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第六章 カラマス編
第五十八話 パンデミックは突然に!
しおりを挟む探していた賢者のダリルを見つけた俺は『一緒に魔王を倒しにいかない?』みたいな勧誘をしようとした。
……したところまでは良かったんだが、言い切る前に秒で断られるという悲惨な結末に終わった勧誘第1回目。
その日は、デイモスとヴェルデに「大丈夫!次がある!」「もっと頑張ってみろって!」など、まるで俺が失恋したかのような、そんな謎の励ましの言葉を掛けられながら宿に泊まり、一晩を明かした。
……だが、俺は諦めが悪い。
1回くらいじゃへこたれないぞ?なんたって俺はサラリーマン、こういった交渉に関する経験も多少はしてきた……多少は。
次はきっと大丈夫!
俺はそう思って次の日も勧誘をおこなった――!
――で、今日で4日目。
いい加減ヤバい。精神的にも、俺の胃腸や髪の生え際もそろそろ限界だ。
デイモスとヴェルデも「そろそろ諦めたらどうか」言ってくる。正直、俺も何度か諦めようと思った。
その理由としては、もちろん勧誘を断られるストレスというものもあるが、1番はそれじゃない。
一番の理由は街の人々の様子が、来た当初よりも明らかにおかしくなっているのだ。皆、死人のような顔色で唸り声を上げながらフラフラと徘徊している。
最初に来た時もそうだったのだが、昨日辺りは本当にヤバかった。
だって、真横通ったらいきなり掴みかかってきて噛み付こうとするんだよ!?それじゃマジモンのゾンビみたいじゃん!!
幸いにもすぐ近くにデイモスとヴェルデがいたので、鼻水と涙で顔面をぐちゃぐちゃにしながら助けを求め、何とか助かったのだが。
この街はどこかおかしい。
そんな思いが日増しに強くなっていくのが分かった。……だからといって、俺たちに何か出来るわけじゃないんだけどね。
「それじゃそろそろ行こうか」
「ちょっと待て。……やけに静かだな」
俺の呼びかけに対し、デイモスが周囲を見回しながらそう呟く。
言われてみれば、確かに静かだ。物音ひとつ聞こえてこない。
……これはさすがに静かすぎる。まるで人間がいなくなったように感じるほどに。
宿の中を見ても誰もいない。宿を出る時にいっつも無愛想にタバコをふかしていた受付のオッサンも見当たらない。
「何だか不気味……」
ヴェルデが不安げな顔でそういった。それに対して俺は不安を紛らわすようにヘラヘラと笑いながら、
「あー、もしかしたら今、この街でとんでもないことが起こってるのかもよ?」
そんなことをほざきながら、俺は宿の玄関の扉を開けた。
扉を開けると、その向こうはバイオハザードの世界だった。……いや、比喩でもなんでもなく。
一番最初に視界に入ってきたのは、四肢を欠損した人が道に倒れ、その人の肉をむさぼり食らう人間たちでした。
他にもうめき声を上げながらフラフラと彷徨う人々や、道端には大量の血液が流れたであろう跡や血溜まりがあちこちで見受けられる。
…………俺は扉をそっと閉めた。
「……あっれー?もしかして、今度はバイオハザードの世界に飛ばされちゃったのかなー?それとも夢かなー?そうだな、うん!夢に違いない!俺、もう1回寝ることにするよ!」
頭をポリポリと掻きながらそう言って、くるっと後ろを振り向くと、そこに居たのはデイモスでもヴェルデでもない。
受付のオッサンだった。
いきなりドアップで視界に入ったオッサンに内心めちゃくちゃビビったが、それと同時に『俺たち以外にも人がいたのか!』と安堵した。
しかし、それもつかの間。俺はオッサンが放つ強烈な違和感を感じ取った。
……あ、あれ?このオッサン、どっかのアンデッドみたいな顔色してんな……しかも、目の焦点が合ってないし。それに口元はケチャップでベチャベチャになっている……いや、違ぇわ。これ、血だ。
そのことに気付いた時には、もう遅かった。
「太郎!!!」
「逃げて!!!」
二人の声が聞こえてくると同時にオッサンは口を大きく開けて、俺に噛み付こうと向かってきた。
俺は咄嗟に腕で顔を覆い隠すが、なんとオッサンは思い切りその腕に噛み付いてきた。
「――ッ!!!!」
あまりの激痛に声を出すことができない。
ただ、痛みを堪えて噛まれている腕を振り払い、そうしてオッサンが体勢を崩した隙を見計らって突き飛ばし、急いで距離を取る。
すると、デイモスとヴェルデが俺の前後に立ち、挟むように庇ってくれた。
「太郎ッ!大丈夫か!?……すまん、周りから現れたこいつらの対応をしてたんだが、一匹だけどこかに隠れてたみてぇだ」
周囲を見回すと、一体いつの間に現れたのか分からないが、明らかに普通じゃない雰囲気を漂わせた人々が俺たちを囲んでいた。
