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2-6 外地にて
第91話 新顔
しおりを挟む今日はこの街までやってきた本来の目的である弓を購入する為、鍛冶屋へと赴く予定をしていたのだが、案内人を確保できた事は都合が良い。
一夜明けた早朝ギルド前、昨日偶然縁が出来たステラというイタチ族の女性と待ち合わせ、俺とロングは鍛冶屋まで案内してもらった。
イーサンの弟であるヨシュアに紹介状を渡し話を通すと、建物の裏手にある弓の試射場へと促され、早速俺に見合う弓の選定をする事となった。
的に向け矢を放つ。
弓を持ち替え再び狙い撃つ。
(うん。大きさも使い勝手も、やっぱりこの二つだな)
クロスボウ、ロングボウ、コンポジットボウ、これら三種を提示された訳だが、やはり元々の愛弓と同じ、使い慣れた大きさのロングボウ、もしくは少し小さ目のコンポジットボウがしっくり来る。
「──大体把握した。お前さん、その腰の得物も使うんだろ? だったら飛距離より速射性と威力を重視して、コンポジットボウの方が良さそうだな」
後ろで様子を見ていたヨシュアが口を開く。
「なるほど」
(う~ん……矢の飛距離と速射性、どっちも捨てがたいよなぁ)
「ホーホ? (ヤマト?)」
リーフルが弓を見比べ不思議そうにしている。
「うん、迷うなぁ。リーフルはどっちがいい?」
「ホーホホ(タベモノ)」
「はは、そりゃそうか」
ざっとした所見で考えてみる。
クロスボウは威力がそれなりで狙いがつけやすく、射程距離は一番短い。
ただ、構造上矢を装填するのに時間がかかり、なおかつ初めて触れるものなので、俺としては取り回しづらいといった印象だ。
ロングボウは元々の愛弓がそうだったこともあり、非常に手に馴染む。
威力は一番弱いが、射程距離が最も長く、狙いをつけるのが一番難しい。
コンポジットボウはロングボウよりも一回り小さく、射程距離に関しては一歩劣るが威力は十分で、速射性が高い。
そして、木の他に金属素材も含む複合材料で形作られている為、耐久性が高そうだ。
「この二つで比べると射程距離で言えば、どれ程の差がありますでしょうか?」
ロングボウとコンポジットボウを提示し尋ねる。
「うちで用意してる物なら、大体二倍強ってとこだな」
自分の思い描く基本的な戦闘スタイルとしては、出来れば先手を取り、リスクを下げた上で接近戦にもつれ込むといった具合なので、遠距離から悠々と狙い撃てるロングボウは非常に魅力的だ。
だが、最近訓練を始めたサウド周辺の森の中を想定すると、ロングボウの射程距離を存分に活かせる直線的な空間は、気が生い茂っているせいでそれ程多くない。
ならば矢の飛距離より速射性、威力を重視したコンポジットボウの方がより安全に事を運べるだろう。
耐久性能が高い事も重要で、甲乙つけがたいところだ。
「ちなみに……二つ購入するとなると、おいくらでしょうか?」
「金貨十二枚だ。兄貴の紹介だし、お前さんがサウドへの卸を請け負うって話でもあるから……その分を引いて金貨十枚が限度だな」
「そうですか……」
払えない金額では無いが、リーフルの肩当て代やこの街での遊興費を考えると少々厳しいか。
ロングに金を借りるなんて情けない事はしたくないし、先輩であるビビットにも頼み辛いところ。
今まではロングボウの事しか知らず、候補に挙がる物が一点だけなら迷いも生まれはしないが、選択肢が増えると途端にこうだ。
だがそれも仕方なく、夕飯や新しい服を思案している時とは違い、選んでいるのは自分の命を預ける"武器"。
例え普段から物事を即決出来る人物だろうと、慎重にならざるを得ない問題だ。
「決めかねるか? まぁじっくり考えるといい。調整代やら何やらは気にするな、本体価格だけで面倒見てやる」
「……いえ、決めました。やっぱり両方購入します。後悔したくないので」
「そうかい……よし、気に入った! 気前がいい奴は嫌いじゃない。だったら俺ももう少し協力してやる!」
「ありがとうございます。よかったなぁリーフル」
「ホ~? (ワカラナイ)」
「調整の方は一日ありゃ済む。お前さんは心置きなく観光でも楽しんでこい」
代金の金貨九枚を支払い、鍛冶屋を後にした。
◇
無事弓を購入出来た俺は、休憩を兼ねてステラに案内を頼みカフェへとやってきた。
何故なら、今朝から逃避していた事実と向き合うには、どうしても腰を落ち着かせられる場所が必要だったからだ。
「もぉ~ロン君? また口に付いてるわよ、ほら」
ステラがロングの食べこぼしを拭っている。
「ちょ、ちょっと! ヤマトさんの前で恥ずかしいから、やめてよステラ」
「なぁにこのシャツも! ちゃんと毎日お洗濯してるの?」
「ちゃんとやってるよ! もう前みたいに破いたりもしないし」
「そうなの? ロン君偉いわねぇ。私が見ない間に成長したのね」
身長が低いせいで必死に背伸びをしてロングの頭を撫でている。
(むぅ……俺は一体どうするべきなのか……)
「リーフル。困ったなぁ」
小声でリーフルに呟く。
んぐんぐ──「ホッ……ホ?」
リーフルは何食わぬ顔で名物であるサツマイモのクッキーを頬張っている。
先程からこの調子で、ステラはロングに椅子を寄せ密着して座り、離れていた時間を取り戻さんとばかりに、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
今朝再会を果たした時などは、ステラは飛び上がって喜んでおり、好意がある事は明白だった。
所謂幼馴染同士という関係らしく、俺が偶然出会ったステラが、ロングと縁の深い人物だった事は、二人の繋がりの深さを象徴するような事象に思えて、何とも不思議な感覚を覚える。
タヌキ族とイタチ族は、どうやら同じ村で生活しているらしく、同年代の子供達に馬鹿にされながら生活していたロングの事を、唯一親身になって気にかけてくれていたのがステラなのだそうだ。
年はロングより二つ上で、年齢的にも性格的にも、義理のお姉ちゃんといった雰囲気だが、当のロング本人は少し気疎い様子を見せている。
「そうだわ!──ヤマトさん、ロン君の事、ありがとうございました。まさかロン君に"お兄ちゃん"が出来てたなんて、安心しました」
「あ~、あれも偶然だったよね。最初にサウドを案内した時の事はよく覚えてるよ」
「今の自分があるのは、ヤマトさんのおかげっすからね……」
「私、正直ロン君にはもう会えないと思ってたわ……センスバーチを飛び出してサウドへ行ったっていうのも、ギルドに尋ねてみて初めて知ったんだから」
「え、そうなの? ロング、ダメじゃないか。せめてステラさんには言うべきだったね」
「む、不退転の覚悟をしてたっすから。ステラに言うと、止められるってわかってったっす」
力強い眼光と共に拳で胸を打ち堂々とそう語る。
「ロン君は昔っからそう! 一生懸命だけど、視野が狭くなっちゃって空回りしちゃうのよね」
嬉しそうに笑顔を浮かべ、ロングを眺めている。
(これは厳しい……非常に厳しいです、ビビットさん……)
形勢が不利なのは明らかで、ビビットの事を想うと、何も出来ない自分が酷くもどかしい。
そうは言ってもロングの心持ち次第ではあるので、現状ではどうすることもできないのだが、"幼馴染"という要素は強力に思える。
そもそも人の面倒を見れるほど恋愛事に長けている訳でも無いので『様子見』という名の思考放棄で、今は成り行きを見守っていくしかない……。
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