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第四章 ハルマ編
第三十八話 死亡フラグの乱立は一周回って生存フラグ
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車に乗車していた俺を含める全員が、その車から降りた。
「さあ、こちらです」
手で本部の方向を指し示しながら、案内をしてくれる隊長にゆっくりとついて行く。
他の隊員達も俺たちの横と後ろにピッタリと付き、一定の感覚を維持しながら歩いてくる。
……なんだか警察に連行されてるみたいだぁ。
テレビの報道番組で容疑者が警察に連行されていく光景が、今の俺の姿に重なって見えた。
いや、違うから。そんなんじゃないから。悪いこと何もしてないから。どうした、俺。何故動揺しているのだ、俺よ。
俺は周りに気付かれないように白目を剥きながら、心の中で自分に強く言い聞かせる。
そして俺はテントに入る直前に、その剥いた白目で空を見上げた。
その空はどんよりと暗い曇り空で、それを見た俺は思わず不吉なことが起こるのではと考えてしまった。
だって、空の色がマジで雷とか竜巻が起こりそうな空なんだもん。
その時だった。
そんな曇天を見上げる俺の頬に冷たい雨が一粒落ちてきたのが分かった。
「うわぁ、雨が降ってきたかぁ……」
この曇り空に加えて雨とは、縁起が悪いことこの上ない。これがハリウッド映画だったら間違いなく俺、そろそろ死ぬと思う。
もう何もかもが死亡フラグに見えてくる。
これ以上考えるとストレスで先に胃が力尽きそうだし、雨に濡れてしまうので中に入ることにしよう。
表面上は堂々と、だが内心は死ぬほど長いため息を吐きながら、テントの中へと入った。
◆◆◆◆
「――これが電波塔内部の詳細データになります」
テントの中では既に机の上に広げられたフロア全体を写した地図や、分厚い資料や付箋紙の挟まれたファイルが並べられていた。
それに加えて討伐隊の隊員達が罵声を飛ばしあい、非常に殺気立った空気が充満している。
既に胃がキリキリ痛み始めてる。
だが、俺はそんな様子は微塵も見せない。
「ふむ、ありがとう」
そうしていかにも勇者っぽい堂々とした振る舞いで渡された冊子を受け取り、そのページをペラペラとめくる。
「なるほど……建物内の全てに消防用設備はしっかりと取り付けられているようだな。しかもつい最近メンテナンスされている」
だが、1つだけ引っかかることがあった。
「……カメラが異常に多いな。これでは内部の死角はほとんどないじゃないか」
フロア地図を見るとざっと100を超える数のカメラの位置、そしてその向きが記されていた。
俺が疑問を口にすると、前に来た時に『副隊長』と呼ばれていたメガネの男が丁寧に説明を始めた。
「その通りです。死角はほぼありません。ハルマ電波塔は放送スタジオとしての機能も備わっており、番組等でフロア全体のカメラを使用し、その映像を全国に放送することも出来るようになっています」
副隊長は続ける。
「ですので、常時これら全てを作動させている訳ではありません。基本的には防犯重要度の高い位置に設置されているカメラのみを作動させています」
「なるほど、だがその気になれば全てのカメラを使い、その映像を全国に中継することも出来るわけか……」
俺は腕を組んで眉間に皺を寄せながらそう言った。
「その通りです。……どこか気になる部分がありましたか?」
引っかかる。猛烈に引っかかる。
当然ながらあのアンパンもこの事については把握しているだろう。
そして相手は非常に狡猾である。直接人類軍を倒そうとせずに、非常に回りくどいやり方でじわじわと人類を潰しに来るほどに。
そんな奴がこんな格好の道具を利用しないなんて事があるのだろうか。
