平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

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3-3 類える現実

第111話 きっかけ 6

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 多少の失態など、俺が信頼を寄せるこの場に集う面々にとってはほんの些細なもの。
 皆の良き人間性によって、かねてからの和やかな雰囲気が舞い戻ったこのテーブルに、今宵の特注フルコースの主役が、周囲の羨むような視線を伴いながら登場する。 

『──お待たせ致しました、こちらがメインディッシュとなります。"マジックステーキ"でございます』

 各々の前に数人の店員が、その一糸乱れぬ優雅な所作で以てこのレストランの品の良さを体現するかのように配膳してゆく。


「ふっふっふ……軽い腹ごなしもとうの昔……! 待ちわびましたよ──メインさん!」
 今日一番の輝きが窺える熱い視線が、目の前に舞い降りた大きな皿に注がれている。

「アハハ……キャシーちゃんにとっては、今までの分は食べて無いも同然なのね」
 アメリアが少し身を引き遠慮がちに答えている。

(キャシーさん……さっきあれだけ平らげてまだその余裕なのか……)

「こればかりはいくら食が趣味の私と言えども口にしたことがありません。一体どれだけの量がこのお腹に納まるのか……覚悟なさい! マジックエノキちゃんっ!」
 謎の気概と口上を魅せるキャシーが、誰よりも率先して握り上げたフォークでメインディッシュを指し示し意気込んでいる。

「いやキャシーさん。そんな魔物と対峙した冒険者みたいに」

「ホー……ホホ? (タベモノ?) ホゥ……」 
 先程までキャシーと競うように料理に夢中になっていたリーフルが、内容を検めた途端に肩を落とし、残念そうに呟いている。
 
「あれ? リーフルちゃん、どうしたのかな?」

「お? リーフル、あんなに楽しんでたのに。いざ来たメインディッシュに随分テンション低いじゃん」
 
「どうかされましたかリーフル様……?──ハッ!」

「ぐぬぬっ……!」

「もしや……私がお持ちしたマジックエノキの鮮度では、真に美食家であるリーフル様が口にされるには至らなかったのか……!」
 まるでこの世の終わりとでも語らんばかりの焦りの表情を浮かべたラインが、拳を握り斜め上の反省を口にしている。
 
「──ああ! ち、違いますラインさん! 多分リーフルは自分の想像してたものと違うものが来て、少し戸惑っているだけなんです!」

「な? だよなリーフル? って聞いたから"お肉"だと思ったんだよな?──ほら、ラインさんにお礼して!」

「またしても……! 何たる不覚か……」
 ラインが肩を落とし凡そ輝いて見えるエルフ族の鳴りは潜め、俯き眼前に垂れ下がるその綺麗な黄金の髪が哀愁を物語っている。

「ホーホ (ヤマト)」──ツンツン
 リーフルが俺の顔の脇辺りを嘴で指し、アイテムBOX──『お肉が食べたい』というアピールをしている。
 
(くっ……リーフル。ラインさんの気も知らずに……)
 打ち合わせた際に見せた、あのラインの期待した様子を目にしているせいで、何とも言えない罪悪感が沸き上がる。


 今回のキノコ尽くしのフルコース、そのメインを飾るに相応しい種類のキノコと言えば、それはもちろん高級かつ冒険者──特に魔法を行使する者達──に非常に需要のある、"マジックエノキ"を置いて他ないだろう。

 マジックエノキは、想像される通常のエノキとは異なり、頭の部分が馴染みある大ぶりな椎茸と同程度の大きさをして、非常に食いでのありそうなキノコだ。
 しかし実際の主な用途と言えば、マジックポーションを生成するに当たり、そのエキスのみが抽出されるだけに留まり"食材"として用いられる事がなく、前々から少々勿体無いと思っていた食材だ。

 このフルコースの主要素材を都合してくれた二人を象徴とするドグ村の特産品でもあり、エルフ族にとっても普段はあまり口にしないという極めて希少性の高いキノコで、今回のフルコースの中では俺が特に期待を寄せていた一品となる。


 肝心の仕上がりについてだが、シェフの類まれな調理技術によって、美しく光り輝く純白のほぼ原形を留めたままに火を通され、期待を煽るコク深く香ばしい熱気を上げるマジックエノキが、薄黄色、或いは透明に近い何とも食欲をそそる香り高いソースをその身に纏い、大きめの皿の中央に気品あふれる様でシンプルに盛り付けられている。

 あの栽培所──アメリアがマッシュバットの世話をする洞窟──で目にした光景も、それは幻想的で夢見心地すら抱く程の美しい光景ではあったが、眼前のこの一品も、オリジナルの光り輝くソースで綺麗に化粧され、遜色なく優雅なその魅力を更に増している。
 流石はサウド随一の高級レストラン、その匠の技と言ったところで、見事イレギュラーな食材に柔軟な対応を魅せた、まさになステーキに仕上がっていた。


