117 / 181
2-7 Close to You
第95話 観光気分
しおりを挟む今回担当した定期便の仕事は無事に終了、目的の一つであった弓も購入出来たところで、センスバーチから少し南、後輩のロングの故郷である"オット村"へと挨拶に立ち寄っている。
村長であり、父親でもあるミーロの家に里帰りし、息子の成長ぶりを俺も鼻高々に披露していた訳だが、その中で一つ、大いに興味をそそられる話を耳にした。
なんでもこの村の南側には、生活用水を享受している湖があるらしく、なんとそのオット湖に、名前もそのまま"オット"と呼ばれる動物が暮らしているらしい。
冒険者をしているとはいえ、危険な魔物との遭遇はなるべく避けて過ごしたい。
だが、愛らしい"動物"が居るとなれば、仮に多少の危険があろうとやむなし。
元々故郷であるロングや、現住民のステラにとっては面白みもない事柄だろうが、多少強引に話をつけ、先輩特権を行使し湖まで案内してもらう運びとなった。
「あぁ。北側から見ると建物が邪魔して見えなかっただけなんだね」
村内を南に抜けると、サウドにもある湖を一回り大きくしたような、透明度が高く、陽の光を反射し輝く湖が美しい景観を称えていた。
「水汲み……木の入れ物……うっ……」
苦い記憶が蘇るのか、ロングが呟きながら肩を落としている。
「はは、まぁ徐々に楽しい思い出に塗り替えていけばいいと思うよ」
ロングの肩を軽く叩き、悪い思考の連鎖に陥らないようきっかけを作る。
「ホーホホ? (タベモノ?)」
どうやらリーフルはロングがお腹を空かせていると思っているようだ。
「ミーロさんにはちゃんと伝わったんだ。あんたがくよくよしてたら、また心配かけちまうよ?」
「……そうっすね! 父ちゃんも喜んでくれてたっすから、自分もしっかりしないと!」
「あぁ、その意気さ」
ビビットが親指を立てロングに微笑みかける。
「ステラさん。さっき聞いた話じゃ、祖先かもしれないって話だったよね?」
「ええ。昔、イタチ族の中にオットちゃん達を研究した人が居たらしいんだけどね。その人が纏めた一冊の本から考えられてる説なの」
「へぇ~……そういえば、何でこの村は二種族一緒に?」
「それは簡単っす! イタチ族とタヌキ族のご先祖様同士が仲が良くて、昔から助け合って生きて来たらしいっす!」
「なるほど。それはまた皮肉な……」
「だねぇ」
「……」
「何の事っすか?」
「ううん、何でもないよ」
ガキ大将気取りのあのスパイクという青年。
身長がロングと同程度なので、てっきりタヌキ族なのだと思っていたが、実は身体に恵まれた高身長のイタチ族だった。
ステラにとっては同族の事なので随分と恥じ入っていたが、それも致し方無い。
だが幸いに、あの青年が村に留まっている現状は『恥をさらさずに済む』という意味においては、イタチ族全体にとって都合がいい事なのかもしれない。
「それにしても異様に眩しいね」
陽の光を反射する湖面は、日中であれば多少眩しく感じても不思議は無いが、このオット湖に限っては不自然だ。
光を反射しているどころか、まるで湖自体が光を放っているような、少し目線を伏せておきたく思う程に、眩しくきらめいている。
「あ~。オットちゃん達が暮らしているおかげね」
「ん? おかげって?」
「オットちゃん達が暮らしている場所の水は、何故か綺麗に浄化されて、キラキラ輝く水になるの」
「へぇ~! 不思議な現象だね」 「ホ~」
「あぁ、あれがそうなのかい?」
ビビットが示す視線の先に俺も目を向けると、輝く水面に、のんびりと仰向けになり漂うオット達の姿を捉えた。
(えっ、ラッコ!? あれはラッコじゃないか!)
見ると、水族館等で馴染み深い、愛嬌たっぷりの"ラッコ"が水面を漂っていた。
(──ん? 淡水……だよな。カワウソでも無くラッコ……?)
