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2-1 第二の故郷

第57話 帰省する平凡 2

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 俺とウンディーネ様の雑談中、ラインは終始緊張した面持ちで、若干可哀想な状況だったと思う。
 だが、折角ウンディーネ様の方から接しやすい雰囲気を見せてくれているのだから、今後の意識改善の良い機会になったと思う。

「──ウンディーネ様、楽しかったです。そろそろこの辺りで……」

「そお~? 後百日ぐらいはお喋り出来そうなのに~」

「いやぁ、それはちょっと……」
 流石理外の存在、どうやら尺度が唯の人間の俺とは桁違いのようだ。

「ラインちゃんも、今後はここに来た時にはお喋りしましょう? 他のエルフちゃん達にも伝えておいて~」

「はっ! ウンディーネ様の御言葉、必ずや村の皆にもお伝えして参ります」

("お友達"にはまたまだ先が長そうだなぁ……いや、エルフ族は長命だから焦る事も無いのか……?)


「ギャギャーーッッ!!」

「ドゴッッ!!──メキメキメキ……ドスンッ!!」

「「!!」」

「な、なんだ!?」
 俺達の視線の先、少し遠くの方で突然、一帯に響き渡る衝撃音と何かの唸り声と共に、立ち並ぶ木が一本なぎ倒れる光景が見えた。

「ククッククッ……ギャウーッ!!」
 唸り声の主、何かが俺達のいる泉の方に近付いてくる。

「この鳴き声……マズイ……」

「なんて大きい鳴き声だ……魔物でしょうけど、何か知っているんですか」

「あぁ。あのニワトリに似た呼吸音、木をなぎ倒すほどの膂力……"コカトリス"だ」

 以前この泉でイエロートルマリンを含んだ岩を収納した時の事だ。
 "神力"を釘付けにしてしまう性質があるというその岩は、『大きい鳥の魔物ちゃんが蹴って転がしてきた』とウンディーネ様が言っていた。
 鳴き声や、まだ距離があるのにも関わらず伝わってくる迫力、その様子から納得だ。
 とんでもない力を秘めた、今までで対峙してきた魔物の中で一番の強敵の予感が漂う。 

「ヤマト、とにかく逃げるぞ。俺達二人だけではどうあっても勝てん」

「ラインさんはどういうものかご存知なんですね」

「奴はとにかく"凶暴"、その一言に尽きる。その圧倒的な脚力は硬い大岩をも易々と砕き、蛇の頭を備えた自由自在の尻尾は容赦無く獲物を嚙み砕く。それになんといっても"石化ブレス"。もし直撃すればみるみるうちに身体が石化してしまう、凶悪無比なコカトリスの得意技だ」

「それは……」

「エルフ族にも石化されてしまいその命を落とした者も多い……」
 知識として頭の隅にありはしたが、ラインの説明を聞きいざ目前に迫っていると思うと、唯々恐怖を覚えた。
 確かに俺とラインの二人ではどうあがいても勝算は無さそうだ。
 頭に入れている魔物達の情報や経験から推測すると、『無事に生き残る』事を前提とするなら"ブラックベア"以上の魔物との戦闘では、タンク盾役は必須だと思う。
 戦闘下手の俺の基準では過大評価の部分もあるだろうが、中~遠距離主体のラインと、慣れないロングソードを装備し機敏に動く事も出来ない俺のコンビでは、どちらにせよ厳しい。

「ククッククッ……ガサガサ──クケッククッ!」

「とにかく逃げるぞ! 今すぐ林に紛れて駆ければ逃げ切れるはずだ!」

「わかりました──ウンディーネ様、またお会いしましょう!」

「そうね、またお話しましょ~。元気でね~……あらら~?」

「ヒュー……ドシンッッ!!」

「クケーーッッ!!」

「しまった!! 跳躍してきただとっ!?」 「ホー! (テキ!)」
 ウンディーネ様に別れを告げ、林に向かって駆けだそうとした間際、泉を挟んで向こう岸に突如空からコカトリスが姿を現した。
 以前獣人村の調査の帰りに未知の緑翼と共に戦った巨大ブラックベアの体高を凌ぐ、およそ五メートルはあろうかという巨体。
 ニワトリを巨大にしたような風体に、濃い青色をした蛇の頭を持つ長い尻尾、爪部分だけでも一メートルはあろうかという脚のかぎ爪。
 コカトリスの大きさ──体躯自体もそうだが、その秘める戦闘力が周囲に迸っているかのように凄まじい威圧感を感じる。
 
「クケッ! クククッ! クケーーッ!」

『タベモノ アソビ ドウグ』
 コカトリスの念が伝わってくる。

(こいつはヤバいな……今までも念は感じて来たけど、遊興の為に人間を襲おうとするやつは初めてだ)

