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第113話 虚飾を胸に 5
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今日の仕事を終え、併設の酒場でそれぞれの報告と反省すべき点を話し合ういつもの流れ。
とても冒険者然とした内容には思えない地味な仕事を請け負っているので、当然怪我や目立った損失などは無い。
だが薄っすらと漂う、形容し難い『残念』或いは『口惜しさ』とでも言える不和。
あの日から二日経つが、何となく顧みる事を避けているのは、互いの思考が似通っているからなのだろう。
「ホーホホ(タベモノ)」
リーフルはいつも通りロングの前に座り込み、おやつを期待している。
「今日は依頼主さんから追加でワイルドベリを貰ったっすよ~」──
──んぐんぐ「ホッ……」
「くふふ! やっぱり一日の終わりはリーフルちゃんの姿を眺めるに限るっすね~」
「今回はラビィも連れてったんだっけ?」
「そうなんすよ、もう尻尾ブンブンで。すっかり友達になってたっす」
「そっかぁ。多分、依頼主さん自身も楽しみにしてるんだろうね。ロングって親しみやすいから」
「そうなんすかね? 確かに二回目からはわざわざ自分を指名してくれてるっすけど」
「ん~……余裕があっても、直接購入できる問題じゃないからね」
「余裕……」
ロングが表情を曇らせる。
「なんで……平等じゃないんでしょうか……」
心残りの滲む声色で呟く。
「……自責でも他責でも」
「どちらにせよ、そういうものだと理解だけはしておいて、深く追求しない方が身の為だよ」
「っすか……」
余計な染みなど浸食せずその清い性根のままこの先も暮らしていけるのなら、当然そうあってほしい。
だが"現実"とはこの先幾度も対峙してゆくことになるのだ。
冷淡に聞こえる助言だろうが、ロングには極力躓きを覚えることの無いよう、伝えられるのなら伝えておきたい。
「ホホーホ? (ナカマ)」
ロングの顔を見上げ語り掛けている。
「リーフルちゃんもそう思うっすか」
「ホ? (ワカラナイ)」
「まあロングなら──ロングの方が俺なんかよりよっぽど強いんだから、直ぐにいなせるようになると思うよ」
「ふむ……」
「──あ。ザゼン? でしたっけ。瞑想してるって。自分もやってみれば何か見えますかね?」
「ん~どうだろう。ルーティンにしてるってだけで、特に何かが解消するって訳でもないよ」
「でも頭の整頓にはなるんすよね。具体的に教えて欲しいっす!」
「うん。じゃあまず宿に帰ったら……」
その後も互いに確信には触れることなく、いつも通り他愛もない話を交わしそれぞれの定宿へと戻った。
◇
食事や洗体等いつもの身支度を済ませ、シシリーが調合したオリジナルの心地よい香りがたつ香木に熱を入れ、ベッドの上で過ごす静寂の毎夜。
顔の脇に伏せるリーフルの姿を眺めながら、ぼんやり綻びの洗い出しとその解消法を模索する思考の時間。
落ち着いた状況かつ環境にも左右されず、集中して問題と向き合う行為である訳で、決して楽も期待も無く、なんなら眉をしかめたまま朝を迎えているといった事も少なくない。
だが、液晶やイヤホンなど存在しない世界で過ごす時間と言えば、このぐらいが精々だ。
ギルドを出る際に受け取った"御礼"を何度も眺めている今晩などは特に、眠りにつくまでに時間を要する事は容易に予知できる。
なので俺も先程ロングに伝授した座禅を組み、己と対話する事が重要だろう。
(嬉しいよな……)
(でもどうする……)
(生活費の事もあるし、恐らく危険も……)
(……ここは異世界。ファンタジーがまかり通る世界)
(なら追求する価値──可能性も……)
先程の会話が思い出される。
『ステラさんには見せたの?』
『いや、まだっすね』
『喜ぶと思うし、早く見せた方がいいんじゃない?』
『ん~……ヤマトさん次第っすかね。くふふ』
『……ロングってホント強いよな』
『あの兄弟と一緒っすよ。何か足りない部分があるんなら、補い合えばいいんです』
『そっか……』
例え僅かでも勝算を見い出せない限りは踏み出せず、事前に諦めてしまう。
慎重な性格が故に起こる弊害なのだと言えば、それはそうなのだろう。
だが冒険者を生業としている以上、自身の能力を考慮すればそれが最善であると信じているし、凡そ間違いも無いはず。
協力者の助力あっての事とはいえ、柄にもなく気取ったお節介を実行出来たのは、冒険者という衣を脱いでいたからだ。
今一歩踏み出せない理由については、感覚的な部分──曖昧な説明はしてある。
だがロングには理解が難しい感覚だったようで、それで自然だろうとも思う。
