161 / 180
3-3 類える現実
第111話 きっかけ 6
しおりを挟む
多少の失態など、俺が信頼を寄せるこの場に集う面々にとってはほんの些細なもの。
皆の良き人間性によって、かねてからの和やかな雰囲気が舞い戻ったこのテーブルに、今宵の特注フルコースの主役が、周囲の羨むような視線を伴いながら登場する。
『──お待たせ致しました、こちらがメインディッシュとなります。"マジックステーキ"でございます』
各々の前に数人の店員が、その一糸乱れぬ優雅な所作で以てこのレストランの品の良さを体現するかのように配膳してゆく。
「ふっふっふ……軽い腹ごなしもとうの昔……! 待ちわびましたよ──メインさん!」
今日一番の輝きが窺える熱い視線が、目の前に舞い降りた大きな皿に注がれている。
「アハハ……キャシーちゃんにとっては、今までの分は食べて無いも同然なのね」
アメリアが少し身を引き遠慮がちに答えている。
(キャシーさん……さっきあれだけ平らげてまだその余裕なのか……)
「こればかりはいくら食が趣味の私と言えども口にしたことがありません。一体どれだけの量がこのお腹に納まるのか……覚悟なさい! マジックエノキちゃんっ!」
謎の気概と口上を魅せるキャシーが、誰よりも率先して握り上げたフォークでメインディッシュを指し示し意気込んでいる。
「いやキャシーさん。そんな魔物と対峙した冒険者みたいに」
「ホー……ホホ? (タベモノ?) ホゥ……」
先程までキャシーと競うように料理に夢中になっていたリーフルが、内容を検めた途端に肩を落とし、残念そうに呟いている。
「あれ? リーフルちゃん、どうしたのかな?」
「お? リーフル、あんなに楽しんでたのに。いざ来たメインディッシュに随分テンション低いじゃん」
「どうかされましたかリーフル様……?──ハッ!」
「ぐぬぬっ……!」
「もしや……私がお持ちしたマジックエノキの鮮度では、真に美食家であるリーフル様が口にされるには至らなかったのか……!」
まるでこの世の終わりとでも語らんばかりの焦りの表情を浮かべたラインが、拳を握り斜め上の反省を口にしている。
「──ああ! ち、違いますラインさん! 多分リーフルは自分の想像してたものと違うものが来て、少し戸惑っているだけなんです!」
「な? だよなリーフル? ステーキって聞いたから"お肉"だと思ったんだよな?──ほら、ラインさんにお礼して!」
「またしても……! 何たる不覚か……」
ラインが肩を落とし凡そ輝いて見えるエルフ族の鳴りは潜め、俯き眼前に垂れ下がるその綺麗な黄金の髪が哀愁を物語っている。
「ホーホ (ヤマト)」──ツンツン
リーフルが俺の顔の脇辺りを嘴で指し、アイテムBOX──『お肉が食べたい』というアピールをしている。
(くっ……リーフル。ラインさんの気も知らずに……)
打ち合わせた際に見せた、あのラインの期待した様子を目にしているせいで、何とも言えない罪悪感が沸き上がる。
今回のキノコ尽くしのフルコース、そのメインを飾るに相応しい種類のキノコと言えば、それはもちろん高級かつ冒険者──特に魔法を行使する者達──に非常に需要のある、"マジックエノキ"を置いて他ないだろう。
マジックエノキは、想像される通常のエノキとは異なり、頭の部分が馴染みある大ぶりな椎茸と同程度の大きさをして、非常に食いでのありそうなキノコだ。
しかし実際の主な用途と言えば、マジックポーションを生成するに当たり、そのエキスのみが抽出されるだけに留まり"食材"として用いられる事がなく、前々から少々勿体無いと思っていた食材だ。
このフルコースの主要素材を都合してくれた二人を象徴とするドグ村の特産品でもあり、エルフ族にとっても普段はあまり口にしないという極めて希少性の高いキノコで、今回のフルコースの中では俺が特に期待を寄せていた一品となる。
肝心の仕上がりについてだが、シェフの類まれな調理技術によって、美しく光り輝く純白のほぼ原形を留めたままに火を通され、期待を煽るコク深く香ばしい熱気を上げるマジックエノキが、薄黄色、或いは透明に近い何とも食欲をそそる香り高いソースをその身に纏い、大きめの皿の中央に気品あふれる様でシンプルに盛り付けられている。
