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2-4 平凡の非凡
第73話 いい香り
しおりを挟む昼食時少し前の微妙なタイミング、今日は早朝からミドルラット退治の定期クエストを一件こなし、午後からはどうするべきか思案するついでに中央広場へとやってきた。
特に望みの物があるわけでは無いが、露店が多く集まる中央広場へ来れば、自ずと希望も湧いて来るだろう。
「リーフル、何にしようかな?」
「ホゥ(イラナイ)」
話しかけたタイミングで、たまたま俺の顔が野菜の露店に向いていたため、リーフルが即座に否定の声を上げる。
「野菜かぁ……リーフルはミミズクだから基本肉食だけど、結構何でも食べるよね?」
「ホー(ワカラナイ)」
「ん~? 好き嫌いを言ってるようにも聞こえるけど?」
「ホー!(テキ)」
(はは、多分図星だな)
「野菜だけってのもヘルシー過ぎるし……おっ」
甘く香ばしい良い匂いが漂ってくる。
昼食のメニューはこれで決まりだ。
店の扉のベルが響く音。
「いらっしゃいませ……あ、ヤマトさん! リーフルちゃん!」
「久しぶり、メイベル。元気そうだね」 「ホホーホ(ナカマ)」
「ヤマトさんも。あ! ごめんなさい、まだお昼前だから朝に焼いた物しか残ってないの……」
「うんうん。昼食にするのはそうなんだけど、久しぶりにメイベルに会おうかなって、パンはそのついでって感じかな。どう? 仕事の方は」
「凄く充実してるわ。ヘレンさんもダナさんも優しくしてくれるし、最近はパンを焼く練習も始めたの!」
猫耳を微かに動かし、メイベルが楽しそうに話してくれる。
「そうなんだ」
「ホーホホ(タベモノ)」
「うん! 一番にヤマトさんに食べてもらうつもりなの、その時は感想聞かせてね」
「うん、楽しみにしてる──そうそう、実は俺も最近考えてることがあって……」
久しぶりの再会に時が過ぎるのも忘れ、雑談に花が咲いた。
◇
『お、お前も今日はパンか』 『やだまぁ奥様。今日もお会いしましたわね』 『今日はカカパンにすっかな~』
いつの間にやら昼食時になり、パンを買い求めるお客さん達で店内は賑わいの様相を見せる。
「いつの間にかそんな時間か。俺は最後でいいからメイベルは仕事を優先してね」
「うん、ありがとうヤマトさん」
「はいはい~、クロワッサンが焼けましたよ~」
奥の工房から店主のヘレンが焼きたてのクロワッサンを携えやってきた。
『これこれ!』 『昼の焼きたて、これに勝るもの無し』 『あの子達の分もだから……』
お客さん達が会計台に控えるメイベルに殺到する。
「はい! クロワッサン一つとバゲット一つで、銅貨五枚になります──ありがとうございました~!」
「お次の──はい! ベリサンドイッチとカカパンと……」
「おーい! 急いでんだ! 早くしてくれ!」
「す、すみません! え、えっと、マカロもですね。銀貨一枚と銅貨四枚になります」
ヘレンは焼きあがるパンを運び出す為工房へと引いているので、店内はメイベルが一人、てんてこ舞いの状況だ。
そもれもそのはずで、現代日本のパン屋さんのように、客が整列し、陳列されたパンを選びながら会計へと向かうシステムでは無く、各々が縦横無尽に行動しているせいで、非常に効率の悪い事になっている。
(う~ん、ちょっとだけ手助けするか)
「すみませーん! こちらに! こちらの方へ一列にお並び頂けますでしょうか~!」 「ホ~!」
身振り手振りでお客さん達を誘導する。
「なんだお前、この店にそんなルールねえだろ!」
一人の青年が納得がいかないといった様子でこちらを睨みつける。
「──バ、バカっ! 見ろよあの腰の剣。あいつ"冒険者"だぜ、大人しくしてろって」
「あっ……」
知人と思われるもう一人の青年に窘められ、振り上げた拳を下げる。
(う~ん、そういうイメージはあんまり好きじゃないけど……今この状況じゃ助かるか)
「ありがとうございまーす。こちらに! 一列にお並び下さ~い」
「あ、ありがとうヤマトさん」
「お待たせしたわね~。バターロールも焼けましたよ~!」
『おっ! バターロールもうめえんだよなぁ』 『並んでなんて、私の分は残るのかしら……』
◇
昼食を買い求めるお客さん達のピークも過ぎ、俺達は紅茶とマカロが用意されたテーブルを囲み談笑していた。
「ふぅ……いやぁ、凄い客足ですね。毎日こうなんですか?」
「お陰様でねぇ。ありがとねヤマトちゃん。あんたもお客さんだってのに手伝いなんてさせちゃって」
ヘレンがやれやれといった様子で腰を下ろす。
「ごめんねヤマトさん」
「気にしないで。それよりも驚いたよ! テキパキと正確に、すごいねメイベル」
「あ、ありがと……」
メイベルが膝に手を揃え身を縮めている。
「そうでしょう? メイベルちゃんがうちに来てくれてホントよかったよ。働き者だし可愛いし、大助かりさ」
整列を呼びかけるだけでは何なので手伝いの指示を仰いだところ、意外にもメイベルは的確に自分の手の及ばない部分を俺に割り振り、見事に先を読みながら接客をこなしていた。
『街に住みたい!』と職探しに奔走したあの日から比べると、人として、店員として、とても大きく成長したように感じる。
「ヘレンさんもダナさんも、二人共凄く優しいから『私も早く一人前になって恩返ししなきゃ』って。街へ来てからは本当に毎日楽しいの!」
「メイベルの夢だったんだよね。俺も嬉しいよ、気の置けない人が街に居るって。それだけでも心細くないし、楽しく働けてるなら言う事無しだね」
「うん! だから私の作るパン、楽しみにしててね!」
「じゃあさ、ヘレンさんにも相談なんですが……」
その後は手伝いの報酬として、昼食に残りのパンをご馳走になりながら四人で楽しい時間を過ごした。
『お土産に』とたくさんのパンを貰ってしまい、手伝いの対価としては多すぎる気もするが、食べきれず肥料になるとの話だったので、遠慮なく頂くことにした。
アイテムBOXのおかげで、食べ物の劣化を気にすることなく貯蔵していられるのは本当に助かる。
難点を一つ上げるとすれば、俺が収納している物を、リーフルは目ざとく記憶しているという事だ。
健康の為に『もう無いよ』と嘘をついても、記憶力の良いリーフルは怒り出してしまうのだ。
「いっぱい貰っちゃったなぁ」
「ホーホホ~(タベモノ)」
子供の頃に何かしらの夢を抱き、追いかけ続け、大人になりそれが仕事となった。
そんな、確固たる"夢"を持つ人間が、今でも羨ましいと思っている。
夢を見る事自体は誰しも経験する事だろうが、諦めず、手放さず、邁進し続けた人間はその過程においてブレない太い芯を得ているので強いと思う。
俺のように何も追いかける事無く、なんとなく義務教育を終え、なんとなく大学を卒業し、なんとなく就職する人間は多い事だろう。
"諦めた"という境地にすら立っていない、そんな人生。
実際に行動しなければ、想うだけでは何も変わらない。
こんな俺にも、今からでも、何か夢を見つけられるのだろうか。
宿のベッドの上、リーフルと枕を共にしながらそんな事を思った。
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