平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

文字の大きさ
上 下
121 / 180
2-7 Close to You

第96話 湖の怪異 4

しおりを挟む
「頼んだよ……」
 魔法の効果が切れたのだろう。膨張した筋肉と大盾が元の姿へと収縮してゆく。
 魔力の消耗と体力を使い果たした反動で、ビビットが力なく大盾と共に倒れ込む。

「ビビットさん!」
 ステラが駆け寄り体を仰向けに整え介抱してくれている。


 一方、叩きつけられたプルグロスは周囲に水を吹き出し、脚を乱高下させのたうっている。

『テキ テキ テキ』
 怒りの感情が伝わってくる。


(違いがあろうかと予想はしてたけど、厄介だなこれは……)
 ピンク、もしくは緑がかった灰色の色味に円筒状の胴体と、脚の間の頭部に目玉が二つ。
 俺の知るタコの外見はそうなのだが、このプルグロスは異彩を放っていた。

 毒々しい深い青紫色をしたまだら模様で、大きさはゆうに三メートルはあろうかという巨体を誇っている。
 そして円筒状の胴体をしている点は同じなのだが、なんと目玉がハンマーヘッドシャークのように左右に長く突き出ているのだ。
 あれでは推測される視野が相当に広く、三百六十度、全周囲に渡って俺達の動きは察知されると見ていい。

「先ずは再生しきってない脚を斬り落とす。頼んだロング」
 
「任せてくださいっす!」
 注意を己へと向ける為、ロングがハンマーを正面に構え最前線に躍り出る。
 
 俺も同時に目玉を狙い矢を放つ。

 のたうつプルグロスの挙動のせいで狙いは外れ、胴体部分へと矢が突き刺さる。

 だが幸いにも、脚へ刺さった場合とは違い、身体をよじりダメージを受けている様子で、脚で矢を引き抜こうと隙を見せている。
 隙あらば相手の懐へ。ロングソードに持ち替え、生えかけの脚目掛け駆け出す。

 無軌道にうねる厄介な動きを注視しながら、袈裟懸けに剣を振り下ろす。
 
 先程とは違い、未熟な肉質のおかげで難なく両断する事が出来た。

「うぐっ……」
 安堵も束の間、漏れ伝わる苦悶の先に目を向けると、脚の一本がこちらの戦力を奪おうとロングのハンマーに絡みついていた。

 そしてもう一本の脚がこちらにも飛来し、剣に纏わりつく。

(ぐっっ……なんて怪力だ……!)
 絡みつく脚の引力に、全身を引き寄せられてゆく。
 ロングソードを奪われまいと踵を地面にめり込ませ踏ん張るが然程効果は無い。 
 これ程の怪力と何本も、幾度も綱引きを演じていたビビットは、やはり凄まじい身体能力を秘めているのだという事が実感出来る。

(マズい……くっ……)
 主導権を握られている状況だが、必死に思考を巡らせ、相手の戦力を軽減させる方法を探る。

(吸盤……!)
 剣に吸い付く吸盤を目にした瞬間閃く。
 片手を離すリスクは承知の上で、腰に帯びる短剣を引き抜き、吸盤を削ぎ落す。

 すると刺激に反応した脚が剣から離脱するが、距離を取るでもなくそのままこちらに打ち下ろされる──。

「──フッッ!」
 頭上から迫る脚に咄嗟にロングソードの刃を合わせ水平に薙ぎ払う。
 脚自身の勢いと質量が相まり、単独では成し得なかった両断に成功する。

「ロング!!」
 すぐさま弓に持ち替え、本体に矢を放つ。

 矢の直撃を受けたプルグロスが怯み、ロングから脚を離し己の下へと引き寄せた。

「助かりましたヤマトさん!」

「残り二本! 同時攻撃だ!」

「うっす!」
 本体への矢の攻撃は有効、残す脚も二本だけと、今が好機であると確信し、俺達は本体へと間合いを詰める──。

 ──だがいよいよ正念場というところで、突如として後方より、村に訪れた際に耳にした、聞き覚えのある声がこだまする。

「スパイク様参上だぜ! 俺が退治してやる!──ウォーッ!」
 所々錆が浮き刃が欠けた、見るからにくたびれたショートソードを携えたスパイクが、プルグロス目掛け突進してくる。

「スパイク様ー! 頑張って~!」

「カッコいいですよ~!」
 この脅威の実感が無いのか、取り巻きの二人が呑気にスパイクを応援している。

「やめなさいスパイク!!」
 ビビットに寄り添うステラが、大声をあげる。

「──スパイク!? 危ないからこっちに来ちゃダメだ!」
 ロングも声に気付き、必死にスパイクをなだめている。

(なっ、こんな時に……!)
 
「必殺! 疾風突き~!」
 駆ける勢いそのままに、スパイクが脚の側面にショートソードを突き立てる。
 だがショートソードはほとんど組織に食い込む事は無く、些細なダメージも与えられない。
 
「──んだよっこの剣! 使えねぇ!」 
 自分の想像理想と異なる結末に、プルグロスの本体近くに居る事も忘れ、地団太を踏み癇癪を起している。

「スパイク!!」
 鞭のように振り下ろされる脚に反応したロングが、ハンマーを盾とし間に割って入りスパイクを庇い立つ。

「うくっ……!」
 咄嗟の行動に、しっかりと受け身を取ることも出来ず、足の攻撃を受けその衝撃からロングがダメージを負った様子が見て取れる。

「──うぉ! あぶねえ……余計な事すんなよ! 俺なら避けれたんだよ!」

「い、いいから早く離れて……!」

「るっせえ! テイッ!」
 まるで素人がたまたま拾い上げた木の棒で、素振りでもしているかのような、攻撃と評するには憚られる児戯繰り出す。
 
 案の定プルグロスに傷一つ付ける事は叶わず、ショートソードは脚の弾力に弾き返される。

「スパイク君! 邪魔だから下がってくれ!──」

 ──ロングを援護するべく本体を狙いすまし矢を放つ。
 
「あぁ!? うっせえよ黒いおっさん! 俺様が倒すんだよ!」
 
(ダメだ。あの子てんで現実が見えて無い……)
 直接的な表現であれば気付いてくれるやもと期待したのだが、効果は見られない。
 若さ故に無鉄砲な行動を起こしたり、目標に向かい猛進出来る事は、自分もそういう時期を経ているので理解は出来るが、スパイクは少し度が過ぎている。
 
 己が庇われたという事実や、眼前に命を刈り取るような存在が居る事に、というのは御しがたい。
 物理的に構っている余裕も無し、かと言ってあの様子では言葉で説き伏せる事も困難だ。
 恐らく柔らかな言葉だろうと、刺々しい言葉を投げようと意固地になり、結局はその身を危険に晒す方向に向かってしまうと予想される。
 
 
「どっせい!!」
 ロングがハンマーを横から叩きつけ、脚とスパイクの距離を取ろうと奮闘している。

「俺様も~! テアッ!」
 やはり己の力量に気付いていないスパイクが必死に立ち回るロングを尻目に、ショートソードを振り回しながらちょろちょろと動き回っている。

(このままじゃロングの身が持たない……仕方ない!)
 深呼吸し息を整え力を抜き、弓を慎重に構え、照準だけに集中し矢を放つ。

 放たれた矢はスパイクの着用しているシャツの左裾をかすめ、プルグロスの脚に浅く突き刺さる。
 
「──わっ! あぶねぇー……おい黒いおっさん! どこ狙ってんだよ!」

「言ったろ! 危ないから下がるんだ!」

「まともに狙いも付けられねえのかよ、ったく。 お前がお兄ちゃんだって言う意味がよくわかったぜ。なぁ? 
 
「違う! 今のはヤマトさんがわざと……!」

「あぁ~?」

「ロング! いいから! 脚の動きに集中するんだ!」
 スパイクは、半ばこちらが脅しをかけるような事をしても、まるで気付く様子が無い。
 ただでさえビビットタンクの居ない危うい状況だというのに、戦場を無邪気に動き回る子供の相手などしている余裕は無い。
 
 だがこちらの事情など構いはしないプルグロスが、脚を収縮させ攻撃の態勢に入る。
しおりを挟む
感想 229

あなたにおすすめの小説

今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。

KBT
ファンタジー
 神の気まぐれで異世界転移した荻野遼ことリョウ。  神がお詫びにどんな能力もくれると言う中で、リョウが選んだのは戦闘能力皆無の探索能力と生活魔法だった。      現代日本の荒んだ社会に疲れたリョウは、この地で素材採取の仕事をしながら第二の人生をのんびりと歩もうと決めた。  スローライフ、1人の自由な暮らしに憧れていたリョウは目立たないように、優れた能力をひた隠しにしつつ、街から少し離れた森の中でひっそりと暮らしていた。  しかし、何故か飯時になるとやって来る者達がリョウにのんびりとした生活を許してくれないのだ。    これは地味に生きたいリョウと派手に生きている者達の異世界物語です。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

陽だまりキッチン、ときどき無双~クラス転移したけどかわいい幼馴染とのんびり異世界を観光します~

一色孝太郎
ファンタジー
 料理人を目指しながらも、そこそこの進学校に通う高校二年生の少年味澤祥太は、ある日突然、神を名乗る謎の発光体によってクラスごと異世界へと転移させられてしまう。  その異世界は、まるで聖女モノのネット小説のように聖女が結界を張って町を守り、逆ハーレムが当然とされる男には厳しい世界だった。  日本に帰るには、神を名乗る謎の発光体によって課された試練を乗り越えなければならない。  祥太は転移の際に神から与えられた能力を駆使し、幼馴染の少女と共にのんびり異世界を観光しながら、クラスメイトたちを探す旅をすることとなる。  はたして祥太たちは生き残ることができるのだろうか? そして無事に日本に帰ることはできるのだろうか? ※2024/03/02 18:00 HOTランキング第5位を獲得! お読みいただきありがとうございます! ※本作品は現在、他サイトでも公開しております

処理中です...