あの栽培所──アメリアがマッシュバットの世話をする洞窟──で目にした光景も、それは幻想的で夢見心地すら抱く程の美しい光景ではあったが、眼前のこの一品も、オリジナルの光り輝くソースで綺麗に化粧され、遜色なく優雅なその魅力を更に増している。
流石はサウド随一の高級レストラン、その匠の技と言ったところで、見事イレギュラーな食材に柔軟な対応を魅せた、まさにマジックなステーキに仕上がっていた。
「ではでは早速! いただきます!!」
キャシーの音頭を境に、皆が食指を伸ばし始める──。
「~~っ!!」
待ちきれないとばかりに豪快にその全てを口に運んだキャシーが、天を仰ぎ悶絶している。
「──えっ……? うんまっ……!」
リオンがその整った青い瞳を丸め仰天し、声にならない声で呟いている。
「うん、凄い! 更に美味しくなってる!」
勝手知ったるアメリアは、シェフ特製のソースの方に賛辞を贈っている。
「ん~! はは! ポーションの材料としか見てませんでしたけど、これは新たな需要が生まれそうな程の味ですね~!」
この集う面子の中では、マジックポーションの取り扱いについて一番馴染みのあろうマルクスが、新たな知見に喜びの言葉を語っている。
「ホホーホ~(ナカマ)」
一方リーフルは『一応』とでも言わんばかりに感動薄くマジックエノキを口にした後、ラインの下に歩み寄り、そのうなだれた頭を右翼で撫でている。
「リーフル……様?」
「ラインさんラインさん。リーフルが『美味しかった、ありがとう』って言ってますよ!」
「お、おぉ……! リーフル様……! お気に召して頂けたのですね!」
(……すみません、ホントは違うんです。多分リーフルは『元気出せ』って言ってます……)
「ホーホ? (ヤマト?) ホーホホ(タベモノ)」──ツンツン
再びリーフルがアイテムBOXを開くよう要求している。
「うくっ……初邂逅より幾年月。私はこの日を夢見ておりました……!」
言葉が通じない事が幸いし、リーフルが喜んでくれたとラインが身を震わせ、感嘆の声をあげている。
(リーフル、そういえばドグ村で接待された時はキノコあんまり食べなかったっけ)
(あの時からラインさん、リーフルに自慢のキノコを楽しんで欲しかったんだ……)
キノコそのものについては、リーフルが好む部類の食材な事に違いはない。
現に今回のフルコース、その全てを張り切って平らげていたし、そもそも興味が無い食材については、嘴で多少つつくだけに留まり胃に収めようとしない事は、リーフルの分かりやすい癖の一つだ。
このメインに限ってだけ『肉を食べる口になっていた』というだけの話で、キノコが食べたくない訳ではないし、リーフルに悪気は無かっただろう。
(うん。少し後ろめたいけど、ラインさん折角喜んでるんだし、このままにしておこう)
常備しているラビトーの串焼きをリーフルの皿に取り出す。
「ホーホホ! (タベモノ!)」
翼を僅かに上下させ喜んでいる。
「おぉ! 流石は賢明なるリーフル様! 付け合わせとなる肉を共に、アレンジを加えられるとは! いやはや感服至極、御見それいたします!」
(ハハ……エドワードさん然り、何だかこの手の『イケメン金髪』は自己の世界観が強めだな……)
「ヤ、マ、トさんっ!──ヤマトさん!! 今まで私が征服してきたステーキの中でも、これは三指に食い込む程の、途轍もない逸品ですよ!!」
余韻も何もないままに、さも当然とばかりに店員に追加注文をしつつ、キャシーが何時にも増して大仰な身振り手振りでその感動を伝えてくれている。
「あ、そうですか。それはよかったです」
早く俺も口にしたい事と、すっかり身に染みているお決まりの流れのせいもあり、端的にそう返す。
「もぉっ、ヤマトさん! あなたのパートナーがこの溢れる感動をお伝えしていると言うのに、なんと素っ気の無いお返事ですか! そんなんじゃ他の男性に浮気しちゃいますよ!」
腕を組み露骨な──滑稽に見える──態度を示し、またも誤解を招く発言をしている。
「えっ!? やっぱりキャシーちゃん、ヤマトの恋人──」
その言葉を真摯に受け止めるアメリアが、身を乗り出し問いかけている。
「──アメリア? 食もそうだけど、冗談も趣味だから」
「そ、そうだったわね……」
(さあさあ、俺も楽しみにしてたんだ。一体どんな味わいなのかな……──?!)
