上 下
39 / 81
第四章 ハルマ編

第三十八話 死亡フラグの乱立は一周回って生存フラグ

しおりを挟む
 車に乗車していた俺を含める全員が、その車から降りた。


「さあ、こちらです」


 手で本部の方向を指し示しながら、案内をしてくれる隊長にゆっくりとついて行く。

 他の隊員達も俺たちの横と後ろにピッタリと付き、一定の感覚を維持しながら歩いてくる。


 ……なんだか警察に連行されてるみたいだぁ。


 テレビの報道番組で容疑者が警察に連行されていく光景が、今の俺の姿に重なって見えた。


 いや、違うから。そんなんじゃないから。悪いこと何もしてないから。どうした、俺。何故動揺しているのだ、俺よ。


 俺は周りに気付かれないように白目を剥きながら、心の中で自分に強く言い聞かせる。


 そして俺はテントに入る直前に、その剥いた白目で空を見上げた。

 その空はどんよりと暗い曇り空で、それを見た俺は思わず不吉なことが起こるのではと考えてしまった。

 だって、空の色がマジで雷とか竜巻が起こりそうな空なんだもん。


 その時だった。


 そんな曇天を見上げる俺の頬に冷たい雨が一粒落ちてきたのが分かった。


「うわぁ、雨が降ってきたかぁ……」


 この曇り空に加えて雨とは、縁起が悪いことこの上ない。これがハリウッド映画だったら間違いなく俺、そろそろ死ぬと思う。


 もう何もかもが死亡フラグに見えてくる。


 これ以上考えるとストレスで先に胃が力尽きそうだし、雨に濡れてしまうので中に入ることにしよう。

 表面上は堂々と、だが内心は死ぬほど長いため息を吐きながら、テントの中へと入った。



 ◆◆◆◆



「――これが電波塔内部の詳細データになります」


 テントの中では既に机の上に広げられたフロア全体を写した地図や、分厚い資料や付箋紙の挟まれたファイルが並べられていた。

 それに加えて討伐隊の隊員達が罵声を飛ばしあい、非常に殺気立った空気が充満している。


 既に胃がキリキリ痛み始めてる。


 だが、俺はそんな様子は微塵も見せない。


「ふむ、ありがとう」


 そうしていかにも勇者っぽい堂々とした振る舞いで渡された冊子を受け取り、そのページをペラペラとめくる。


「なるほど……建物内の全てに消防用設備はしっかりと取り付けられているようだな。しかもつい最近メンテナンスされている」


 だが、1つだけ引っかかることがあった。


「……カメラが異常に多いな。これでは内部の死角はほとんどないじゃないか」


 フロア地図を見るとざっと100を超える数のカメラの位置、そしてその向きが記されていた。

 俺が疑問を口にすると、前に来た時に『副隊長』と呼ばれていたメガネの男が丁寧に説明を始めた。


「その通りです。死角はほぼありません。ハルマ電波塔は放送スタジオとしての機能も備わっており、番組等でフロア全体のカメラを使用し、その映像を全国に放送することも出来るようになっています」


 副隊長は続ける。


「ですので、常時これら全てを作動させている訳ではありません。基本的には防犯重要度の高い位置に設置されているカメラのみを作動させています」


「なるほど、だがその気になれば全てのカメラを使い、その映像を全国に中継することも出来るわけか……」


 俺は腕を組んで眉間に皺を寄せながらそう言った。


「その通りです。……どこか気になる部分がありましたか?」


 引っかかる。猛烈に引っかかる。

 当然ながらあのアンパンもこの事については把握しているだろう。

 そして相手は非常に狡猾である。直接人類軍を倒そうとせずに、非常に回りくどいやり方でじわじわと人類を潰しに来るほどに。

 そんな奴がこんな格好の道具を利用しないなんて事があるのだろうか。


「……これから話すことはあくまでも仮説だ。『もし俺があのアンパンと同じ状況だったらこうする』って感じの、単なる一意見、推測でしかない。当然、間違ってる可能性もある。疑問点は指摘してくれて構わない」


 その瞬間、周囲の空気が明らかに変わったのが分かった。

 それを確認した後、俺は話を始めた。



 ◆◆◆◆



「―――そんな馬鹿な」


 俺が話を終えると、誰かの呟いた声が耳に聞こえてきた。――と、いうよりも周囲からは誰かが呟いたその声以外に聞こえてこない。

 先ほどまで怒号が飛び交っていた現場とは思えないほど、拠点内はしんと静まり返っていた。

 張り詰めた空気がビリビリ伝わってくる。


 ともかく、俺は続ける。


「……人間っつーのは希望から一気に絶望に突き落とされた時の方がそのダメージは遥かに大きい。そして、その大きく膨れ上がった絶望はやがて憎悪へと変わる。行き場を失ったそれは、この流れで行けば魔王軍と人類軍の2つに集中するだろう。……まぁ、この場合だと民間人にとって身近にある人類軍にヘイトが集まるのは目に見えてるが。……ったく、本当に味な真似をしてくれるよなぁ」


