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第113話 虚飾を胸に 2

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 湖の全景が悠々と視界に広がる少し離れたこの場所が、今日限りで整備した俺たちの舞台だ。
 ここまでの遊覧を終える頃には朝の寒気も次第に和らぎ、雲の白が一層映える晴天の照明が、今後の予定を盛り立ててくれている。
 
 恐らく窓から窺える景色の方が動いているように錯覚しただろう。
 ガリウスとバルが魅せる妙々たる移動技術には感服するばかりで、客車の外から垣間見えたティナの瞳には決して捨て鉢な愁いは無く、新鮮さと羨望の入り混じる年相応の瞳をしていた。


「さすがガリウスさんだよね。それにバルも。よく辛抱が効くもんだよ」──ボワン 
 アイテムBOXから取りだし、皆に配膳してゆく。

 透き通る渋みの抑えられた紅茶と、まだほのかに温かいマカロ。
 サウドでは定番とされるこのティーセットが、もてなしの始まりだ。

「全……然、揺れな……かった。すごい」

「裏……門、から、初……めて、出ま……した。綺麗……」
 客車を降ろし、ティナの傍で休んでいるバルを称えるように、少し興奮した様子で頭を撫でている。

「ふ──褒められてバルも嬉しそうだ」
 ガリウスがその様子に微笑みかける。

「ティナ、一息入れましょう。紅茶は私の、マカロはヤマトさんのお勧めなの。ふふ」
 
「マカ……ロ。久し……ぶり」
 手を付ける事を惜しんでいるのか、首を傾げ微笑みで見つめている。


「……っ。私が不甲斐無──」
 ジェニスが悲痛な面持ちを浮かべ、肩を怒らせる。

「──ううん」
 続きが漏れ出ぬよう、キャシーがジェニスの握る拳に優しく手を重ね、首を左右に振る。


 雑草を刈り取り小石を取り除き、平坦を目指した地面でも、それだけでは思い描く深切には足り得ないし、趣も乏しい。

 なのでベッドを据えた上で人数分が悠々と腰を降ろせる、この凡そ四メートル四方の絨毯は、ラフボアの毛を精製し織り成さられた簡素な物だが、保温性に優れ手触りが良く、余計な愁いを払拭してくれる最良の一品となるだろう。


「ホホーホ(ナカマ)」
 リーフルが歩み寄り、ティナの膝に伏せる。

「あ……リーフル……ちゃん」
 その温もりを確かめるように、骨ばった震える手の平が翼を撫ぜる。

「……ホ? (ニンゲン……?)」
 ティナを見上げ訴えている。

(ん? ニンゲン? リーフル、何で急にそんな事……)

(いやそれより──)
 
「──はは、リーフルが『一緒に食べよう?』って言ってるね」

「俺も早速頂こうかな」
 余計な思考に陥りかける頭を切り替え、ティナが手を伸ばしやすいようにアピールする。

「そうっすよ~、ティナちゃん。遠慮せずどんどん食べて欲しいっす! 一杯用意してるっすから!」
 ロングも続き、元気良くそう言いながらマカロを口にする。

「あり……がとう」
 恐る恐るマカロに手を伸ばし、安らぎを覚えるようなその甘い香りを確かめている。

「ん……すご……く、おい……しい」
 見た目には僅か一欠片程ではあるが、ティナがその味をしっかりと感じ取っているのを確認し、この場の温もりが幾分か高まった事を皆が共有する。

「ふふ、美味しいでしょ。ヤマトさん、パン屋さんにも顔が利くのよ~?」

「お姉……ちゃん。いつ……も、楽しそ……に」

「ヤマ……トさん……の事」
 楽し気に話すキャシーをティナもまた楽し気に。
 姉妹然とした空気感で微笑み合っている。

「フッフッフ。だって、この栄えあるサウド支部の看板娘を仰せつかる私が、絶大な信頼を置く御二人だもの」

「ティナは私の後任なんだから。今から御二人には覚え良く頂きなさい?」

「ん……がん……ばる」

「はぁ~、キャシーさんの後任っすか。すっごく大変っすけど、直々に指導するならなんとかなる……んすかね? くふふ」
  
「はは、そうだね。ちょっと人間の枠は越えなきゃいけないかもしれないけど、俺たちも応援するからね!」

「ちょっとヤマトさん? それはどういう事を仰っているんですか。もぉっ……」
 キャシーが大仰に頬を膨らませ、露骨な拗ねたフリをしている。


「……そうよ。後任なんだから……っ」
 か細く呟かれた言葉のはずが、嫌に鼓膜を震わせる。


「──そ、そう! それに、もちろん顔が広いだけじゃないのよ~?」
 いつもの快活で大仰な所作で以てティナにアピールし、こちらに視線で合図を送る。

「む!──そうだ! お昼ご飯の前に、ティナちゃんに見てもらいますか!」

「そうだね。俺達が普段どんな仕事をしてるのか、お披露目会だ!」
 そう宣言すると共に、降ろしていた武器を装備し直す。

「魔物退治。カッコいいのよ~? 見ててね」

「あぶ……な、大丈……夫?」

「任せて。お昼ご飯に魚を一品追加しちゃおう!」

「安心して見ててくださいっす!」

 二人で武器を構え湖の傍まで近付いてゆく。


 水中が鮮明に目視できる距離まで近付くと、地上を窺い不気味に右往左往するラークピラニーの影を捉える。

「よし。やるぞロング!」
 コンポジットボウを構え、魔石を装着する。

「了解っす!」
 ロングがハンマーの頭を前面に構え防御態勢を取り、際までにじり寄る。


 射程圏内に獲物が侵入したと見るや否や、予想通りラークピラニーが水中より飛び上がる。

「フッ!──」
 巻き上がるしぶきに即座に反応したロングが、左斜め後方に飛び退く。

 そして俺は眉間を狙いすまし、炎を纏う矢をつがえる弓の緊張を解いた──

 
 ──深く突き刺さる矢から次第に伝播する炎が、地上で横たわり微動するラークピラニーにとどめを刺す。

(ふぅ……やっぱり盾役タンクが居ないと恐ろしいな……)


『よっ! さすが最強コンビ!』
 後方から大仰な賞賛の言葉が届く。

 振り返り確かめると、キャシーと手を取り合う、楽し気なティナの様子を目にすることができた。

「やったなロング。ティナちゃん、喜んでくれてるみたいだ」

「くふふ! この調子でもう二、三匹退治しましょう!」

「そうだな、攻守交代。今度はロングのカッコいい所を見てもらおう!」
 弓を背負い抜刀する。

 そして前後を入れ替え、未だ水中に蔓延るラークピラニーを誘い出す──

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