俺もいよいよフォークに手を伸ばそうかとマジックステーキから視線を上げた瞬間、ハンナが示すサインを察知する。
「…………」
見るとハンナが料理に手を付ける事無く、俯いたまましおらしい態度で両手を膝の上に揃え、メモ書き用の羊皮紙が裏を向き、その上にグラスが置かれていた。
これは、仮に何かしらの不備や異常が起こった場合を想定して取り決めた、二人きりで行った事前のランチの際に打ち合わせた、俺に対するSOSのサインだ。
(そういえばハンナちゃん、さっきからずっと俯いたまま……)
「あの……少し失礼しますわ──」
示すサインに気付いた俺を確認したハンナが、言葉少なに退席してゆく。
「お? うん」
(やっぱりだ……まさかさっきの失言で自分を責めて──フォローが足りなかったか? むぅ……気の毒に、俺のミスだな)
「……そういえば、メインに手付けてないな」
リオンがハンナの席を一瞥し、心配そうに呟く。
「どうしたのかしら?」
「ホ、ホントだね。体調でも悪いのかな?」
「え、なら心配だし、俺付き添ってきましょ──」
ハンナの身を案じたマルクスが、席を立ち上がりかける。
「──あ~! みなさんは続けて楽しんでてください。ここは主催者の俺が見てきます!」
「そうですか。何かあったら遠慮せず言ってくださいヤマトさん」
「ありがとうございます。ちょっと行ってきます──」
何とか誤魔化すように話を切り上げ、ハンナの後を追い席を立つ。
◇
皆の良き人間性によって、かねてからの和やかな雰囲気が舞い戻ったこのテーブルに、今宵の特注フルコースの主役が、周囲の羨むような視線を伴いながら登場する。
『──お待たせ致しました、こちらがメインディッシュとなります。"マジックステーキ"でございます』
各々の前に数人の店員が、その一糸乱れぬ優雅な所作で以てこのレストランの品の良さを体現するかのように配膳してゆく。
「ふっふっふ……軽い腹ごなしもとうの昔……! 待ちわびましたよ──メインさん!」
今日一番の輝きが窺える熱い視線が、目の前に舞い降りた大きな皿に注がれている。
「アハハ……キャシーちゃんにとっては、今までの分は食べて無いも同然なのね」
アメリアが少し身を引き遠慮がちに答えている。
(キャシーさん……さっきあれだけ平らげてまだその余裕なのか……)
「こればかりはいくら食が趣味の私と言えども口にしたことがありません。一体どれだけの量がこのお腹に納まるのか……覚悟なさい! マジックエノキちゃんっ!」
謎の気概と口上を魅せるキャシーが、誰よりも率先して握り上げたフォークでメインディッシュを指し示し意気込んでいる。
「いやキャシーさん。そんな魔物と対峙した冒険者みたいに」
「ホー……ホホ? (タベモノ?) ホゥ……」
先程までキャシーと競うように料理に夢中になっていたリーフルが、内容を検めた途端に肩を落とし、残念そうに呟いている。
「あれ? リーフルちゃん、どうしたのかな?」
「お? リーフル、あんなに楽しんでたのに。いざ来たメインディッシュに随分テンション低いじゃん」
「どうかされましたかリーフル様……?──ハッ!」
「ぐぬぬっ……!」
「もしや……私がお持ちしたマジックエノキの鮮度では、真に美食家であるリーフル様が口にされるには至らなかったのか……!」
まるでこの世の終わりとでも語らんばかりの焦りの表情を浮かべたラインが、拳を握り斜め上の反省を口にしている。
「──ああ! ち、違いますラインさん! 多分リーフルは自分の想像してたものと違うものが来て、少し戸惑っているだけなんです!」
「な? だよなリーフル? ステーキって聞いたから"お肉"だと思ったんだよな?──ほら、ラインさんにお礼して!」
「またしても……! 何たる不覚か……」
ラインが肩を落とし凡そ輝いて見えるエルフ族の鳴りは潜め、俯き眼前に垂れ下がるその綺麗な黄金の髪が哀愁を物語っている。
「ホーホ (ヤマト)」──ツンツン
リーフルが俺の顔の脇辺りを嘴で指し、アイテムBOX──『お肉が食べたい』というアピールをしている。
(くっ……リーフル。ラインさんの気も知らずに……)
打ち合わせた際に見せた、あのラインの期待した様子を目にしているせいで、何とも言えない罪悪感が沸き上がる。
