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2-5 冒険者流遠足会

第88話 晴れ晴れ

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 窓から差す朝日と共に鳥のさえずりが聞こえる。

「ホーホ…… (ヤマト)」
 リーフルが枕元で俺の髪を毛繕いしている。

「ん~っ!」
 昨夜の激闘の疲れか、はたまた慣れないベッドの感触のせいか、神経の高ぶりを引きずり、浅い眠りのまま朝を迎えた。
 
「リーフルもお疲れさん。リーフルには助けられてばっかりだなぁ」

「ホホーホ(ナカマ)」
 身体を密着させ『当たり前』だと言わんばかりに呟く。

「うんうん。ありがとなぁ」
 頭を撫でる。

「ホ(イク)」

「ん~? あ、そうか。行こうかリーフ──お?」
 頭を撫でていてふいに気付く。
 最近何かと精力的に活動していたのでご無沙汰だったが、そろそろリーフルの"お手入れ"の時期だ。
 
 例えば野生の鳥類であれば、表面の荒い枝々を掴み渡る事で爪が研がれるし、嘴を擦り付ける動作をする事によって研がれたりと、野生での生活自体が、自然と爪や嘴が整う営みになっているので、調整など必要ない。
 だが、ミミズクに限った話では無いが、嘴や爪や歯、有蹄類であれば蹄、とそれらを持つ人間と暮らす動物は、野生本来の行動が制限された生活を送っているので、定期的な調整が必要となる。

 リーフルや他の鳥類にとって嘴は特に重要で、伸びすぎると不正咬合を起こし『食べる』という行為自体が困難となり、最悪の場合死に至ってしまう程だ。
 日本ではペット用の物があったので、ウサギの爪切り等は苦も無くこなせたのだが、この世界にはまだそのような"ペット専用爪切り"は存在しないので、リーフルのメンテナンスはもっぱらヤスリ頼みだ。
 
「リーフル、爪はまだいいとして。嘴はちょっとやっとこうか」
 特注の、一般的な物より細長く目の細かいヤスリを取り出す。

「ホゥ……(イラナイ)」
 ヤスリを目にした途端、まるで枯れ枝に擬態するかのように身体全体をすぼめ、何とも不快そうな顔つきをする。

「今日はちょっとだけ! な? すぐ終わるから」
 爪の場合はそれ程でも無いのだが、嘴の手入れをリーフルは非常に嫌がる。
 だがそれは致し方無い事で、何せ"生命線"である嘴を他人にいじられるからだ。
 いくら手入れをするのがヤマトだからといっても、恐怖するのは当然だろう。

「……」
 『今やる事じゃないでしょ』と目で訴えかけている──ように見える。

 これは俺の悪癖なのだが、特にリーフルの事で何か気がかりが出来ると、早々に解決したくなってしまい、他の事が手に付かなくなってしまうのだ。
 自分自身でも、今やる事では無いと理解しているが、思い立ったが吉日。
 意識が向いている時こそ上手く行くような気がして、どうしても優先したくなる。
 
 肝心のお手入れだが、脚の爪の場合は比較的大雑把で問題無いが、嘴を削る時は神経を使う。
 先端の尖り具合や、左右対称に削れているか等、非常に繊細な作業が必要となるので、ヤスリをかける俺としても中々怖気づく行為だ。

「今日はそんなにやらないから……」
 具合を見ながら慎重にヤスリをかけてゆく。

「ホ……(ニゲル)」
 口ではそう言っているが、抵抗する事無く、大人しく身をゆだねてくれる。


「……よ~しよし! 今日はこれぐらいにしておこう」
 恐怖の時間に耐えたご褒美兼、嘴の具合を見る為にアプルを差し出す。

 んぐんぐ──「ホーホ……(ヤマト) (テキ)」

「ごめんごめん」
 文句を言いつつも、ちゃっかりアプルを平らげるのがリーフルらしい。


 扉を叩く音。

「おはようございます! ヤマトさ~ん、もう起きてますか?」
 扉越しに普段通りの元気一杯の声色が聞こえる。

「おはようロング。すぐ支度するから先に下で待ってて」

「了解っす!」 

(急いで支度して──あっ……嘴より服の汚れを落とすのが先だった……)
 優先順位を間違え、軽い焦燥感に襲われながら急ぎ準備を整える。



 俺達は昨夜の大発生の件について話し合う為、宿一階の簡易的な待合室にて、この村の村長及び宿の主人である男性に接待を受けていた。
 
「皆様、昨晩は大変ありがとうございました。皆様のご尽力が無ければ今頃この村はどうなっていたことか……」

「今回はお互い運が悪かったねぇ。でもま、何とかなったんだ。あたし達としてもいい稼ぎになった訳だから、あんたが気にする事ないよ」
 そう話すビビットの傍らに立てかけられた大盾は、既に汚れが落ち綺麗に磨かれている。
 俺などは部屋へ帰るや否や朦朧とベッドに倒れこんだというのに、やはりベテランは格が違うといったところだ。

「それが……その、大変申し上げにくいのですが……」
 村長が言い淀む。

「? どうされましたか?」

「はい。何分今回の大発生は例年よりも早い時期に起こりましたので、まだ御国から対策費が支給されておらず、即金で御支払いする事が出来ないのでございます……」
 伏し目がちに恐縮した様子で、申し訳なさそうにそう話す。

「なるほど。確かにそれもそうですね」

「──ですが御心配には及びません! 今朝方既に事のあらましを書簡に認め、伝書鳩で両街に報せてございます」

「ですので、皆様にはお手数をお掛けしますが、街の方で報酬を受け取っていただければと存じます」

 物腰低く誠実そうな雰囲気で、朝食も接待してくれている。
 お金が用意出来ない理由も最もなものだし、疑う余地は無いと判断出来る。
 なら報酬は後の楽しみとして、憂いなくセンスバーチを目指せばいいだろう。

「分かりました。ありがとうございます」

「では皆さま。出発までどうぞおくつろぎくださいませ」
 村長が退室してゆく。


「ヤマト、すまないがアルファとベリ、ポーションも一瓶頼む」
 黙々と話を聞いていたガリウスが話し出す。

「ええ。ガリウスさん、腕、マズいんですか……?」

「いや、俺の方は大事無い。念の為にバルに飲ませておきたくてな」
 袖を捲り負傷した腕を晒し、問題ない事を確認させてくれる。

「そうですか、よかったです。どうぞ」──ボワン

「すまんな。街に着いたら礼は必ず」
 そう言い残し、取り出したエサを抱えバルの下へと向かった。


「ロングも大丈夫? ポーション飲んでおくか」

「自分は平気っすよ! 万が一の為に取っておいて欲しいっす!」
 
「そっか。なら何かあったらすぐに言うんだぞ」

「ビビットさんも居るっすから大丈夫っすよ!」

「……」
 話を振られたビビットは下を向き押し黙っている。

「あ、自分出発前にちょっとおしっこっす」
 ロングが用を足しに外へ向かう。


「あのぉ……ビビットさ──」

「──皆まで言うんじゃないよっ。見ただろう!? あのロングの雄姿を!」
 ビビットが突如目を輝かせ昨夜の回想に浸る様子で興奮している。

「そうですね~。ロングは頼りになりますよね」

「ホホーホ(ナカマ)」

「リーフルちゃんもそう思うだろ~? よし! この感動をリーフルちゃんにもおすそ分けだよ!」
 高級そうな包みから干し肉を取り出しリーフルに差し出す。

「ホーホホ! (タベモノ!)」

「アハハ……ほどほどでお願いします……」

 各々が準備を整え、センスバーチを目指し村を出発した。
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