平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

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3-3 類える現実

第110話 ものにしたい本業

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 鬱蒼と生い茂る木々の隙間から僅かばかりに窺える空の様子からすると、現在は恐らく正午を過ぎた辺り。
 日頃単独では決して立ち入る事の無い森の中域程にて、いよいよその総仕上げと言わんばかりの連戦が続いている。
 
 ギルドからの要請に応じ、魔物達を圧倒しながら目的のエリアまで急いだ彼らに、後方支援兼荷物持ちとして帯同している俺は『サウドきっての冒険者チーム』との呼び声高いその実力の程を、改めて実感していた。


 ブラックベアが辺り一帯を震わせる雄たけびを上げ猛突進。太く鋭い両の爪が、対峙するロットの頭部目掛け空を裂く──。

「ヘッ!──そうだ! お前は俺と遊んでろ!!」

 ──大盾に接触した爪が弾かれ、甲高い衝撃音が響き渡る。

 ブラックベアは衝撃から僅かにのけぞる巨体を猛獣特有の強固な体幹でもって制御。
 瞬時に前のめりに大盾を押さえつけ、その剛力で制さんと踏み込むが、持ち前の恵まれた体躯に秘める怪力を発揮するロットも、わずか一歩と後退する事無く押し合い、膠着する。


「左前五十、ロー六!」
 樹上に陣取り、周囲を警戒していたショートが号令を発する。

「──!! 後方六十にもロー五!」


「了解!──さっさと決めないとねっ!」

 ロングソードを正面に構え間合いを取り、もう一匹のブラックベアの隙を窺っていたマルクスがショートの号令に応え、剣を下段に構え直し突進する。

 迫るマルクスの直進する動きに合わせ、ブラックベアが腕を交差させるように爪を振り下ろす──。

「ああ、だろうねっ」
 ──攻撃に合わせ一段ギアを上げ加速、難なく爪を躱し背後に回り込む。

 ブラックベアがマルクスを追い、振り向かんと上体を捻るや否や、無数の斬撃がその黒々しい巨体を刻みつける。

「ガッ……フッッ──」
 その身がバラバラと地に伏せる。


「ヤマトさん、派手にやっちゃっていいのよね?!」
 魔力のオーラが足元から立ち込め、ネアの周囲に蜃気楼のような揺らぎが発生する。

「ええ、大丈夫です!」

「オッケー!──エンチャント……」

「ファイアーボール!!」

 ネアのユニーク魔法威力増強パワーエンチャントにより、通常より五倍程に強化された巨大な火球が、この戦域の背面から迫り来るローウルフの群れ目掛け放たれる──。

 直視するのが躊躇われる程の明光と熱量を帯びた大玉が、轟音を発しながら猛進する。

 ──着弾と同時に大きな爆発が発生。そびえ立つ幹の背を優に越える高さの苛烈な炎が立ち昇り、周囲の木々諸共にローウルフたちを灼熱が支配する。

(クッッ──なんて熱気だ……!)

「ホッッ……!」
 熱気を受け、肩を掴むリーフルの足にも力が入っているのが伝わってくる。

 本物の"魔法専門職"が顕現させるその凄まじいまでの熱量に気圧されながら、構える長弓に魔石を装着し、風のマジックアローを燃え盛る一帯に解き放つ──。

 ──直進する軌道上に暴風が巻き起こり、放たれた矢は炎を巻き込みながら虚空へと飛び去った。


「ロット! まだいけるよね?!」
 ブラックベアを切り伏せ息もつかせぬ内に、マルクスが戦域左前方から迫るローウルフの群れへ駆け出すと同時に声を上げる。

「──ヘッ!! だからお前は走ってんだろうが!」
 膠着が解かれ、その鋭く容赦のない爪で大盾を責め立てるブラックベアの攻撃を易々といなしながら、ロットが余裕の籠る声色で応える。

「ははっ、まあね!」
 ローウルフの群れに接敵、その華麗な剣捌きで一匹、また一匹と圧倒してゆく。

 しかし、一匹のローウルフがマルクスの脇を抜け、ブラックベアと力比べをしているロットの側面から飛び掛かる。

「邪魔するな……」
 ショートがボソリと呟き矢を放つ。
 
 樹上という困難な角度ながら、放たれた矢は生い茂る枝の間を縫うように走り、寸分の狂いも無くローウルフの眉間に突き刺さる。

(すごい、矢が枝を避けて……!)


「お待たせ!──」
 ショートの弓捌きに見惚れていると、いつの間にかマルクスがロットと対峙するブラックベアの背後に陣取っていた。

 ──軽快な一言と共に唐竹割りに一閃。ブラックベアの半身が二つ、鈍い音と共に地に横たわる。


(ロングと俺の二人掛かりでも仕留め切れなかったブラックベアがこうもあっさりと)

(しかも四方からローウルフが襲い来たこの状況下で各々が瞬時に最善手を……)


「気配なし。終わった」
 地上に降り立ったショートが端的に呟く。

(弓捌きもそうだけど、この長時間、幾度もの的確な指示に鋭い索敵……学ぶべきことが多いな)

「──ふぅっ! 中々のだったぜ」
 ロットが大盾を地面に突き刺し、額を拭っている。

「いや、そもそも対等に押し比べ出来てる事が信じられませんよ……」
 討伐した魔物達を異次元空間に収納してゆく。

「情報通り数が多かったですね~」
 マルクスは息も切らさず平然としている。

「そうですね。でもマルクスさん、全然疲労の色が見えませんね」

「ん~……慣れてますから、はは」
 美しい蒼が刀身に揺らめくマギ・ロングソードを納刀しながら爽やかな笑顔で答え、そのイケメンぶりが周囲に迸っている。

「いいわね~その弓。それがあれば気兼ねなく森でもぶっ放せるわ!」
 ネアが俺の背負う長弓をまじまじと見つめている。

「本当に凄まじいですね。確かにあの威力じゃ、普段は控えないといけないのも納得です」

「あら? あれでもまだ三割程度よ?」

「ヤマトさんの事は信じてるけど、万が一があっちゃ危ないし、魔力も温存しておきたいしね」
 右手に持つ杖を軽く振りながら、あっけらかんと語っている。

「えぇ……?」 「ホゥ……(ニゲル)」

(あの規模で三割の力……やっぱり"魔法"って規格外の武器だな……)

「──そうだショート。あんたもヤマトさんと同じ物にしなさい? そしたら私も森とか関係無く力を出せるわ」

「ネアは極端。ファイアーボール以外を使えばいい。魔導具も作ってるし」

「嫌よ。私の誇りプライドなの。知ってるでしょ?」

「それを言われちゃ返す言葉が無くなっちまうんだよなぁ」

「うん、ずるいよね? はは」

(長時間戦闘続きでこの余裕……やっぱりこの人達は伊達じゃないな)
 己との実力差を目の当たりにし、改めて"サウドきっての冒険者チーム"という者の凄みを認識する。


密集地域モンスタークラウドの可能性あり』
 今回俺が帯同している理由、森に出入りするある冒険者から寄せられた情報だ。

 モンスタークラウドとは、ある限られた地域に魔物達が密集し、互いにしのぎを削る生存競争を生き残った末に産まれる、"強個体エリート"と呼ばれる魔物が誕生してしまう現象の、その兆候を指す言葉だ。

 発生する条件や場所には未だ不明な部分が多いが、その結果においてエリートと呼ばれる強大な魔物が発生するというプロセス自体は判明しているので『モンスタークラウドの掃討』は、情報がもたらされた後に所属冒険者達に向け即時要請される、サウドにおいて度々発生する緊急性の高い仕事クエストだ。

 もしエリートが誕生してしまった場合、その強さは例え下位種のローウルフだろうと上位種の魔物群にも匹敵し、俺のような下位冒険者は言うまでもなく、ベテラン含む上位冒険者達の実力を以ってしても少人数では対処の難しいとされる、とても危険な存在だ。

 だが今回寄せられた情報にはエリートの発生自体を示唆するものは無く、実際にモンスタークラウドの掃討を終えた現段階でもその存在は確認出来無かったので、恐らくだがエリートが誕生するまでには至らず、未然に防ぐことが出来たようだ。

 ブラックベアが五匹にローウルフが二十数匹、ケイプスクワールにその他多少。
 この場に及ぶまでにも多くの魔物達を討伐し、何の損失も無く掃討任務を終えられたのは、偏に未知の緑翼の実力によるものだ。


 俺が帯同を請われ、それを了承した理由としては、今回の報酬額や自らの経験値を増やす事、他には等、理屈を並べれば色々とありはするが、やはり一番大きいのは、その相手が"未知の緑翼"だからだ。

 冒険者となり右も左も分からず、短剣でミドルラットを相手に四苦八苦していたあの頃から、未知の緑翼の面々は俺をクエストへと連れ出し『頼りなる』と、例え世辞だろうと同じ冒険者仲間として目をかけてくれていた。

 普段は危険度を鑑み避けるようなクエストでも、そんな偉大な先輩達に要請されれば、湧き出る躊躇よりも彼らへの大きな信頼の方が上回り、望まれた役割を全うしようと奮起出来るのだ。
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