「ラインさん──あいつ、俺達で"遊ぶ"つもりみたいです」 「ホー! (テキ!)」

「だろうな。コカトリスは遊びで他の生き物をなぶる事でも知られている魔物だ。食べ物の為の狩りでない分質が悪い」
 遠方から俺達を察知する感知力、五十メートルは離れていたはずの距離を一足飛びで迫る脚力。
 対峙してしまった以上逃げ切る事は難しいだろう。

「……ヤマト、お前はリーフル様を連れて街へ逃げろ。俺が引き付けている間に少しでも走れ!」

「そんなっ! 出来ません!! だったら俺も戦います!」

「お前はまだ病み上がり、さらに不慣れなロングソードではまともに戦えんだろう! 俺は"ライトニング"が使える、俺一人なら魔法で怯ませている間に或いは逃げ延びられるかもしれん。安心しろ、みすみす喰われるつもりは無い。これでもドグ村一の勇士、逃げ切って見せるさ!」

(……考えろ! ラインを置いて逃げる事は出来ない。リーフルの命も懸かっていようと、俺達だけ逃げるなんて、例え生き延びる事が出来たとしても……)
 冒険者として生きる覚悟を決めている以上、命を張るタイミングは必ずやって来る。
 仲間を見捨てて逃げてしまっては、この先この世界で前を向いて生きていけない気がする。

「ねえねえヤマトちゃん。初めて会った時も『あらら~?』って思ったのだけど、って魔法じゃないわよね?」
 今まさに強敵を目の前にしているというのにも関わらず、ウンディーネ様がいつもの間延びした口調で、要領を得ない事を問いかけてくる。

「えっと……」
 どう返事をしていいものか答えに詰まってしまう。

「ヤマトちゃんって神力を使えるでしょ~? だったら……」

「クケケーーッッ!!」

「スゥ──」
 コカトリスが息を大きく吸い込み頭をもたげ、胸部が膨らんでゆく。

「あの動作……! 避けろ!! 石化ブレスが来るぞ!!」
 ラインが予備動作に気付き注意の号令を発する。

「……もお~、お話の途中よ~。少し大人しくしてなさ~い!」

「ドゥルル……ボムン──!」

「クケッカッ……ゴボゴボゴボ」
 ウンディーネ様が指差す動作と同時に、コカトリスの頭部が空中に現れた水球に覆われた。
 コカトリスは呼吸することが出来ず、脚をばたつかせながらもがいている。

「おぉ!! あれはウンディーネ様の御業か!」

「ラインちゃんありがと~。それで、話の続きだけどね~、ヤマトちゃんの身体を少し借りてもいいかしら~?」

「えっと、どういう事でしょうか……」

「あの魔物ちゃんを懲らしめたいんでしょ~? ヤマトちゃんはお友達だから~、力を貸してあげるわ~」

「よくわかりませんが、あいつを倒せるのなら。よろしくお願いします」

「じゃあいくわよ~!──スー……」
 そう宣言したウンディーネ様の姿が突如光と変わり、俺の身体に溶け込んできた。

『聞こえるかしら~。ヤマトちゃん、その剣を抜いてみてくれる~?』
 どういう理屈か分からないが、自分の身体の内からウンディーネ様の声が響いてくる。

「わかりました──スチャ……」
 現状を理解しようとする思考は後回しに、言われた通りに動いてみる。
 
『その剣をシュッと振ってみて~。あ──あの魔物ちゃんを狙ってね~』

「スッ──」
 ウンディーネ様の指示に従いロングソードを構える。 

「ブンッ!!──」
 言われるがまま見据えたコカトリスを真横に薙ぎ払うように、両手で握ったロングソードを振るう。

「──シュンッ!!」
 振るわれたロングソードから空中を軌道上に水の斬撃のようなものが走る。

「……ズバンッ!!……ズズズ──ドスンッドスンッ」
 その数秒後、水球で身動きの取れないままのコカトリスの巨体が真っ二つに分かれ落ちた。
 
「なっ……!? 何だ今のは……」 「ホーホ! (ヤマト!)」
 ラインは目の前で起きた光景が信じられないと言った様子で驚いている。

「ふぅ~……やっぱりね~、ヤマトちゃんなら出来ると思ったわ~」
 いつの間にか俺の身体から抜け出していたウンディーネ様がそう語る。

「え!? 今のは……?」

「後で教えてあげるわ~。それより休憩しましょう? 久しぶりに力を使って疲れちゃったわ~」

「そ、そうですね。なんだか俺も急に疲労感に襲われてきました……」

「やはり精霊様の御力とはなんと偉大だ……」
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