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3-1 浮上する黄昏れ

第104話 指名依頼

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 森での訓練から帰還した明くる日、時間を気にすることなくゆったりと正午過ぎまで体を休め、リーフルと軽く昼食を取った後にギルドへとやって来た。
 先日キャシーから聞いていた指名依頼の件を打ち合わせる為、いつも通りギルド内のカウンターでキャシーと世間話をしながら依頼人の到着を待っている。

「ヤマトさんがグリーンモールを討伐出来るようになってもらえて大助かりですよ!」
 キャシーが買取代金の詰まった袋を取り出す。

「何と無くの対処法が見出せたので。また入用の際には、俺としても教えて頂けると助かります」
 
「うんうん。やっぱり『信頼』という点においては、ヤマトさん以上の方はいませんね」
 腕組みをして頭を上下に振り大袈裟にうなずいている。

「どういうことでしょうか?」

「看板娘を仰せつかる私としては、冒険者さん達の帰還率や達成率も気になる訳ですよ」

「ふむ」

「冒険者さん達ご自身がクエストを選択するとはいえ、最終的な承認印を押すのは私達ギルド職員です」

「ヤマトさんもご承知の通り、中には身の丈に合っていない魔物を討伐に向かおうとされる方や、能力に見合わない依頼を受けようとされる方もいらっしゃいまして」

(あ~……そういえばラーデルさんと森に助けに行った少年がそうだったよなぁ)

「最終的な決定権がこちらにある以上、サウド支部においては出来るだけ適切な割り振りに務めたいんです」
 キャシーがいつになく真剣な表情で話している。
 
「なるほど……先週、でしたよね」
 恐らく先日耳にした冒険者の訃報を指しての話だろう。

 確かあの冒険者は仕事クエストを受注しての悲運では無かったはず。
 だがギルド職員、ましてや看板娘ギルドの顔である彼女には、例え管轄外に起きた出来事だろうと、貴重な冒険者──継続的に活動できる者──が失われるというのは、思うところがあるのだろう。

「ええ。例え命の危険を伴わないクエストでも、御国からの評価に響きますし、もちろん冒険者さん達を無暗に失いたくもありません」

「その点、ヤマトさんの堅実ぶりは本当に頼もしいんですよ」

「まぁリーフルの為に死ねませんからね」
 カウンターの上で羽繕いをしているリーフルの頭を撫でる。

「ホーホ(ヤマト)」

「正直申しまして、グリーンモールは危険度の低い部類の魔物です。腕の立つ駆け出しの冒険者さんなら、背伸びして討伐に出掛けても、何とか生きて帰れるぐらいの」

「お恥ずかしい限りです」
 
「いえ! 全く恥じ入る事ではありません! ヤマトさんはいつも"確実性"を高めてから取り掛かられますね?」

「ええ」

「つまりですよ? 当ギルドとしましては、今後ヤマトさんの手にかかれば"苔"に関しては安心確実に手に入るという訳です!」
 大手を広げて高らかに語っている。

「ちょ、ちょっとそれは大袈裟な表現ですけど。苔の卸しを優先して頂けるなら有り難いですね」

「慎重着実にこなせるクエストが増えていく。しかもその仕事ぶりは、必ず無傷で帰還、かつ期限内に完遂する。私が理想とする冒険者像を体現しているかのような人物こそ、ヤマトさんなんです!」
 まるで漫画の表現にある鼻息が目に見えるように錯覚するほど鼻息荒く、興奮した様子で俺を指差している。

(他人の事は言えないけど、キャシーさんも相当変わってるよなぁ。現にセンスバーチのフライアさんはそう言ってたし……)

「アハハ……ところでキャシーさんは『屈強な冒険者と玉の輿を!』みたいな願望は無いんですか?」
 
「なんです? それ」

「いや……フライアさんがそんな事言ってたなぁ、と」

「あぁ~、フラちゃん! あの子、昔からそういう事言ってますもんね~」

「キャシーさんはそういう事に興味無いんですね」

「派手な刺激は感動も大きいですけど、冷めるのも早いですから。地味だろうと、私は末永~く想い合える殿方が理想です」
 
「そうですか」 「ホ~」


『私も同感ね』
 不意に後ろから女性の声が聞こえた。

「あ、いらっしゃいましたね」

「今回はよろしく。冒険者ヤマトさん」
 鮮やかな朱色の口紅が目を惹く、金色の長い髪の女性が隣に着席し、挨拶を口にする。

「こちらこそ、よろしくお願いします。こっちは相棒のリーフルです」

「ホホーホ(ナカマ)」
 女性を見据えながら、勝手知ったる様子で返事をしている。

(ん? 初対面のはずなのにナカマ? リーフル、知ってるのか……?)

