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第六章 カラマス編

第六十一話 最期の願い

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 ダリルと別れた後、俺たちはまだ残っているかもしれない生存者を助けるために、もうしばらく町を探すことにした。

 こんなことをする気になったのは、俺たち以外に「ダリル」という生きている人間に出会ったことが大きい。さっきまでの「どうせみんな死んでるだろ」と半ば諦めムードだったのが、「もしかしたら他に誰かいるかも」くらいには思えるようになった。


 とは言っても、当てずっぽうで探して見つかるほど生存者がいるとは思えない。

 そこで俺たちは、人が隠れていそうでまだ探していない場所を当たってみることにした。


 「つってもなぁ、うーん……他に人が生き残ってそうで、まだ探してない場所なんてどこにあんだ?」


 デイモスが腕を組んで考え込みながら呟いた。


 「…………そこなんだよねぇ」


 俺も首を傾げ、うーんと唸る。

 そもそも俺たちはこの町に来たばかりでどこに何があるのか、あんまり分かっていない。そんな状況で心当たりのある場所なんて……。


 その時、ヴェルデが何かを思い出したようにポンと手を叩いた。


 「あ、1箇所だけあるじゃん。まだ探してない場所が」


 「そりゃどこだ?」


 「ほら、ダリルと初めて会ったあの酒場。あそこはまだ探してなかったよね?」


 あー……、そういえばそんなところもあったな。

 すっかり忘れてた俺はヴェルデの言葉で思い出すと同時に、「よし!すぐ行こう!今行こう!」と喚き立てた。


 

 ……ってなわけで着きました!

 最初にこの街に来た時に情報収集を行い、かつ、ダリルと出会ったこの酒場に!

 恐る恐る扉を開き、ひょこっと顔を少しだけ覗かせて様子を伺う。だが、人の気配は感じない。店内は特に荒らされた形跡もないことから、この場で誰かがゾンビ化したとは考えにくい。とすると、すでに避難したのかもしれない。


 「こんにちはー、誰かいますかー……」


 念の為に声を掛けてみるが返事はない。

 もういないんだろうなとは思いながらも念には念をと、とりあえず店内に入ってしっかりと確認してみることにした。

 すると、店の奥から


 「……いらっしゃいませ」


 という声と共に、ぬっとこの店のマスターが現れた。


 「どぉわああああ!!!」


 突然のことに驚いた俺ははしたなく絶叫し、腰を抜かした。

 ……いきなりだったからさ、ゾンビかと思ってびっくりしちゃった。

 なんていう情けない話は胸の奥へと押しとどめて、『何事もありませんでした!』と言わんばかりに、やたら涼し気な表情を作って尻もちを着いた部分を手で軽く払う。


 デイモスとヴェルデから伝わってくる冷ややかな気配はなんとか受け流し、ごほんと咳払いを1回した後にマスターへと話しかけた。


 「怪我はしてないですか?私たちが来たからにはもう大丈夫ですよ」


 しかし、これにマスターは無言で何も答えない。

 様子がおかしいと思った俺はマスターに近付こうとしたが、その瞬間にデイモスに手を掴まれた。


 「こんな時に何すんねん!」とエセ関西弁で文句でも言ってやろうかと馬鹿なことを考えながら後ろに振り返ると、デイモスとヴェルデが深刻な表情でマスターを見つめていた。


 「……あんた、奴らにやられたな?」


 デイモスが静かな口調で語りかけた。


 「……はい……」


 マスターはか細い声ながらもしっかりと頷いて答える。

 よく見ると、顔色は血の気が完全に引いて真っ白になってるし、目は異常なまでに血走っている。加えてその目線は虚ろだ。


 明らかに普通ではない。

 恐らく、彼もゾンビの攻撃を受けたのだろう。


 「ど、どこをやられたんですか!今すぐ手当しないと!」


 俺はデイモスの手を振り切り、マスターに急いで駆け寄った。

 すると、それとほぼ同時にマスターの膝から急激に力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。それを、すんでのところで俺が肩を支えた。


