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3-4 片寄せる振り子
第113話 虚飾を胸に 3
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「不思議ですね……何故流通してないのかしら」
手伝いをしてくれているジェニスが、まな板の上の大きな切り身に目を丸くしている。
「ああ、魚って特に足が早いんですよ。それとこれに関して言えば、市民権を得るには及ばない程度の味なんですよね」
「あでも、下ごしらえは熟練者にお願いしたので、より美味しくはなってると思います」
モギをスパイスとしてその身にまぶし、バターが踊る鉄板に委ねてゆく。
「わざわざ……本当に、ありがとうございます」
ラークピラニーは決して美味しいとまでは言えない魚だが、顔をしかめる程では無く淡白な味わいなので、嗜好を問わず口にしやすい食材であると言える。
白身と表するには多少疑念の浮かぶ透明度の高い乳白色をしていて、熱が加えられた後もそれが濁る事は無く、昼食を彩る一品としては頼もしい。
それに、毒性がまるで無い事がはっきりしているというところも、危なげない要素の一つだ。
マグロの解体パフォーマンスの如く、本意ではとれたてを臨場感そのままに披露したいのだが、全くの素人である俺の包丁さばきでは心許ない。
なので、つい先ほど仕留めたものとは異なる個体とはなってしまうが、事前に依頼した綺麗な三枚おろしであれば、焼き上げた後の造形も美しく、特別感を増す事だろう。
「かっこ……よかっ……です。ロン……グさん」
「くふふ。喜んでくれてよかったっす!」 「ホーホ! (ヤマト)」──バサッ
ロングの頭上に陣取るリーフルが翼を広げ胸を張っている。
「二人は村一つを救った事もあるんだ。頼りになる男たちだ」
バルの食事姿を観察しやすいよう、ティナの傍にチモシーを広げながら、ガリウスがそう呟く。
「えっ……すご……い」
「そうそう、報告書では虫型の魔物が百数十匹となっていました……」
「──うぅ~、おぞましい。さすがは私の御二人ね」
「あは……お姉……ちゃん、の、じゃ無い……でしょ」
楽し気な雰囲気を背に、焼き上がりつつある軽快な音を遮り、ジェニスが独り言を呟くように語りだす。
「……先生には、本当に良くして頂いてまして」
「特別に調合されたものや、熱心な往診もそう……」
「なのに私……自分にはほとほと愛想が尽きます」
「──それは……っ」
「いえ……」
憤りと悲哀が混在する静かな運びで語られる無念に、かける言葉を見つけられず、思わず怯みを示してしまいそうになる。
己の身だしなみなど構う余裕も無し。少しの希望にもすがる想いで、毎食用意する薬膳粥の為のヒール草や、気付け薬の出費もかさむ。
とにかく隙あらば働きに出掛けているという。
肉体労働や事務作業、接客等内容を問わず、身を粉にして酷使されるその手には、深く痛々しい溝が無数に刻まれ、明らかな疲労が見てとれる生気の薄らいだ出で立ちもそうだ。
子を想う母の愛情というものが、どれだけ膨大な温もりであるのか。
ましてや、仮面を被る今の俺には、何を発言する事も極めて無礼だろう。
だが彼女の言わんとする事はおぼろげに伝わるものだ。
辛い日常を送らざるを得ない原因である娘自体。
治療に心を込めてくれている医師に対する不信感。
安らぐ暇など訪れない、仕事を掛け持つ日々。
母親である人格とは別の、ジェニスという一人の女性が抱く、相反する怒りや悲しみ。
人間誰しも自分というものがある以上、そういった想いが湧き出て当然の事で、自然な営みだ。
彼女は、娘への愛情と自我、その狭間でもがき苦しんでいるのだろう。
「……手を出した甲斐も生まれます」
「せめて……せめて今日だけは、俺たちに肩代わりさせてください」
敬意を込め、手を取り微笑みかける。