今回のキノコ尽くしのフルコース、そのメインを飾るに相応しい種類のキノコと言えば、それはもちろん高級かつ冒険者──特に魔法を行使する者達──に非常に需要のある、"マジックエノキ"を置いて他ないだろう。
マジックエノキは、想像される通常のエノキとは異なり、頭の部分が馴染みある大ぶりな椎茸と同程度の大きさをして、非常に食いでのありそうなキノコだ。
しかし実際の主な用途と言えば、マジックポーションを生成するに当たり、そのエキスのみが抽出されるだけに留まり"食材"として用いられる事がなく、前々から少々勿体無いと思っていた食材だ。
このフルコースの主要素材を都合してくれた二人を象徴とするドグ村の特産品でもあり、エルフ族にとっても普段はあまり口にしないという極めて希少性の高いキノコで、今回のフルコースの中では俺が特に期待を寄せていた一品となる。
肝心の仕上がりについてだが、シェフの類まれな調理技術によって、美しく光り輝く純白のほぼ原形を留めたままに火を通され、期待を煽るコク深く香ばしい熱気を上げるマジックエノキが、薄黄色、或いは透明に近い何とも食欲をそそる香り高いソースをその身に纏い、大きめの皿の中央に気品あふれる様でシンプルに盛り付けられている。
あの栽培所──アメリアがマッシュバットの世話をする洞窟──で目にした光景も、それは幻想的で夢見心地すら抱く程の美しい光景ではあったが、眼前のこの一品も、オリジナルの光り輝くソースで綺麗に化粧され、遜色なく優雅なその魅力を更に増している。
流石はサウド随一の高級レストラン、その匠の技と言ったところで、見事イレギュラーな食材に柔軟な対応を魅せた、まさにマジックなステーキに仕上がっていた。
「ではでは早速! いただきます!!」
キャシーの音頭を境に、皆が食指を伸ばし始める──。
「~~っ!!」
待ちきれないとばかりに豪快にその全てを口に運んだキャシーが、天を仰ぎ悶絶している。
「──えっ……? うんまっ……!」
リオンがその整った青い瞳を丸め仰天し、声にならない声で呟いている。
「うん、凄い! 更に美味しくなってる!」
勝手知ったるアメリアは、シェフ特製のソースの方に賛辞を贈っている。
「ん~! はは! ポーションの材料としか見てませんでしたけど、これは新たな需要が生まれそうな程の味ですね~!」
この集う面子の中では、マジックポーションの取り扱いについて一番馴染みのあろうマルクスが、新たな知見に喜びの言葉を語っている。
「ホホーホ~(ナカマ)」
一方リーフルは『一応』とでも言わんばかりに感動薄くマジックエノキを口にした後、ラインの下に歩み寄り、そのうなだれた頭を右翼で撫でている。
「リーフル……様?」
「ラインさんラインさん。リーフルが『美味しかった、ありがとう』って言ってますよ!」
「お、おぉ……! リーフル様……! お気に召して頂けたのですね!」
(……すみません、ホントは違うんです。多分リーフルは『元気出せ』って言ってます……)
「ホーホ? (ヤマト?) ホーホホ(タベモノ)」──ツンツン
再びリーフルがアイテムBOXを開くよう要求している。
「うくっ……初邂逅より幾年月。私はこの日を夢見ておりました……!」
言葉が通じない事が幸いし、リーフルが喜んでくれたとラインが身を震わせ、感嘆の声をあげている。
(リーフル、そういえばドグ村で接待された時はキノコあんまり食べなかったっけ)
(あの時からラインさん、リーフルに自慢のキノコを楽しんで欲しかったんだ……)
キノコそのものについては、リーフルが好む部類の食材な事に違いはない。
現に今回のフルコース、その全てを張り切って平らげていたし、そもそも興味が無い食材については、嘴で多少つつくだけに留まり胃に収めようとしない事は、リーフルの分かりやすい癖の一つだ。
このメインに限ってだけ『肉を食べる口になっていた』というだけの話で、キノコが食べたくない訳ではないし、リーフルに悪気は無かっただろう。
(うん。少し後ろめたいけど、ラインさん折角喜んでるんだし、このままにしておこう)
常備しているラビトーの串焼きをリーフルの皿に取り出す。
「ホーホホ! (タベモノ!)」
翼を僅かに上下させ喜んでいる。
「おぉ! 流石は賢明なるリーフル様! 付け合わせとなる肉を共に、アレンジを加えられるとは! いやはや感服至極、御見それいたします!」