数は五、六人ほどだろうか……たったそれだけの人数ですら、まともに数えられないほどの激痛が脳内を支配している。
「私たち、こいつらに囲まれちゃったみたい。ここはとりあえず外に出るしかなさそうだよ。……それよりも、怪我はどんな具合?」
ヴェルデが心配そうに声をかけてくれた。
「ど、どんな具合って……。い、いでぇよ……めちゃくちゃ痛てぇし、それに血が止まらないんだよ!なんだコイツ」
「……血が止まらない?」
そうなのだ。
さっきから止血しようと傷口を圧迫しているのだが、血が止まる気配が全くない。
「太郎、傷のことは後にしろ!今はこの状況を切り抜けることが最優先だ!じゃなきゃ全員やられるぞ!」
「んな事言われなくとも分かってるわ!デイモス!頼んだ!」
俺がそう伝えると、デイモスは玄関の扉まで全力で走っていく。そして、その勢いのまま頭から突っ込んで進路を塞ぐ人たちをなぎ倒しながら扉を突き破った。
その姿はさながら人間魚雷のようであった。……んな呑気なこと言ってる場合じゃねぇや。
「早く来い!!」
デイモスが俺とヴェルデに呼びかける。俺たちは必死に玄関まで駆け抜けた。デイモスが奴らをなぎ倒してくれていたおかげで、玄関までの道が真っ直ぐに開けていたのが非常に大きかった。
無事に……ではないが、なんとか外に出ることができた俺たちは、一旦安全そうな建物に身を隠すことにした。
――てなわけで。
今は安全そうな建物の中に身を隠し、その中で三人輪になって座り込んでます。
とりあえず当面の危機は去ったが、まだひとつ重要な問題が残っている。
それは、血が未だに止まる気配がなく、一定の間隔でポタポタと滴り落ちているということだ。これはマジで洒落になってない。正直、今が一番ピンチかもしれない。どうしよう。
そんなかんじでワタワタ慌てていると、ヴェルデが心配そうな表情で話しかけてくれた。
「太郎、手の傷を見せて。……うっわ、これは今すぐ回復魔法をかけないとちょっと危ないかもしれない。けど私、回復魔法も全く使えなくて……。代わりと言ってはアレだけど、『細胞を超活性化させる魔法』をかけてあげようか?」
「……その魔法ってどんな効果があんの?」
嫌な予感がしたが、まずは話を聞いてみることにした。
「んー……、一般的な人間の細胞量くらいだったら超人的な再生能力と身体能力が手に入るくらいかなぁ」
「は!!?なにその俺の願望そのまま凝縮したような都合の良い魔法は!!」
「けど、その反動で全身の細胞が異常な分裂を繰り返し起こすようになって、原型が分からないくらいにとんでもない姿になっちゃうけど……いい?」
「……俺が人間をやめたくなった時に、魔が差したらやってみるかもしれない。そのときによろしく」
俺がそう言うとヴェルデは「うん分かった」と呟き、コクリと頷いた。
……んなこと話してる場合じゃないんだってば!!
俺が何かいい方法はないか、何かないかと無い頭を振り絞って考えていると、デイモスがスクッと立ち上がった。
「……しゃあねぇ、特別に俺の回復魔法を見せてやる」
そう言って両手のひらを真っ直ぐ俺に向かって伸ばした。すると、緑色に輝く魔法陣がその手のひら前に展開された。
デイモスは声を出して全身に力を込め始めたのだが、なんだか目……というか、表情が死にそうになっている。
回復魔法を見せるのがそんなに嫌だったのか?と一瞬思ったが、その可能性はすぐに吹っ飛び、同時に死にそうな顔の理由も分かった。
「ハアッ――ああああああああああああああやべえやべえ!!回復魔法に浄化される!太郎ッ!ヴェルデッ!助けてくれ、マジで消えそう!」
「すまんデイモス!もう少しだけ頑張ってくれ!……自分の発動させた回復魔法で死にかけるのか。アンデッドも大変だな。ってか!お前の弱点ってまさか……『回復魔法』なの?」
「そっ、そうだよ!!弱点は…………っはぁ、はあ、はあ!よし、これで大丈夫なはずだ。いやぁ今のは本当に死ぬかと思った……」
「もう死んでるけどね」
ヴェルデのツッコミは華麗に無視して、噛まれた腕の具合を確認する。さっきまで怪我をしていた部分は、今はもうなんともない。完全に傷が塞がっている。うん、やっぱり魔法って最高だわ。
「デイモス、本当にありがとう。危うく血が足りなくなって死ぬところだった。ヴェルデもありがとうな」
これに二人が微笑み、そして大きく頷いた。
さて、感謝の言葉も伝え終え、怪我も治ったところで早く次の行動に移らなければ。
そうして俺は二人に早速指示を出す。
「まずは俺たちの他に生存者がいないか探そう。くれぐれも単独行動だけはしないでくれよ?こういう状況での単独行動は死亡フラグだからね!……とかいうセリフもバッチリ死亡フラグなんだけど」
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