「ふふ」
 女性がリーフルに向かって目配せしている。
 そして何故かキャシーも意地の悪い笑みを浮かべている。

「あの、失礼ですが、どこかでお会いしましたっけ?」
 二人の様子が気味悪く感じられ、失礼を承知で尋ねてみる。

「ぶー……ちょっと傷つく……」
 頬を膨らませ不服そうに呟いている。 

「えっ。いや、あの……すみません」

「ハァ~、ヤマトさん? お得意の観察眼はどうなされたんですか?」
 キャシーが呆れたと言わんばかりに目を細め苦言を話す。

「キャシーさんありがと。しょうがないわね──」
 そう言いながら化粧を拭い、髪を二股に結い分けてゆく。

「──あっ!?」
 
「じゃ~ん! マリちゃんでした~! ほんま連れへんわぁヤマちゃん。うち悲しい……」 
 印象深いツインテールの姿に整い終えたマリンが、快活な笑顔で冗談めかして泣き真似をしている。 

「マリちゃん! 今日は化粧もしてるし雰囲気もまるで違うから分からなかったよ。さすがの使い分けだね」

「もぉ~、リーちゃんは気付いてたみたいやん。どんな姿だろうと"妻"の顔ぐらい見分けつかなあかんよ~?」

「ホホーホ(ナカマ)」
 リーフルが胸を張り得意げにしている。

「いや妻って……それより、依頼主ってマリちゃんだったんだ」

「そうやで~。バッチリ色付けた指名料も払うから、うちのお願い聞いて欲しいなぁ」

「うん、まずは依頼内容を聞かせてくれるかな? 俺に出来るかどうか、それから決めよう」

「さすがの慎重さやねヤマちゃん。儲けの規模だけでは即決せえへんところは、良い商人にも通じる大事なところや」

「依頼の内容は二つやねん。うちがハーベイに戻るまでの警護と、もう一つはある厄介事の解決や。厄介事に関しては武力は必要無い。頼りにしたいのはヤマちゃんのの方や」

「厄介事?」

「うん、詳しくは道すがら話すわ。ここではちょっと……」
 マリンが横目でキャシーを気にしながら話している。

(この場では言いにくい事……家の商売に関して知られたくない、不利に繋がるような事ってところか)

「あ、警護任務については、ハーベイまでの……」
 マリンが詳細を説明する。


「……ふむ。まぁその距離と生息する魔物の種類なら俺一人でも大丈夫そうかな。それで、厄介事を解決できなかった場合の減額はどの程度なのかな?」

「あぁ、それは心配せんでええよ。厄介事の方はあくまで個人的な"お願い"の範疇。ギルドからの指名依頼については警護任務の領分だけになるから」

「はい。当ギルドが斡旋させて頂きます依頼内容は『警護任務』となっております」
 キャシーが依頼書を取り出し、明確な依頼範囲を示す。

「なるほど。そういう事なら分かったよ、引き受けるよ」

「ホンマ?! 嬉しいわぁ!」

「では、正式にクエスト締結という事になります。ふふ、よかったですね、マリンさん」
 キャシーが書類を処理しながら笑顔でマリンに語り掛けている。

「ありがとうなぁキャシーさん。協力してくれたおかげでヤマちゃんの面白い反応も見れたし、依頼も受けてもらえたし、一挙両得や!」

「キャシーさん知ってて……相変わらず人が悪いですよ」

「ふふ。気付かないヤマトさんにも非はあると思いますけど?」

「うっ……仰る通りです……」

「ホ~」

 こうして指名依頼を受ける事にした俺は、マリンが住まう漁村ハーベイに向け、明朝サウドを出発した。
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