何故なら記憶と肉体をそのままに、国も文化も時代も、世界の成り立ちすらも異なる環境下で、全くのゼロから新たな人生をスタートさせるなんて経験は、通常起こり得ない理の外の現象なのだから。
現在思い悩み踏み出せずにいる領域には、"冒険者"が必要不可欠だ。
その点については、甲斐甲斐しく平凡ヤマトを手本とし、拙い教えを忠実に実行しているロングも、恐らく同じ結論に至っているはず。
互いに手に取るように感じるからこそ、本質を問う会話が生まれないのだ。
(時間は少ない。リスクも大きい)
(でも魔法がある。精霊様がいる、神様にもお会いした……)
「……ふぅ。無心なんて俺にはとても──」
「うッ‼」 「ホーッ⁉」
──ふと目を開いた。すると、目も眩む程の閃光が発生し、白が室内を一瞬のうちに覆いつくす。
「な、なんなんだ……」
「ん?──」
──現状把握に努める眼前から、組み締める足の上にヒラヒラと一枚の花びらが舞い落ちて来た。
「なんだ? 花……か?」
「ホゥ……(ワカラナイ)」
リーフルも困惑した様子で眺めている。
突如として現れた花弁は、記憶上の百合のものに似ていて淡い桃色をしている。
手の平一杯程の大きさで少し湾曲し、角が丸い二等辺三角形といった形状だ。
「リーフル……は関係なさそうだな」
「ホ~」
「なんで突然こんなものが……」
ロングには誤魔化しているが、俺が座禅を組み瞑想をする理由としてはもう一つある。
この世界に転移したばかりの頃はまだリーフルも傍におらず、心底から親身に想える存在と言えば神様が唯一だった。
なので何とかもう一度お会いしたいと願う一心を『感謝』という形に置き換え、祈りを捧げるルーティンをとることにしたのだ。
そんな願いが通じたのか、二度目にお会い出来た際には『繋がりが強まれば、会えることも多くなる』と、希望の持てる助言も頂けたことで、今も毎晩欠かさずに続けているのだが……。
「これは何かのヒント──神様の導きなのか……」
「ホ (イク)」──ツンツン
リーフルが楽し気に嘴で示し、まるで俺の背を押すような表情を向けている。
「リーフル……」
「……うん、だな!」
「ホーホ! (ヤマト!)」
(大和希の願いは果たしたんだ。今度は俺が、職務を果たす番だ……!)
『 拝啓 ヤマトさんリーフルちゃん、ロングさん。
先日はわたしのわがままを叶えてくださり、
本当にありがとうございました。
いっぱい準備をしてくれた事を聞いています。
なのにお返しの一つも、自分で立つ事すら出来ないわたしを、
どうかお許しください。
せめてこの溢れる気持ちだけは届けたくて、
お母さんに書いてもらっています。
馬車から見えたキラキラした街並みや、のびのびと気持ちのいい草原に、
吸い込まれそうになるほど透き通った湖。
こんなに近くに、あんなにも綺麗な世界が広がっているなんて、
まるでおとぎ話の世界に入り込んだようで、とても感動しました。
ヤマトさんが焼いてくれたお魚も、ロングさんが勧めてくれたステーキも、
リーフルちゃんと一緒に食べたお粥も、涙が出る程美味しかったです。
それだけじゃなくて、憧れだった演劇まで披露してくれるなんて。
御二人の着ていた特別な衣装、すごくかっこよかったです。
披露してくれた演劇の内容も、演技も、
本当に王子様が目の前に居るように想えて、ときめいちゃいました。
最後にはわたしをお姫様にしてくれて、
びっくりしたし、ちょっぴり恥ずかしかったけど、
お母さんが喜んでくれて、誇らしい気持ちになれました。
この感動を街の人達全員に伝えたい。
御二人はこんなに凄いんだよって、宣伝して回りたいくらいです。
夢を見ました。
わたしが、あの草原を自分の足でしっかりと駆けてるんです。
その先には、御二人とリーフルちゃんが笑顔で腕を広げて、
わたしの事を呼んでるんです。
夢でみなさんにまた会えて、とても嬉しかったです。
でも、あの自分の足で走る感覚が蘇って、
少しもどかしさも感じてしまいました。
ダメですよね。恩知らずな愚痴を言っちゃってごめんなさい。
もっともっと、伝えたい事が沢山溢れてくるけれど、
お忙しい御二人の時間をあまり頂戴し過ぎないようにって、
お母さんに叱られちゃったので、今日はこのくらいにしておきます。
本当は直接会いに行って、御礼を言いたいです。
でもみんなに迷惑を掛けちゃうので、文字に想いを運んでもらうのが、
今のわたしの精一杯です。ごめんなさい。
またお手紙書いてもいいですか。
大好きなわたしの王子様たちへ、一身の感謝を込めて。 ティナ
代筆の無礼をどうかお許しください。 ジェニス 』
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