(ハハ……エドワードさん然り、何だかこの手の『イケメン金髪』は自己の世界観が強めだな……)
「ヤ、マ、トさんっ!──ヤマトさん!! 今まで私が征服してきたステーキの中でも、これは三指に食い込む程の、途轍もない逸品ですよ!!」
余韻も何もないままに、さも当然とばかりに店員に追加注文をしつつ、キャシーが何時にも増して大仰な身振り手振りでその感動を伝えてくれている。
「あ、そうですか。それはよかったです」
早く俺も口にしたい事と、すっかり身に染みているお決まりの流れのせいもあり、端的にそう返す。
「もぉっ、ヤマトさん! あなたのパートナーがこの溢れる感動をお伝えしていると言うのに、なんと素っ気の無いお返事ですか! そんなんじゃ他の男性に浮気しちゃいますよ!」
腕を組み露骨な──滑稽に見える──態度を示し、またも誤解を招く発言をしている。
「えっ!? やっぱりキャシーちゃん、ヤマトの恋人──」
その言葉を真摯に受け止めるアメリアが、身を乗り出し問いかけている。
「──アメリア? 食もそうだけど、冗談も趣味だから」
「そ、そうだったわね……」
(さあさあ、俺も楽しみにしてたんだ。一体どんな味わいなのかな……──?!)
俺もいよいよフォークに手を伸ばそうかとマジックステーキから視線を上げた瞬間、ハンナが示すサインを察知する。
「…………」
見るとハンナが料理に手を付ける事無く、俯いたまましおらしい態度で両手を膝の上に揃え、メモ書き用の羊皮紙が裏を向き、その上にグラスが置かれていた。
これは、仮に何かしらの不備や異常が起こった場合を想定して取り決めた、二人きりで行った事前のランチの際に打ち合わせた、俺に対するSOSのサインだ。
(そういえばハンナちゃん、さっきからずっと俯いたまま……)
「あの……少し失礼しますわ──」
示すサインに気付いた俺を確認したハンナが、言葉少なに退席してゆく。
「お? うん」
(やっぱりだ……まさかさっきの失言で自分を責めて──フォローが足りなかったか? むぅ……気の毒に、俺のミスだな)
「……そういえば、メインに手付けてないな」
リオンがハンナの席を一瞥し、心配そうに呟く。
「どうしたのかしら?」
「ホ、ホントだね。体調でも悪いのかな?」
「え、なら心配だし、俺付き添ってきましょ──」
ハンナの身を案じたマルクスが、席を立ち上がりかける。
「──あ~! みなさんは続けて楽しんでてください。ここは主催者の俺が見てきます!」
「そうですか。何かあったら遠慮せず言ってくださいヤマトさん」
「ありがとうございます。ちょっと行ってきます──」
何とか誤魔化すように話を切り上げ、ハンナの後を追い席を立つ。
◇
22
お気に入りに追加
2,163
あなたにおすすめの小説

鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。
KBT
ファンタジー
神の気まぐれで異世界転移した荻野遼ことリョウ。
神がお詫びにどんな能力もくれると言う中で、リョウが選んだのは戦闘能力皆無の探索能力と生活魔法だった。
現代日本の荒んだ社会に疲れたリョウは、この地で素材採取の仕事をしながら第二の人生をのんびりと歩もうと決めた。
スローライフ、1人の自由な暮らしに憧れていたリョウは目立たないように、優れた能力をひた隠しにしつつ、街から少し離れた森の中でひっそりと暮らしていた。
しかし、何故か飯時になるとやって来る者達がリョウにのんびりとした生活を許してくれないのだ。
これは地味に生きたいリョウと派手に生きている者達の異世界物語です。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」

食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました
ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。
会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。
タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる