平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

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第96話 湖の怪異 2

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「どうしましょうか。こちらから刺激していいものか」

「そうだねぇ……」

「ヤマトさん。あの黒い靄、身体の影って感じでも無い気がするっすね?」
 獣人特有の優れた視力を発揮し、目を凝らし観察していたロングが違和感を口にする。

「ん?──」
 ロングの指摘に俺も目を凝らす。

(──本当だ、確かにあれは少し妙だ……)
 
「そうだなロング。鋭い観察だ」

「くふふ。褒められたっす」

 あれを何者かの影だと仮定すると、水中を移動し光の具合で膨張、収縮するのであれば、あんな風に変則的な黒の広がりは見られないはず。
 となると対象は単体ではなく複数、もしくは定形を保たない生物の可能性がある。
 
 或いは影と思い込んでいる闇は、俺達の見当違いで、何か得体の知れない物質が水中で発生し、その領域を広げているという可能性もある。
 慎重に事を運びたいところではあるが、どちらにせよ悠長に観察を続けている時間も無さそうだ。

「ラークピラニーを覚えてるかい? 奴らなら対処は容易いけど、この湖に生息してるって話は無かったね?」

「そうですよね……オット達もそうですけど、生活用水としても重要ですし、どの道放置は出来ませんね」
 オット達の浄化能力がどれ程のものなのか不明だが、このまま黒い靄の汚染が進めば、オット達共々、この湖全体の生態系に深刻な事態を招く可能性がある。
 やはりこちらからちょっかいを出し、早急に見極める必要がありそうだ。

「やるしかないっすね?」

「だねぇ」
 二人が意見を揃え、俺の背負う弓へと視線が集まる。

「ですね」
 意を決し、購入したばかりのコンポジットボウに矢を添わせる。
 全力で引き絞ってみるが弓は頼もしい張力を発揮、軋みや限界等は感じられない。

 黒い靄の中心辺りを目掛け矢を放つ──。

 ──放たれた矢は目にも止まらぬ勢いで直進、水面を鋭く突破し、水中深く突き進んだ。

「さぁ、一体どこのどいつだろうねぇ」
 ビビットが大盾を構え前進、淵の際、俺達の前に堂々と立ち塞がる。
 

 矢が吸い込まれ、一瞬の静寂を挟んだ後、突如として周辺一体に、バケツの水を地面に勢い良く叩きつけたような、大きな水の弾ける音が二度連続して轟く。

 轟音の発生源、謎の生き物のが、水を巻き上げながらその大きな異形を露にする。
 
「──なっ……! あれって昨日……」
 水中から伸び上がり、変則的な動きを見せる"脚"を見上げながら驚いている。

「いや、にしてもデカ過ぎるぞあれ……」

「あぁ、"プルグロス"だ! 気を引き締めなあんたたち。あたしの前に出るんじゃないよ!」

(プルグロス……? タコ──プルプルとは違うのか……)

 丸い吸盤を無数に備える粘ついた触手が二本。
 水面からの高さだけで凡そ二メートルはありそうな太く長い脚が、自らに敵意を向けた対象を探し求めるが如くうねり、伸縮しながら蠢いている。

「げっ……自分あのうねうね苦手っす」──ブルッ
 以前サウドの森で新米冒険者の青年を助けるべく"マンイーター"を退治した際にも、ロングは嫌悪感を示し、耳が萎れてしまっていた。
 タヌキ族だからなのか、ロングだからなのか、どちらにせよ『細長くうねる奇妙な物体』に耐性の無い者には、苦痛を強いられるシチュエーションだろう。

「何怖気づいてんだい! 一度んだ、あれはただの"食材"だと思って仕留めりゃいいのさ!」
 冒険者としての長年の蓄積から、ロングを鼓舞しながらも、予想される脚の動きに合わせ、大盾を微調整しつつ眼前の敵に油断も隙も見せずに身構えている。

(さすがベテラン。でも、どうするか……この状況、地理的に不利だぞ)
 あの水上で自由自在、無軌道に蠢く脚を、限られた間合いで地上から斬り落とすのは至難の業だ。


 一部だが敵の正体が判明し、立ち回りを思案していた矢先、対策を考える間もなく、水中に潜むプルグロスが俺達が展開する岸辺に向かい来る。
 そして伸び出ている一本の脚が、ビビットの待ち構える領域に叩きつけられる。
 
 まるで鞭が打ち下ろされたかのような鋭い衝撃音を上げると共に、無数の吸盤がビビットの大盾に強固に吸い付く。

「クッッ! 中々力持ちじゃないか!」
 プルグロスの脚とビビットの力が均衡し、綱引きのように膠着する。

「ロング、まだ出るなよ!──」

「了解っす!」

 ──弓を引き絞り足を狙い撃つ。
 
 立て続けに二本放った矢は、狙い通りに深く突き刺さるが、如何せんその体躯と比較して矢が小さすぎるせいで、与えたダメージもかすり傷程度で、脚の攻勢が衰える気配は無い。

(当然か。軟体動物だもんな──)
 ──抜刀し駆け出す。

「ヤマトさん!」

 踏ん張るビビットの脇から脚にロングソードを振り下ろす。

 全身を乗せた鋭い一撃ではあったと思うが、弾力があり尚且つ硬い事と、太さも相まり、振り抜く事が出来ず、傷は負わせるものの、斬り落とすまでには至らない。

 剣戟に怯んだ脚が、その吸引力を解きビビットから距離を取る。

「すみません。斬り落とすには及びませんでした」

「フゥーッ!──あぁ、うねうねと柔軟に動く癖に、硬さもそれなりにあるみたいだねぇ」
 大きく息を吐くビビットの様子からは、相当な力比べだった事が伺えるが、同時に冷静に分析もこなしているとは、さすがは頼りになるベテランだ。
 
「ハンマーじゃ役に立たないっすね……」
 手元のハンマーを見据え、悔しそうな表情を浮かべている。

「脚に内蔵は無いもんね──」

(──いや、待てよ……)
 先程斬り付けた感触からして、振り抜くに至るまでには後少しだった。
 そして、面の攻撃によって衝撃を与え、内部を攻撃したり、する事が持ち味の、ロングが装備するハンマー。
 ならば俺とロング、数舜の間に連続して同一箇所を攻撃出来れば或いは……。

「ロング、役に立たないどころか、肝心要かもしれないぞ──」
 二人に作戦を伝える。


「……っすね! 兄弟の力、見せつけるっすよ!」

「あぁ、安心して挑みな! 全部斬り落とすまで耐えきってみせるよ!」
 
 簡潔に流れを共有し、配置に付く。
 そして矢を放ち、こちらに向かい来るよう脚を誘導する。

 突き刺さる矢に反応した脚の一本が、再びビビット目掛け襲い掛かる。

「ふんっっ!」
 先程と違い、大盾に吸い付く脚に俺達が攻撃を加えやすいよう身をかがめ天を仰ぎ、困難な体勢ながら踏ん張ってくれている。

「どっせい!──」

「──ハァッ!」
 ビビットが作り出してくれた隙に対し、その無防備に晒されている脚目掛け、左右から連続攻撃を仕掛ける。
 
 ハンマーの圧力によって縮む脚の厚み、そこへ間髪入れずにロングソードを振り下ろす。
 
 見事に策が功を奏し、斬り落とされた脚が地面に落下、電気的な生の名残によってのたうち回っている。

「やりましたねヤマトさん!」

「上手く行ったな!」

「さすがだねあんた達! このまま全部斬り落としちまうよ!」

「「はい!」」
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