「……これから話すことはあくまでも仮説だ。『もし俺があのアンパンと同じ状況だったらこうする』って感じの、単なる一意見、推測でしかない。当然、間違ってる可能性もある。疑問点は指摘してくれて構わない」
その瞬間、周囲の空気が明らかに変わったのが分かった。
それを確認した後、俺は話を始めた。
◆◆◆◆
「―――そんな馬鹿な」
俺が話を終えると、誰かの呟いた声が耳に聞こえてきた。――と、いうよりも周囲からは誰かが呟いたその声以外に聞こえてこない。
先ほどまで怒号が飛び交っていた現場とは思えないほど、拠点内はしんと静まり返っていた。
張り詰めた空気がビリビリ伝わってくる。
ともかく、俺は続ける。
「……人間っつーのは希望から一気に絶望に突き落とされた時の方がそのダメージは遥かに大きい。そして、その大きく膨れ上がった絶望はやがて憎悪へと変わる。行き場を失ったそれは、この流れで行けば魔王軍と人類軍の2つに集中するだろう。……まぁ、この場合だと民間人にとって身近にある人類軍にヘイトが集まるのは目に見えてるが。……ったく、本当に味な真似をしてくれるよなぁ」
話を続ける。
「それでだが、完全な勝利を収めるには2つの条件をクリアする必要がある。まず1つ目は、世論を味方に付ける事。2つ目はあのアンパンを倒す事だ。……人質救出はちゃんと2に含めてるからね。ちなみにこの2つのうちどれか1つでも失敗した時は人類の負けなんで、そこのところよろしく」
だんだん勇者っぽく振る舞うのに限界が来ている俺は、大事な話の中にちょいちょい素が混ざってきている事など気にせずに話を続ける。
「俺が今考えてる作戦だと1つ目の世論を味方にするってのはいけるかもしれない。けど、問題は2つ目だ。ついさっき俺が話した推測が正しかったとしても、この時点で俺たちが勝つ確率はほとんど0だ。なんせ向こうはドラゴンとドラゴンゾンビを倒したことを知っていた。つまり、あのアンパンはそれ以上の実力を持ってる、と考えるのが妥当だろ。……まぁ、それが俺の話した推測の前提条件になってるんだけども。そんなわけで、普通じゃまず勝てない。普・通・は・な」
「何か……何か勝つ方法はないのか?太郎」
デイモスが険しい表情を浮かべながらそう言った。討伐隊の隊員達も不安そうな視線をこちらに向けてくる。
そんな目で見られても……とは言えない空気に、俺はうーんと唸りながら腕を組んで、何かないかと考え込む。
……実を言うと、あるにはある。
けど、博打の要素が非常に大きい。
……なんか俺、こういう場面でいっつも一か八かの賭けに出てるような気がする。いや、多分これは気のせいじゃない。
んなこたぁ今はどうでもいい。
とにかく言ってみるしかない。それに乗ってくるか、こないか。その反応次第で決めよう。
俺は長く張り詰めた沈黙を破り、意を決して話すことにした。
「…………ただ、もうひとつだけ勝てる可能性が残ってるかもしれない。もしこれが合っていれば俺達はほぼ間違いなく勝てる、世論の問題もずっと簡単に片付けられるだろうな。けど、もしも外れた時は……正直どうやっても勝てる気がしない」
「……ならば、やるしかないでしょう。私はあなたのその可能性に掛けたいと思っています」
隊長は真剣な眼差しを俺に真っ直ぐ向けて、一切逸らさずに言った。他の隊員達やデイモス、ヴェルデも同じように真っ直ぐ俺を見ている。
彼らのその目を見て、俺も覚悟が決まった。
「……よし分かった。じゃあ早速行動に移そう。無線か何かであのアンパンにこう伝えてくれ」
ここで俺は小さく息を整え、少し落ち着いたところでこう言った。
「『――勇者は電波塔の正面広場に1人で待っている。1対1の決闘で決着をつけよう』ってな」
静まり返るテントの中とは対称的に、テントの外からはいつの間にか本降りになってきた雨粒が、屋根や壁を激しく打ち付ける音が聞こえてくるのだった。
「さあ、こちらです」
手で本部の方向を指し示しながら、案内をしてくれる隊長にゆっくりとついて行く。
他の隊員達も俺たちの横と後ろにピッタリと付き、一定の感覚を維持しながら歩いてくる。
……なんだか警察に連行されてるみたいだぁ。
テレビの報道番組で容疑者が警察に連行されていく光景が、今の俺の姿に重なって見えた。
いや、違うから。そんなんじゃないから。悪いこと何もしてないから。どうした、俺。何故動揺しているのだ、俺よ。
俺は周りに気付かれないように白目を剥きながら、心の中で自分に強く言い聞かせる。
そして俺はテントに入る直前に、その剥いた白目で空を見上げた。
その空はどんよりと暗い曇り空で、それを見た俺は思わず不吉なことが起こるのではと考えてしまった。
だって、空の色がマジで雷とか竜巻が起こりそうな空なんだもん。
その時だった。
そんな曇天を見上げる俺の頬に冷たい雨が一粒落ちてきたのが分かった。
「うわぁ、雨が降ってきたかぁ……」
この曇り空に加えて雨とは、縁起が悪いことこの上ない。これがハリウッド映画だったら間違いなく俺、そろそろ死ぬと思う。
もう何もかもが死亡フラグに見えてくる。
これ以上考えるとストレスで先に胃が力尽きそうだし、雨に濡れてしまうので中に入ることにしよう。
表面上は堂々と、だが内心は死ぬほど長いため息を吐きながら、テントの中へと入った。
◆◆◆◆
「――これが電波塔内部の詳細データになります」
テントの中では既に机の上に広げられたフロア全体を写した地図や、分厚い資料や付箋紙の挟まれたファイルが並べられていた。
それに加えて討伐隊の隊員達が罵声を飛ばしあい、非常に殺気立った空気が充満している。
既に胃がキリキリ痛み始めてる。
だが、俺はそんな様子は微塵も見せない。
「ふむ、ありがとう」
そうしていかにも勇者っぽい堂々とした振る舞いで渡された冊子を受け取り、そのページをペラペラとめくる。
「なるほど……建物内の全てに消防用設備はしっかりと取り付けられているようだな。しかもつい最近メンテナンスされている」
だが、1つだけ引っかかることがあった。
「……カメラが異常に多いな。これでは内部の死角はほとんどないじゃないか」
フロア地図を見るとざっと100を超える数のカメラの位置、そしてその向きが記されていた。
俺が疑問を口にすると、前に来た時に『副隊長』と呼ばれていたメガネの男が丁寧に説明を始めた。
「その通りです。死角はほぼありません。ハルマ電波塔は放送スタジオとしての機能も備わっており、番組等でフロア全体のカメラを使用し、その映像を全国に放送することも出来るようになっています」
副隊長は続ける。
「ですので、常時これら全てを作動させている訳ではありません。基本的には防犯重要度の高い位置に設置されているカメラのみを作動させています」
「なるほど、だがその気になれば全てのカメラを使い、その映像を全国に中継することも出来るわけか……」
俺は腕を組んで眉間に皺を寄せながらそう言った。
「その通りです。……どこか気になる部分がありましたか?」
引っかかる。猛烈に引っかかる。
当然ながらあのアンパンもこの事については把握しているだろう。
そして相手は非常に狡猾である。直接人類軍を倒そうとせずに、非常に回りくどいやり方でじわじわと人類を潰しに来るほどに。
そんな奴がこんな格好の道具を利用しないなんて事があるのだろうか。
「……これから話すことはあくまでも仮説だ。『もし俺があのアンパンと同じ状況だったらこうする』って感じの、単なる一意見、推測でしかない。当然、間違ってる可能性もある。疑問点は指摘してくれて構わない」