同じイタチ科の動物でも、カワウソは淡水である河川や湖、ラッコは海水──海と、進化の過程でその生息域に違いがあるはずだが、今俺が目にしている動物は、紛れもなく見知ったラッコそのものだ。
「それにしてもあんたは動物が好きだねぇ。変わってるよホント」
恐らく先程の、皆を必死に説得していた俺の様子を思い浮かべた言葉だと思われる。
「そうですか? 何を考えて生きてるんだろうかとか、気になりません?」
「いや、あたしは別に──あ! リーフルちゃんは別だからね~?」
ビビットがリーフルの頭を撫でる。
「ホーホホ(タベモノ)」
自分に対する態度を察し、おやつが貰えるものと、リーフルが勘違いしている。
「ビビットさん、ヤマトさんだからっすよ! 魔物と動物、ちゃんと分けて考える人なんてヤマトさんぐらいしか知らないっす! 凄いっす!」
(あ~……元々この世界で生まれ育つと、そういう感覚になるんだなぁ)
「う~ん。例えば、このオットに関して言えば『何で水の上に?』とか『モフモフしてて可愛いな』とか、少し考えるだけでも面白くないですか?」
仰向けになり小さな両手をお腹の上に揃え、のんびりと流れに身を任せている。
黒い鼻頭に控えめな耳、愛らしい表情をした毛むくじゃらの生き物。
こういった感想や興味というものは、"キャラクター"というものに馴染みのある、異世界──地球人である俺特有のものなのだろうか。
「まぁ、言われて見りゃそうかもしれないけどさ……」
「他に動物を連れてる人なんて、御者さんくらいしか知らないわ。リーフルちゃんはすっごく可愛いから納得だけど!」
「むむ、"観察"っすね! オットに似た魔物が居ないとも限らないっすから!」
「ハハ……でも何で湖に居るのかな?」
淵まで近寄り指を浸し舐めてみる。
やはりただの水で、塩分を感じないという事は、淡水に間違いない。
「何でこの湖に暮らしているのかは、誰も知らないの。昔聞いた話だけど、この湖の近くに村を起こそうとした理由が、このオットちゃん達だったらしいって事くらいしか」
「あぁ、水が浄化されるってさっき」
「そうなの。ご先祖様かもしれないっていう事もあって、私達の村では、オットちゃん達は信奉の対象なの」
「対岸に見えるあれっす。オットちゃん達の姿を現した像があるっす」
ロングが指差す対岸に、確かに銅像のようなものが見て取れる。
「へぇ~」
そもそも地球を基準として動物達の生態について推測をしても、意味をなさないと頭では理解しているのだが、中々慣れないもので、時折こうして自分の中の先入観が目を曇らせる原因となる事がある。
「ご飯とかあげたりしてるの?」
「うん。毎日交代に食べ物を与えているわ。特に豚肉がお気に入りよ」
(食性についても違和感が……)
貝類や甲殻類を主食としていたような記憶があるが、まさか肉を食べるとは驚きだ。
「俺もあげてみたいんだけど、いいかな?」
「ええ、構わないわ。今持ってくるから少し待っててね」
「──あ、ううん。持ってるから大丈夫」
アイテムBOXから非常食用の豚肉の切り身を取り出す。
「はは、さすがのアイテムBOX。いつでも露店やレストランを開業出来ちまうね」
「ホーホホ! (タベモノ!)」
お腹を空かせたリーフルが、耳元で声を上げ主張している。
「そういえば話に夢中で、お昼食べてなかったもんね」
「折角っすから、ここで皆で食べましょう!」
「そうね。ロン君も久しぶりにオットちゃん達にお祈りしてね」
「街で補充出来なかったし。というより美味しくなかったのが辛いね」
アイテムBOXからサンドイッチやラビトーのスープの入った鍋を取り出し、昼食を取る事にした。
皆の分を用意し、リーフルのご飯もロングに任せ、俺は意気揚々とラッコ──オットに豚肉を示しながら近付いてゆく。
(か、かわいい……それは反則)
オット達は慣れたもので、仰向きの姿勢のまま、可愛らしいその少し湿り気を帯びたモフモフの手を振り、手招きをして催促している。
豚肉を放ると、小さな両手でお腹の上で保持し、器用に噛みちぎりながら味わいだした。
(ロングの事もあったけど、やっぱり村に立ち寄って正解だったな)
冒険者をやっていてよかったと思う瞬間。
様々厳しい現実も多いが、こればかりは"冒険"の賜物だろう。
37
お気に入りに追加
2,187
あなたにおすすめの小説

今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。
KBT
ファンタジー
神の気まぐれで異世界転移した荻野遼ことリョウ。
神がお詫びにどんな能力もくれると言う中で、リョウが選んだのは戦闘能力皆無の探索能力と生活魔法だった。
現代日本の荒んだ社会に疲れたリョウは、この地で素材採取の仕事をしながら第二の人生をのんびりと歩もうと決めた。
スローライフ、1人の自由な暮らしに憧れていたリョウは目立たないように、優れた能力をひた隠しにしつつ、街から少し離れた森の中でひっそりと暮らしていた。
しかし、何故か飯時になるとやって来る者達がリョウにのんびりとした生活を許してくれないのだ。
これは地味に生きたいリョウと派手に生きている者達の異世界物語です。

鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました
ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。
会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。
タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる