平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

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1-6 十人十色

第34話 それぞれの門出

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 買い物デートを満喫し終えたマーウ達。
 ブランの機嫌もすっかり良好のようで、俺はギルドの酒場でこれまでの経緯を説明していた。
 パン屋に紹介を済ませ、ダナさんは先程戻ってきており、かき氷の用意も万端で後はメイベルを待つばかりだ。

「そういえばマーウは月に何回ぐらい街へ来るんだっけ?」

「そうだなぁ大体三回ぐらいか? 俺以外の男衆も交代で来るけど、村の日用品を補充したいペースに合わせてって感じだな」

「多少不便なのは獣人としての生き方だから不満は無いけど、私としてはこの人が狩りとかで無茶しないかが心配だわ」

「俺はそんなに無謀な性分じゃないぜ? 狩りつっても基本は罠が主体だし、魔物に近寄るのはとどめの時ぐらいだしよ」

「でもマーウなら全然俺より強そうだから心配無いんじゃないかな?」

「もちろん狩りに口を挟むつもりは無いわ。村の皆での共同生活には必要な事だし、ただ心配なだけよ」

「ブラン……」
 見つめ合う二人。
 俺は何とも言えない居心地の悪さを感じ、リーフルを見つめる。

「ホホーホ(ナカマ)」
 テーブルの中心に陣取っているリーフルが、俺の背後を見ながら訴える。

「ん?──あ、メイベルお帰り。どうだった?」

「みんなただいま! 私、パン屋さんで働けることになったわ!」
 どうやら面接は上手くいったようで、メイベルは満面の笑顔だ。

「そっか! よかったね! 詳しい事はかき氷でも食べながら話そう」

「ありがとうヤマトさん! ダナさんも!」

「よかったわね! すぐにかき氷を用意するわ、みんなでお祝いね!」
 そう言ってダナさんが人数分のかき氷を用意してくれる。
 味はもちろん"リーフルスペシャル"だ。


「この少し苦味があるのがクセになるんだよなぁ」
 
「ちょっと! かき氷も美味しいけど、メイベルの話でしょ。どうなの? 条件とかは?」

「パン屋さん──店主のヘレンさんがすっごく優しい人で、従業員用の寮に住まわせてくれるって言うの」

「元々他に従業員が何人か居たりした時もあるから、店舗の二階が寮になっているのよ。今は誰も住んでいないけれどね」
 ダナさんは現役で従業員なのでどうやらその辺りは詳しいようだ。

「そっかぁ。仕事内容は接客? パンも焼いたりするの?」

「両方……出来たらいいなぁ。今は接客を教えて貰って、ゆくゆくはパンも教わりたいわ!」

「ヘレンさん優しくて独り身だから、メイベルちゃんくらいの年頃の子なら娘のように面倒見てくれるはずよ。もちろん私も一生懸命教えるわ、任せてね!」

「ありがとうございます! ダナさん」

「それにしてもよかったなメイベル。まさか本当に仕事を見つけてくるなんてな!」

「私も。あなたがそこまで本気だったなんて……偉いわ、メイベル」

「二人共ありがとう。でも、ヤマトさんが協力してくれたおかげよ? 本当は勧めたく無いっていうのに、ちゃんと冒険者の事も紹介してくれたから、早とちりせずに済んだんだもの」

「俺は俺の出来る範囲で協力しただけだけどね。友達なんだしそれぐらいは気にしないで」

「ホホーホ(ナカマ)」

「リーフルちゃんも今日は付き合ってくれてありがとう」
 
「夕食には少し早いけれど、メイベルちゃんのお祝いに皆でご飯にしましょう? 私も同僚が出来て嬉しいわ!」
 さすがダナさん、丁度いいタイミングで絶好の提案だ。
 こんなに大人数で食事を囲むのは、人生──日本に居た頃も含め初めてだと思う。

 夕食には少し早い時間なので酒場内には他の客の姿はまばらだが、俺達のテーブルには所狭しと料理が揃い、皆笑顔で繁忙時のように賑わっている。

「ダナさんダナさん! ヘレンさんのパンって何種類あるんですか?」

「そうねぇ……その日の仕入れ具合にもよるけど毎日必ず十種類ぐらいはあるかしら」

「そうなんですね! 早く値段と種類を覚えなくちゃ──あ、あと! 言葉遣いなんですけど……」
 メイベルはやる気漲る様子で、熱心にダナさんに質問している。
 街に移住するという憧れがとうとう叶う現実と、新しい人生──"村の外での仕事"に対する不安から来るものだろう。

「確かに美味いもんな、あそこのパン」

「村へ帰る前に私達も挨拶していきましょ、パンも買って帰りたいし」

「そうだね、後で挨拶に寄ろうか。俺もヘレンさんとは面識はあるけど、たまにパンを買いに寄る程度だったし。この機会にメイベルの事を頼みに行こうか」

「ありがとうヤマト。元々は縁もゆかりもない私を看病してくれて、今度は妹──メイベルの面倒まで見てくれて、本当に……ありがとう」
 そう語るブランの顔はどことなく寂しげに見える。
 親友であり姉妹でもある、そう言っていた。
 血の繋がりこそ無いが、誰よりも強い絆で結ばれているのだろう。
 お互いに人生の転機が訪れ、青空半分雨雲半分といった所か。

「ホーホホ(タベモノ)」

「え~。さっきあげただろ、食べ過ぎはよくないよ」

「まぁこれだけ目の前に料理が並んでればなぁ」

「甘やかすと良くないんだよ。言う事を聞かなくなる恐れがあるし、健康にも」

「かき氷に名前まで付けちゃって、私には既に随分甘いように見えるけど?」
 ピクピクと猫耳を動かしながら何かを期待する表情でブランがそう言ってくる。
 リーフルスペシャルの名付け親は俺じゃ無いんだが……。
 ──というよりも、ブランがリーフルに食べさせたがっているだけじゃないのか?

「ホーホホ! (タベモノ!)」

「わかったわかった。ブラン、あげてみる?──ボワン」
 いつものラビトーの肉を取り出しブランへ手渡す。

「やったぁ! リーフルちゃん、あ~んよ」

「んぐんぐ──ホホーホ(ナカマ)」

「ちゃっかりしてんなぁリーフルは──はは」

「これ以降のご飯は明日の夕方までお預けだな……」

 ダナさん含め俺達五人と一匹は食事を取りながらこれからの人生を祝福し合った。
 新婚のマーウとブラン、パン屋へ就職出来たメイベル、かき氷を軌道に乗せたダナさん、皆それぞれ最近に起きた人生の転機だ。
 俺も"冒険者"になって一年で、最近と言えば最近の事だが、さすがに新鮮味は薄い。
 他人の新鮮な場面を目の当たりにすると、自分も何か物欲しげな気持ちになる。
 日本でペットを飼っていた理由の一つでもあるのを思い出し、異世界にやってきてまでもリーフル──相棒と共にいる現状に、一人心の中で笑みがこぼれた。
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