その瞬間、周囲の空気が明らかに変わったのが分かった。
それを確認した後、俺は話を始めた。
◆◆◆◆
「―――そんな馬鹿な」
俺が話を終えると、誰かの呟いた声が耳に聞こえてきた。――と、いうよりも周囲からは誰かが呟いたその声以外に聞こえてこない。
先ほどまで怒号が飛び交っていた現場とは思えないほど、拠点内はしんと静まり返っていた。
張り詰めた空気がビリビリ伝わってくる。
ともかく、俺は続ける。
「……人間っつーのは希望から一気に絶望に突き落とされた時の方がそのダメージは遥かに大きい。そして、その大きく膨れ上がった絶望はやがて憎悪へと変わる。行き場を失ったそれは、この流れで行けば魔王軍と人類軍の2つに集中するだろう。……まぁ、この場合だと民間人にとって身近にある人類軍にヘイトが集まるのは目に見えてるが。……ったく、本当に味な真似をしてくれるよなぁ」
話を続ける。
「それでだが、完全な勝利を収めるには2つの条件をクリアする必要がある。まず1つ目は、世論を味方に付ける事。2つ目はあのアンパンを倒す事だ。……人質救出はちゃんと2に含めてるからね。ちなみにこの2つのうちどれか1つでも失敗した時は人類の負けなんで、そこのところよろしく」
だんだん勇者っぽく振る舞うのに限界が来ている俺は、大事な話の中にちょいちょい素が混ざってきている事など気にせずに話を続ける。
「俺が今考えてる作戦だと1つ目の世論を味方にするってのはいけるかもしれない。けど、問題は2つ目だ。ついさっき俺が話した推測が正しかったとしても、この時点で俺たちが勝つ確率はほとんど0だ。なんせ向こうはドラゴンとドラゴンゾンビを倒したことを知っていた。つまり、あのアンパンはそれ以上の実力を持ってる、と考えるのが妥当だろ。……まぁ、それが俺の話した推測の前提条件になってるんだけども。そんなわけで、普通じゃまず勝てない。普・通・は・な」
「何か……何か勝つ方法はないのか?太郎」
デイモスが険しい表情を浮かべながらそう言った。討伐隊の隊員達も不安そうな視線をこちらに向けてくる。
そんな目で見られても……とは言えない空気に、俺はうーんと唸りながら腕を組んで、何かないかと考え込む。
……実を言うと、あるにはある。
けど、博打の要素が非常に大きい。
……なんか俺、こういう場面でいっつも一か八かの賭けに出てるような気がする。いや、多分これは気のせいじゃない。
んなこたぁ今はどうでもいい。
とにかく言ってみるしかない。それに乗ってくるか、こないか。その反応次第で決めよう。
俺は長く張り詰めた沈黙を破り、意を決して話すことにした。
「…………ただ、もうひとつだけ勝てる可能性が残ってるかもしれない。もしこれが合っていれば俺達はほぼ間違いなく勝てる、世論の問題もずっと簡単に片付けられるだろうな。けど、もしも外れた時は……正直どうやっても勝てる気がしない」
「……ならば、やるしかないでしょう。私はあなたのその可能性に掛けたいと思っています」
隊長は真剣な眼差しを俺に真っ直ぐ向けて、一切逸らさずに言った。他の隊員達やデイモス、ヴェルデも同じように真っ直ぐ俺を見ている。
彼らのその目を見て、俺も覚悟が決まった。
「……よし分かった。じゃあ早速行動に移そう。無線か何かであのアンパンにこう伝えてくれ」
ここで俺は小さく息を整え、少し落ち着いたところでこう言った。
「『――勇者は電波塔の正面広場に1人で待っている。1対1の決闘で決着をつけよう』ってな」
静まり返るテントの中とは対称的に、テントの外からはいつの間にか本降りになってきた雨粒が、屋根や壁を激しく打ち付ける音が聞こえてくるのだった。
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