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2-3 恋と出会いとお化け
第70話 交換条件
しおりを挟む昨日はきっぱりと休みを取るつもりで部屋でくつろいでいたはずが、何故か他人の恋愛事に関わり孤児院を見学し、いつの間にやら見合いを取り仕切る"仲人"という事にまでなってしまっていた。
報酬に目が眩んだ自分が悪いとも言えるが、わざわざ『休もう』と思ったタイミングで何か起こるというのは、悪い物でも取り憑いているのではないかと余計に考えてしまう。
そう思うと、なんだか最近肩が妙に重い気がする。
日本であれば神社にでもお祓いに行けるのだが、この世界では教会がそれに当たるのだろうか。
宗教については全くの無知なので、その内誰かに話を聞いてみるのもいいかもしれない。
今日は昨日の名残からか少し寝坊してしまい、出勤したタイミングでは目ぼしい依頼がはけてしまった後で、どうするべきか悩ましいところだ。
残る仕事は定期的な物が多く急ぎ無くなるものでもないので、とりあえずキャシーに何かないか相談してみる事にする。
それに、"仲人"の件もあるので、今日中に見繕わなければならない。
「おはようございます」 「ホホーホ(ナカマ)」
「おはようございます~……」
キャシーが随分と疲れた様子で挨拶を返してくれる。
「あぁ~……まぁそうですよね、心中お察しします」
「それと夕方! 仕方の無い事ですけど、もう少しこう、効率的に割り振れればいいんですけどね……」
冒険者達が早朝に詰めかける理由としては、張り出される依頼が早い者勝ちだからだ。
となると必然的にギルド職員側は朝夕の受注、達成報告の時間帯が忙しい。
こういう所は現代日本のラッシュアワーそのもの。
会社員として朝の通勤電車に揺られていた経験がある俺としては、この妙な偶然の一致に嬉しくも無い懐かしさを覚える。
「早い者勝ちな慣例上仕方ないですよね~。冒険者の能力が可視化されてるわけでもないですし、逐一キャシーさん達が精査しないといけませんもんね」
「可視化ですか……ちなみに、ヤマトさんならどういう基準で考えます?」
「う~ん……強さ……ですかね? 冒険者の本分はやっぱり"魔物"だと思うので、強い冒険者程上位の扱いになるんじゃないですかね?」
「そうですね~。ギルド側の立場としても、頼りになる冒険者さんは貴重ですからねぇ」
「ええ。俺みたいに細々とこなしてる冒険者は、ギルドへの貢献具合で言えば少ないものですからね」
「はぁ~……ヤマトさん。いつも言ってますけど、冒険者は魔物を狩るだけがお仕事じゃないんですよ?」
やれやれといった様子でキャシーがため息をつく。
「いつも慰めてくれてありがとうございます。さすが看板娘ですね」
こういった軽いジョークの応酬にも慣れたもので、殺伐としたこの職業の入り口をキャシーが担ってくれている事には本当に救われている。
「違いますっ! 全然わかってませんよヤマトさん!」
キャシーが突然立ち上がり人差し指で俺を指しながら語気を強める。
「な、なんですか急に」
「ホー? (テキ?)」
リーフルが少し身を引き、キャシーが怒り出したのかと尋ねてくる。
「あっ、ご、ごめんなさいリーフルちゃん。違うの、褒めてるだけだから心配しないでね」
苦笑いを浮かべ、雰囲気で伝えようと必死になっている。
「先程『強さ』とおっしゃいましたねヤマトさん。冒険者に必要とされる能力はそれだけですか? 時間、納品物、身の安全、仕事選び、どれをとっても正確。ことクエスト遂行率の観点で見れば、ヤマトさんはかなりの精度なんですよ?」
「まぁ無茶はしない主義なので結果としてそうなっているだけで、あまり誇れるものじゃない気がしますけどね。現に財布はいつも寂しいですし」
「ヤマトさんはそういうお人ですから、目立った評価も付いてきませんけど、せめて自覚だけはお願いします。こちらが依頼主に紹介する際にヤマトさんが適任だと思って尋ねても、残念ながら"噂"には敵いませんので、ご破算となるケースもあるんですよ?」
(なるほど……消極的、自己表現の乏しさ、元々日本人である俺には欠けている貪欲さか……)
「う~ん。自覚と言っても、地味過ぎて喧伝して回る事でもないですしね」
「もぉ……先日のお金持ちそうなマダムの方を覚えてますか? あの方のように、実際にヤマトさんにお仕事を依頼された方々の満足度は相当に高いです。当ギルドとしましても、高い評判を得るというのは御国からの予算の査定に影響する事ですので、そういった意味でもヤマトさんの仕事ぶりには目を見張るものがあるんですよ」
大袈裟に人差し指を立て胸を張り俺を指しながらそう語る。
キャシーはいちいち大仰な所作で話すので、さもこちらに落ち度があるように錯覚してしまうが、言わんとする事ももっともだ。
自分に向いていると判断できる内容であれば、こちらからアピールするぐらいは今後の収入増に繋がるものだろうか。
「素直に嬉しいですよ、ありがとうございます」 「ホー」
「私個人の信頼度で言えば数多の冒険者さんの中でも一番ですからね! お忘れなく!」
「──ところで、今日は少しゆっくりでしたね? 目ぼしい依頼はありませんでした?」
「ええ。出遅れてしまいました──それと、一つ相談事がありまして……」
「相談ですか? 何でしょうか?」
「実は今晩の同伴者を探してまして……」
キャシーに事情を説明する。
「……なるほど、それは一大事ですね……あ! そういう事なら……」
キャシーが独り言のように呟く。
「どうかしましたか?」
「──ヤマトさん……"幽霊"は信じますか?」
声のトーンを落とし、わざとらしく神妙な面持ちで話す。
「ホー? (テキ?)」
「ん~? どうだろう? リーフルには見えるかもね」
「まぁ俺としては存在すると思ってる口ですけど。それが何か?」
「もしヤマトさんが請け負ってくださるなら、今晩の件は私が協力しましょう!」
拳で自らの胸を叩き、高らかに宣言する。
「……それって、まさか『幽霊退治です!』とか、そんな事言いませんよね……?」
「そのまさかですよ! いやぁ~私達もどうしたものか悩みの種だったんですよ~。ヤマトさんが一緒なら大丈夫ですね! うん」
詳細は後に聞くとして、キャシーに提示された条件も悪くはないと思う。
当事者のルーティに聞いた話では、お見合いを取り仕切る仲人には、"同伴者"が必要という事だった。
実際には独り身でも、男女の出会いを演出する立場として、パートナーが居ないと説得力に欠けるという建前上のものだそうだ。
初めはシシリーに相談しようと思っていたのだが、ふと夕食の時間帯は宿も忙しいという事を思い出し、控えた方がいいだろうと思い至った。
他のこの街に住む女性の知人といえば、キャシー、メイベル、ダナの三人となる。
どのみち順繰りに、同伴者役を尋ね歩こうとは思っていたので、キャシーの提案は願っても無い事だ。
代わりに少し奇妙な事をお願いされてしまったが、霊的な魔物の話など聞いたことが無く存在しないはずなので、恐らく危険性は少ないと思われる。
しかし、何かに取り憑かれているのではないかと思っていた矢先に幽霊絡みの案件が舞い込むとは、これはいよいよかもしれない。
詳細を聞いた後、俺達は街の南区にあるという空き家へと向かった。
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