「ヤマトさん……本当に……」
ジェニスが強く握り返すその震えからは、感謝の念が流れ込んだような気がした。
「──あ~! ヤマトさんっ! 私と言う最高のパートナーがありながら、年上女性まで篭絡しようとは!」
「まったく、油断も隙もありませんね!」
意図したものか爛漫なものか、キャシーが放つ冗談には、底知れぬ活力が秘められているように思う。
「……ふふ。あの子もこの街に来た時から変わらないわね」
湿り気を拭い去るかのような言葉によって、ジェニスの表情に光が差す。
「ええ。俺もキャシーさんには、いつも元気を頂いてます」
ラークピラニーのソテーを皿に盛りつけながら、顔を見合わせ共感する。
「──あーはいはい。以後気を付けますね~」
仕上げに塩をひとつまみ加え、皆が待つ輪の中に運び入れながら、キャシーに軽口を返す。
「もっと言えば、ヤマトさんにはリーフルちゃんと自分が居るっすから、これ以上は定員オーバーっすよ!」
「ムッ! ロング君! なら枠の増設を嘆願致します!」
「いやロング、定員ってなに。キャシーさんも増設って、意味が分かりませんよ」
「ホホーホ? (ナカマ?)」
「あは……みん……な」
「はは。そろそろお昼ご飯にしようか」
異次元空間を開き、自信と共に配膳してゆく。
「こちらが本日のスペシャルランチでございます──」
この世界のお粥と言えば、時間をかけ水で煮込んだ小麦粉に、少しばかりの牛乳が加えられただけの単純なものが主流となる。
だが今回用意した薬膳粥は、ヒール草は勿論のこと、メープルシロップや塩を使い甘みが増すよう調整し、仕上げに小さく賽の目状に整えたシディとアプルを加えた、彩りと栄養面に配慮し考案してもらった特別な物だ。
「わぁ……綺麗……な、お粥……」
「特製アリーチのステーキもあるっすよ~!」
「おぉ……これが! お話に聞いてからと言うもの……!」
グリーンモールステーキの登場に、キャシーが目を輝かせている。
「あは。お姉……ちゃん、ホン……ト、食べ……るの、好き……ね」
ティナが呆れたように興奮するキャシーに微笑を向けている。
「でもこれに関しては無理ないと思うっす。だって、ヤマトさん渾身のオリジナルフルコース、その記念すべき第一品目っすから」
「すっごく美味しいっすよ、ティナちゃん!」
「形になったのは、みんなのおかげだけどね」
「ホーホホ(タベモノ)」
輪の中心に陣取るリーフルがラークピラニーのソテーを嘴で示し、ティナに勧めている。
「リーフルが『魚って美味しいんだよ』って言ってるね」
「お魚……初……めて──」
ティナがリーフルの頭を撫で応えている。
そして、ソテーを僅かに口にする。
「──美味……しい。あっ……さり、でも、コク……がある」
んぐんぐ──「ホ!」
リーフルも一口飲み込み、ティナに続きを促すアピールをしている。
「ん……リーフル……ちゃん、一緒……に、食べ……ようね」
リーフルの導きにより食欲を増すティナが、握るスプーンを迷わせ期待の瞳で料理を眺める。
「フッ──やはりお前と共にすると、美味いものに事欠かんな」
ガリウスが薬膳粥を一掬い、納得した様子で呟いている。
「ティナ、よかったね。美味しいわね……」
支えに回るジェニスも遠慮がちにステーキを一切れ口にし、微笑みかけている。
「素敵……な、ラン……チ、嬉……しい」
通り過ぎる爽快な自然の香りと、鮮やかで雄大な水辺の景色。
そして時折姿を見せるスライムは、今となってはほぼ無害に近く、情景を飾る一役を担っている。
叶わず残る料理のもの悲しさに、心を残し過ぎずに済むこのシチュエーションは、互いにとって良い選択だったと想える。
それに、控えるメインイベントを披露する舞台としてこれ以上の場所は無いだろう。
◇
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