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第六章 カラマス編
第六十八話 とんでもない注文の多い勇者
しおりを挟む「勘弁してくれよ……」
そんな俺のか細く呟いた声は、緊張感が張り詰めた周囲の空気に飲まれて消えた。
今、俺達の目の前に立ちはだかるアッタマルドの身体は、さっきまでの老人の姿が想像できないほどの変貌を遂げていた。
身長は倍以上に巨大化し、もはや見上げなければその顔を見ることすら出来ない。
だが、それだけでなく、身体中の筋肉が普通では考えられないほど膨張し、その一つひとつが不自然な形に隆起している。
本当に、辛うじて人間の原型を留めてるだけの怪物と成り果てた。
そんな俺たちなど眼中にないであろうアッタマルドは、何かの感覚を確かめるように自分の拳を見つめ、その掌を握っては開く動作を繰り返した。
「信じられねェ力だ、これが生物として存在しうる限界まで細胞を成長させた姿……ワイは今、世界唯一の完全な生物となった」
アッタマルドがそう言った瞬間、俺程度なんて一瞬で消し炭にしてしまいそうな、えげつない威力の魔法が絶え間なく降り注ぐ。
「これ以上、長引かせるのはヤバそうだからね。さっさと終わらせちゃおう」
ダリルの不意打ちによる魔法の集中砲火により、アッタマルドの姿は見えなくなった。
攻撃の手を緩めることなく、ダリルは真顔で魔法を繰り出し続ける。
その威力はさっきまでの魔法の比ではない。
一撃一撃に先程までより明確に殺意が込められた、まさに殺意の塊のような凶悪な魔法をぶつけている。
そのあまりの威力に、俺たちはその場から吹き飛ばされないように堪えるのが精一杯だった。
やがてその攻撃も止まり、周囲には不気味な静けさと濃い土煙が立ち込めている。
アッタマルドの姿は土煙に包まれ確認することはできないが、流石にこの攻撃を耐え切れるはずはない。
今のを食らって生きてたら、それこそ生物の領域を逸脱したただの化け物だ。
安堵した俺は絶体絶命の危機から救ってくれたダリルにお礼を言うため近づこうとするが、その腕をヴェルデに掴まれた。
「うぇっ!?」
間抜けな声を漏らして、ヴェルデの方を振り返る。
もう勝負は決まったじゃないか、なんで止めるんだ?
そんな疑問の言葉が口から出そうになったが、彼女の緊迫した表情を見て思わず息を呑んだ。
「待って……何かおかしい」
「何かって何が——」
すでにこの時点で嫌な予感はしていたが、それでも聞かずにはいられなかった。
だが、その問いかけの途中でヴェルデが見つめるその先を見てしまった。
……なるほどなぁ。
人間、本当に絶望的な状況になると一周回って変に冷静になってしまう。
この世界に来てから知った、知りたくもなかった人間の防衛本能。
彼女の言わんとしていることがわかった。
ヴェルデの視線の先には、立ち込めた砂煙の中を苦笑を浮かべながら見つめるダリルの姿。
「——こりゃ参ったね、私の魔法がまるで効いてないじゃんか」
ため息まじりのその言葉が俺の耳に届くと同時、砂煙は一瞬で吹き飛ばされる。
——そして、その中から何事もなかったかのように仁王立ちするアッタマルドが現れた。
「……いやァ、効いてないこたァねェぜ?今のはなかなか危なかった」
目を細めたアッタマルドは不敵に口角を歪め、顎をさする。
「ふっ……そんな奴の顔には見えないけどね」
ダリルはそう言って呆れたような苦笑を浮かべた。
――向かい合ったダリル、アッタマルドの二人はいかにも強者同士の熱いやりとりをしているが、それを見つめることしかできない俺たちへっぽこ三人組はもはや冷静を装うことすらできない。
「ねぇ太郎ッ!私たちも協力しないとみんなここで負けちゃうよ!」
動揺したヴェルデが俺の肩を痛いくらい強く掴んで、グワングワンと激しく動かす。
その度に若干放心状態となってしまっている俺の頭は、グニャグニャとまるで首のすわっていない赤子のように振り回される。
そして、いまだに死んだフリをし続けているあの腐れゾンビは、チラッチラッと視線で「おい!早く何とかしてくれ!俺を放置するな!」と切実に訴えてくる。
強敵を前に放心状態の奴、パニック起こしてる奴、死んだフリしてる奴と、字面だけ見ると到底世界を救おうとしている勇者たちとは思えない。
そんな俺たち三人などもはや視界にすら入っていないであろうアッタマルドが、徐に口を開いた。
「それじゃあ、こっちも一発お返ししねェとな……」
そう言うとアッタマルドは右の拳を握り、腰を深く落とした。
次の瞬間、凄まじい速さでダリルに接近したアッタマルドはまるで大木のような腕による殴打を繰り出す。
だが、ダリルもこの攻撃に瞬時に対応し、目の前に十を超える魔法陣のバリアを展開して攻撃を迎え撃った。
「――薄いねェ」
普通の人間には1枚でも突破することが困難であろう魔法陣のバリアを、アッタマルドは拳の一撃によって軽々と粉砕した。
「――ッ!」
そして、ダリルは何とか踏ん張るが攻撃の勢いを完全に止めることができず、両足で地面をえぐりながら俺たちの近くまで吹き飛ばされる。
「今のスピードについてくるとはなァ」
「あんたに褒められたって嬉しかないね」
お互いが敵意を剥き出しにしながらバチバチに睨み合っている。
……かろうじて拮抗しているようにも見えるが、一つひとつの能力は明らかにアッタマルドが上だ。
それは、いくら戦闘に疎い俺でも傍から見ていてはっきりと分かった。
正直、このままダリルとアッタマルドが1対1で戦い続けても、ダリルが勝つ確率はかなり低いだろう。
そうすれば、この町の人々も助けることができなくなってしまう。
そして、当然俺たちも死ぬ。もう、間違いなく。特に俺なんかは真っ先に死ぬ。
……まあそれも、このまま1対1で戦い続ければだが。
俺はなけなしの悪知恵を振り絞り、必死こいて考えた中で1番可能性がありそうな、いつもの博打要素モリモリ作戦を、とりあえずヴェルデに耳打ちで伝える。
すると、ヴェルデは一言も発さずに楳図かずおの『ギャーッ』みたいな顔を俺に向けてきた。
おいその顔やめろ。何を言いたいかは分かるが表情で語ろうとするな。
その表情で固まったヴェルデに「じゃ、よろしく!」とあえてその表情をスルーし、俺はダリルの隣に立って彼女に話しかけた。
「……ダリル、ちょっと確認しておきたいことがあるんだけど」
「こんな時に随分余裕なこったねぇ。……それで?確認したいことって?」
俺は祈るような気持ちでダリルに質問を投げかけた。
「この町全体に浄化の魔法……じゃなくて、神の祝福をかけることってできる?それと……爺さんを倒せるようなとっておきの技とかあったりしませんかね?」
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「だろうな。それだけじゃ、きっと誰も助けられない。……分かった、それだけ聞ければ大丈夫。可能性がまだ残ってるって確認できただけで大収穫だ。ダリルはその魔法の準備をしててくれ」
「あんた……いや、あんた達、一体何するつもり?」
ダリルが困惑した様子で呟いた問いかけに、1度だけ深呼吸をした俺は、まっすぐにアッタマルドを見つめながら答える。
「――あのバケモンから時間を稼いで、この町の人達を助ける」
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