「ではでは早速! いただきます!!」

 キャシーの音頭を境に、皆が食指を伸ばし始める──。


「~~っ!!」
 待ちきれないとばかりに豪快にその全てを口に運んだキャシーが、天を仰ぎ悶絶している。

「──えっ……? うんまっ……!」
 リオンがその整った青い瞳を丸め仰天し、声にならない声で呟いている。

「うん、凄い! 更に美味しくなってる!」
 勝手知ったるアメリアは、シェフ特製のソースの方に賛辞を贈っている。
 
「ん~! はは! ポーションの材料としか見てませんでしたけど、これは新たな需要が生まれそうな程の味ですね~!」
 この集う面子の中では、マジックポーションの取り扱いについて一番馴染みのあろうマルクスが、新たな知見に喜びの言葉を語っている。


「ホホーホ~(ナカマ)」
 一方リーフルは『一応』とでも言わんばかりに感動薄くマジックエノキを口にした後、ラインの下に歩み寄り、そのうなだれた頭を右翼で撫でている。

「リーフル……様?」

「ラインさんラインさん。リーフルが『美味しかった、ありがとう』って言ってますよ!」

「お、おぉ……! リーフル様……! お気に召して頂けたのですね!」

(……すみません、ホントは違うんです。多分リーフルは『元気出せ』って言ってます……)

「ホーホ? (ヤマト?) ホーホホ(タベモノ)」──ツンツン
 再びリーフルがアイテムBOXを開くよう要求している。

「うくっ……初邂逅より幾年月。私はこの日を夢見ておりました……!」
 言葉が通じない事が幸いし、リーフルが喜んでくれたとラインが身を震わせ、感嘆の声をあげている。

(リーフル、そういえばドグ村で接待された時はキノコあんまり食べなかったっけ)

(あの時からラインさん、リーフルに自慢のキノコを楽しんで欲しかったんだ……)

 キノコそのものについては、リーフルが好む部類の食材な事に違いはない。
 現に今回のフルコース、その全てを張り切って平らげていたし、そもそも興味が無い食材については、嘴で多少つつくだけに留まり胃に収めようとしない事は、リーフルの分かりやすい癖の一つだ。
 このメインに限ってだけ『肉を食べる口になっていた』というだけの話で、キノコが食べたくない訳ではないし、リーフルに悪気は無かっただろう。

(うん。少し後ろめたいけど、ラインさん折角喜んでるんだし、このままにしておこう)
 常備しているラビトーの串焼きをリーフルの皿に取り出す。

「ホーホホ! (タベモノ!)」
 翼を僅かに上下させ喜んでいる。

「おぉ! 流石は賢明なるリーフル様! 付け合わせとなる肉を共に、アレンジを加えられるとは! いやはや感服至極、御見それいたします!」

(ハハ……エドワードさん然り、何だかこの手の『イケメン金髪』は自己の世界観が強めだな……)


「ヤ、マ、トさんっ!──ヤマトさん!! 今まで私が征服してきたステーキの中でも、これは三指に食い込む程の、途轍もない逸品ですよ!!」
 余韻も何もないままに、さも当然とばかりに店員に追加注文をしつつ、キャシーが何時にも増して大仰な身振り手振りでその感動を伝えてくれている。

「あ、そうですか。それはよかったです」
 早く俺も口にしたい事と、すっかり身に染みているお決まりの流れのせいもあり、端的にそう返す。

「もぉっ、ヤマトさん! あなたのパートナー担当がこの溢れる感動をお伝えしていると言うのに、なんと素っ気の無いお返事ですか! そんなんじゃ他の男性冒険者に浮気しちゃいますよ!」
 腕を組み露骨な──滑稽に見える──態度を示し、またも誤解を招く発言をしている。

「えっ!? やっぱりキャシーちゃん、ヤマトの恋人──」
 その言葉を真摯に受け止めるアメリアが、身を乗り出し問いかけている。

「──アメリア? 食もそうだけど、冗談も趣味だから」

「そ、そうだったわね……」

(さあさあ、俺も楽しみにしてたんだ。一体どんな味わいなのかな……──?!)
 俺もいよいよフォークに手を伸ばそうかとマジックステーキから視線を上げた瞬間、ハンナが示すを察知する。
 
「…………」
 見るとハンナが料理に手を付ける事無く、俯いたまましおらしい態度で両手を膝の上に揃え、メモ書き用の羊皮紙が裏を向き、その上にグラスが置かれていた。
 
 これは、仮に何かしらの不備や異常が起こった場合を想定して取り決めた、二人きりで行った事前のランチの際に打ち合わせた、俺に対するSOSのサインだ。

(そういえばハンナちゃん、さっきからずっと俯いたまま……)

「あの……少し失礼しますわ──」
 示すサインに気付いた俺を確認したハンナが、言葉少なに退席してゆく。

「お? うん」

(やっぱりだ……まさかさっきの失言で自分を責めて──フォローが足りなかったか? むぅ……気の毒に、俺のミスだな)

「……そういえば、メインに手付けてないな」
 リオンがハンナの席を一瞥し、心配そうに呟く。

「どうしたのかしら?」

「ホ、ホントだね。体調でも悪いのかな?」

「え、なら心配だし、俺付き添ってきましょ──」
 ハンナの身を案じたマルクスが、席を立ち上がりかける。

「──あ~! みなさんは続けて楽しんでてください。ここは主催者の俺が見てきます!」

「そうですか。何かあったら遠慮せず言ってくださいヤマトさん」

「ありがとうございます。ちょっと行ってきます──」
 何とか誤魔化すように話を切り上げ、ハンナの後を追い席を立つ。

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