 話を続ける。


「それでだが、完全な勝利を収めるには2つの条件をクリアする必要がある。まず1つ目は、世論を味方に付ける事。2つ目はあのアンパンを倒す事だ。……人質救出はちゃんと2に含めてるからね。ちなみにこの2つのうちどれか1つでも失敗した時は人類の負けなんで、そこのところよろしく」


 だんだん勇者っぽく振る舞うのに限界が来ている俺は、大事な話の中にちょいちょい素が混ざってきている事など気にせずに話を続ける。


「俺が今考えてる作戦だと1つ目の世論を味方にするってのはいけるかもしれない。けど、問題は2つ目だ。ついさっき俺が話した推測が正しかったとしても、この時点で俺たちが勝つ確率はほとんど0だ。なんせ向こうはドラゴンとドラゴンゾンビを倒したことを知っていた。つまり、あのアンパンはそれ以上の実力を持ってる、と考えるのが妥当だろ。……まぁ、それが俺の話した推測の前提条件になってるんだけども。そんなわけで、普通じゃまず勝てない。普・通・は・な」


「何か……何か勝つ方法はないのか?太郎」


 デイモスが険しい表情を浮かべながらそう言った。討伐隊の隊員達も不安そうな視線をこちらに向けてくる。


 そんな目で見られても……とは言えない空気に、俺はうーんと唸りながら腕を組んで、何かないかと考え込む。


 ……実を言うと、あるにはある。

 けど、博打の要素が非常に大きい。


 ……なんか俺、こういう場面でいっつも一か八かの賭けに出てるような気がする。いや、多分これは気のせいじゃない。


 んなこたぁ今はどうでもいい。


 とにかく言ってみるしかない。それに乗ってくるか、こないか。その反応次第で決めよう。


 俺は長く張り詰めた沈黙を破り、意を決して話すことにした。


「…………ただ、もうひとつだけ勝てる可能性が残ってるかもしれない。もしこれが合っていれば俺達はほぼ間違いなく勝てる、世論の問題もずっと簡単に片付けられるだろうな。けど、もしも外れた時は……正直どうやっても勝てる気がしない」


「……ならば、やるしかないでしょう。私はあなたのその可能性に掛けたいと思っています」


 隊長は真剣な眼差しを俺に真っ直ぐ向けて、一切逸らさずに言った。他の隊員達やデイモス、ヴェルデも同じように真っ直ぐ俺を見ている。


 彼らのその目を見て、俺も覚悟が決まった。


「……よし分かった。じゃあ早速行動に移そう。無線か何かであのアンパンにこう伝えてくれ」


 ここで俺は小さく息を整え、少し落ち着いたところでこう言った。


「『――勇者は電波塔の正面広場に1人で待っている。1対1の決闘で決着をつけよう』ってな」


 静まり返るテントの中とは対称的に、テントの外からはいつの間にか本降りになってきた雨粒が、屋根や壁を激しく打ち付ける音が聞こえてくるのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります

まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。 そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。 選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。 あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。 鈴木のハーレム生活が始まる!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート

猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。 彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。 地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。 そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。 そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。 他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

クラス転移で裏切られた「無」職の俺は世界を変える

ジャック
ファンタジー
私立三界高校2年3組において司馬は孤立する。このクラスにおいて王角龍騎というリーダーシップのあるイケメンと学園2大美女と呼ばれる住野桜と清水桃花が居るクラスであった。司馬に唯一話しかけるのが桜であり、クラスはそれを疎ましく思っていた。そんなある日クラスが異世界のラクル帝国へ転生してしまう。勇者、賢者、聖女、剣聖、など強い職業がクラスで選ばれる中司馬は無であり、属性も無であった。1人弱い中帝国で過ごす。そんなある日、八大ダンジョンと呼ばれるラギルダンジョンに挑む。そこで、帝国となかまに裏切りを受け─ これは、全てに絶望したこの世界で唯一の「無」職の少年がどん底からはい上がり、世界を変えるまでの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 カクヨム様、小説家になろう様にも連載させてもらっています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

処理中です...