 「大丈夫ですか!?」


 「……私は……もうダメです」


 そう言ってマスターは自分の腹部を指差す。その指の先を見た俺は思わず息を呑んだ。


 服の上からでも分かるほどに、大量に出血していた。そして、血が服を伝ってとめどなく滴り落ち、足元は既に彼の血で埋め尽くされていた。


 信じられない出血量に俺の声と手足は震えるが、それをなんとか堪えてマスターに声をかける。


 「よ、弱気になっちゃダメです!気をしっかり持ってくださいっ!」


 「自分のことは……自分が一番分かってますから……。そうだ、最期にひとつ……頼みを聞いてはくれませんか?」


 徐々に小さくなっていく声に必死に耳を澄ませながら、俺は頷く。


 「……分かりました。ですが、これを最期にはしないでくださいよ。この騒動が全部終わった後、頼みを聞いた貸しという大義名分引っさげてタダ飯食いに来ますから」


 俺は自分でもびっくりするくらい穏やかに、マスターに微笑みかけながら言った。少し先の話をすることで、彼の思考が完全に止まることを避け、ちょっとでも長く意識を保っていてほしい。……パニック寸前の俺にはこのくらいの延命(になっているとも思えないが)しか思いつかなかった。


 「……ふふ……ではその時は腕によりをかけて作らせていただきますね……。頼みというのは他でもありません」


 もはや耳を近付けなくては聞こえないほど弱々しい声を振り絞り、マスターは言葉を続ける。


 「……この騒動を起こした元凶を……止めてあげてください」


 「元凶……元凶!?」


 マスターの口から飛び出た衝撃的な言葉に、俺は目を見開いて驚く。

 しかし、デイモスは驚いた様子もなく、マスターに対して鋭い視線を向けた。


 「やっぱり、今回のことは何者かが人為的に起こしたものだったって訳だ。……で?あんたは何故、それを知ってんだ?」


 虚ろな視線を天井へと向けながら、マスターはポツリポツリと言葉を紡ぐ。


 「……この商売をしてると……嫌でも聞こえてしまうんですよ……。そして……今回の騒動に私がよく知っている人物が関わっていたんです。でも……気付いた時には遅すぎました……彼は……変わってしまった……止めなければ……止めなければ……」


 朦朧としているであろう意識の中で、マスターは『止めなければ』と繰り返し呟く。


 「でも、その黒幕って今はどこにいるの?」


 真剣な表情でヴェルデが訊いた。


 「この街の中心に……アフエン広場という場所があります……そこに……」


 「アフエン広場ですね、分かりました。……ではここで少し待っていてください」


 「……あれを持っていってください……」


 「こ、この酒……ですか?ア、『アキメネス』……?」


 俺はマスターが指差した小さな酒瓶を手に取り、その名前を読み上げた。

 見た目はかなりの年代物のお酒、という感じでいかにも高級品といった雰囲気を醸し出している。

 当然ながら俺はこの酒がどんなものなのか全く知らない。この世界のデイモスとヴェルデの反応も見てみたが、2人も知らないようだった。


 「もしもの時は……きっと……あなた達を……救っ――」


 「――太郎ッ!!」


 瞬間、後ろから強い力で引っ張られ、俺は後方に向かって豪快に吹っ飛ぶ。だが、だいぶこの扱いに慣れてきた俺は、強かに打ち付けた頭を擦りながらすぐに飛び起きた。


 そうして起き上がった俺の視界に入った光景は、俺が1秒前までいた空間に、マスターが勢いよくかぶりついた場面だった。

 そのマスターの表情からは、もはやさっきまでの面影はなくなっていた。そこにあったのは、ただ人間を喰らうことのみを考える血に飢えた化け物の姿。


 「……時間切れだ、行くぞ」


 デイモスはポツリと呟き、放心状態でマスター……だったものを見つめる俺を、肩に担いで外に向かって走り出した――。

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