できようが、何も変えられず運命通りって場合もある」

「──いや! 絶対曲げてみせるっす‼」

「うん、それは俺も同じ想いだよ。だからロングはその強い心のままで居てくれ」

「ただし『冷静沈着』に、だ」

「……そうでした。自分達最大の武器、"観察"っすね!」
 普段通りの素直な耳をしているが、鼻息荒く、やはり焦りを拭いきれない様子だ。

(……いや、頼もしい限りだ。なんせ今の俺達には、そのロングの前を見る強さが絶対的に必要なんだ)


 ギルドの受付けカウンターの奥の部屋は職員達の事務所となっている。
 文字通り様々な事務作業をこなしたり、先程話しかけて来た男性のようにトラブルに対処する為の守衛が控える場所であったりと、一般的には冒険者でさえおいそれと足を踏み入れることの無い閉鎖空間だ。
 そして、事務所内の左半分を占めるスペースには、サウド支部が所蔵するあらゆる書物が収められた本棚が立ち並んでいる。

 件のヒント──導きの行方がここに結ばれるのではないかと睨んだ俺は、希望を求め蔵書を総ざらいする事にしたのだが、如何せんその数は膨大だ。
 二百冊程収まる本棚が十台。凡そ二千冊にも及ぶ様々な書籍の中から、突如として出現した百合に似た花弁に関連のありそうな記述を拾い上げようというのだから、可能な限りの落ち着きと鋭い気付きが重要となってくるだろう。


「お待たせしました。どうぞ──」
 キャシーが紅茶を携え戻る。

「すみません」

「ありがとうございます!」

 濃厚な色味のカップからは、滲む焦りや纏わりつく湿気を洗い流してくれるような安らぎの香りがたっている。
 舌を労わるように空気と共にひとすすりすると、不思議と体が軽く感じられる。


「……でも大丈夫っすかキャシーさん。もしバレちゃったら立場的に……」

「いえ、ロング君。看板娘としてサウド支部に従事すること幾年月……その功績を鑑みれば、このぐらいの不正は許されてしかるべきかと!」
 大仰に腰に手を当て胸を張り、堂々と宣言している。

「くふふ。自分で言っちゃうんすね」

「ロング、違うだろ。これは俺のなんだ。キャシーさんはいつも通り処理しただけだよ」
 とぼけたような態度でロングに問いかける。

「──あ、そうでした! キャシーさん何も悪くなかったっす!」
 ロングがいたずらな笑みを浮かべ応える。

「ヤマトさん、ロング君……」

「……この御恩は、いつか必ずお返しします」
 キャシーが深々と頭を下げている。

「ホホーホ! (ナカマ)」──バサッ
 皆を鼓舞するかのようにリーフルが両翼を広げている。


 "冒険者"の行動原理とは、至って単純なプロセスに因るものだ。
 『依頼』と『報酬』この二点が約束され次第、俺達冒険者と呼ばれる人種はそれぞれが持ち得る能力を駆使しその内容の解決に向け勤しむ訳だが、その依頼の出所にはいくつか種類がある。

 一つは、一般市民から寄せられる依頼をギルドが受領、管理し、冒険者へと斡旋するといった最もオーソドックスな流れで発生する、一般依頼。
 冒険者を生業とする者達の大半は、この一般依頼を日々こなし続け生計を立てている。

 一つは、国や街、或いは人間を脅すような存在や事象を排除するよう国家として命令が下される、特務依頼。
 以前同行したモンスタークラウドの掃討任務や、森の領域開拓と言った、概ね統治官より依頼されるものを指す。

 最後に、冒険者個人が依頼をギルドへ提示する『持ち込み』と呼ばれるパターンがある。
 持ち込みの場合、一般依頼の中の指名依頼とは違い指名料は発生せず仲介手数料も発生しない為、ギルド側にはデメリットでしかない形式なのだが、これはある種冒険者達に対する福祉的奉仕行為といった意味合いが強いものだ。

 持ち込みの場合に得られる冒険者の利点としては先ず一つ、依頼内容に対する実力の精査──承認印を拒否される事が無いといった点が挙げられる。
 そしてもう一つ、ギルドを介在する事により脱税を問われる心配が無く、依頼主との間で起こり得る金銭的なトラブルを回避出来るといった事が大きいだろう。
 
 依頼主としては、成功報酬を用意するだけで済み仲介手数料や指名料が不要な為、費用を安価に抑える事が出来る反面、仮に失敗に終わった場合に次の冒険者を仲介してもらえる機会が保証されておらず、一般依頼と比較すると不安定な部分が含まれる。

 今回俺とロングが共同で請け負う依頼。つまり"依頼書"は、俺の『持ち込み』という実際には存在しないでっち上げの嘘だ。
 成功報酬についても、ギルドへ預託した金貨三枚は俺達の懐から捻出したもので、架空の依頼者から収められたという体裁をとる為の建前上のものとなる。

 一連の書類を他の職員に精査されれば直ぐに不正が発覚してしまうようなとんだ茶番ではあるのだが、それでも、俺達は冒険者としてこの依頼に臨まねばならない理由がある。

 わざわざ『依頼』と『報酬』という体裁を整える理由については細々といくつかありはするが、その一番の理由は、からだ。

 "依頼遂行中の冒険者"という状況が整っている場合、現在行っているようなサウド支部内の蔵書の調査も堂々と出来、もし必要とあれば役所に所蔵されている資料にも手を伸ばす事が出来るようになる。
 要するに"冒険者"という権限を乱用──最大限行使しなければ、とても望む結末には至れないだろうという事だ。
 
 ロングのようにひたすらに前だけを見据えがむしゃらに行動出来る強さは、奇跡を起こさんとする上で必要不可欠な武器ではあるが、現実にはが取り巻いている。
 ならば俺の役回りは、その強さの歩みを阻害する事の無いよう取り計らう事だ。

 書類を捏造しようが例え強引な調査権限を発揮しようが、最後に待つ顛末の責任は俺が担えばいい。
 とにかくファンタジーだろうと神頼みだろうと、出来得る総てを賭ける。
 
 人の生死を操ろうなんて傲慢を貫くには、それでも足りないのかもしれないが、何の取り柄も無い、平凡な冒険者に残された手段はそれだけなのだから。
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