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第四章 ハルマ編

第三十二話 正気じゃやってられない時もある

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 「――あれってさっきギルドまで案内してくれた女の子じゃねぇか?なんか厳つい奴らに囲まれてんぞ」


 俺はデイモスのこの言葉を聞いて、フワフワしていた意識をはっきりと取り戻した。そしてデイモスがじっと見つめる視線の先に、俺もバッと顔を向ける。


 「……うわっ!マジでさっきのあの子じゃん!しかも本当に厳ついチンピラ三人組に絡まれてる!早く助けに行かないとヤバくない?」


 アワアワと慌てる俺。しかし、デイモスは慌てる事もなく至って冷静……というか、真顔に近い険しい表情のまま無言で見ている。


 「……いや、ここは少し様子を見よう」


 鋭い視線を彼女たちに向けたまま、デイモスはそう言った。


 「いやいやいや、いくら俺でも助けてもらった恩を仇で返すような事は出来ない。それに……俺は勇者だ。目の前に助けを求める人がいるのならば、サッと手を貸すのが勇者の務めだろ」


 俺はキザったらしく前髪をかきあげながら、クサイ台詞をなんの躊躇いもなく言い放った。

 すると、これに間髪入れずデイモスから問いが飛んでくる。


 「本音は?」


 「ここで恩を売っておけば『キャー!勇者の太郎様カッコイイ!素敵!私をパーティに入れてー!』となるに違いない!ここから俺のパーティハーレム計画(アンデッドモンスター1名を除く)が始まるんだよ!うひゃひゃひゃひゃ!」


 人間性を疑うような薄汚れた発言と、やたらと汚い笑い声を返す汚い尽くしの勇者、山田太郎。

 しかし、これを聞いたデイモスの目がすっと細くなる。


 「その発言のせいでハーレムどころかぼっち旅に逆戻りしそうな状況だって事を、お前はしっかりと自覚するべきだ」


 「……すいません、調子乗ってました。ほんとすいません」


 デイモスの声のトーンがマジだったので、本気でビビって敬語で謝罪する勇者。……勇者って一体なんなんだろう?

 だが、今はそんな場合ではない。


 「……そ、それよりもだ、デイモス!今は彼女を助けるのが先決だろ!な、何かいい方法はないか?」


 震える声でそう尋ねる。

 しかしデイモスは首を横に振る。


 「いや、全く思い付かねぇ。……やっぱりお前はああして困ってる奴をすぐにでも助けようとするんだな。……まぁ、動機は不純極まりないけどよぉ」


 「だってだって!こんな展開になったら誰だって期待しちゃうじゃんか!口ではカッコイイ事言ってても頭ん中でそういう事を悶々と考えてるよりかはマシだろ!」


 「まるで今のお前みたいじゃねぇか。……お前の場合はその過程の最後に『その悶々と考えてた事を口に出す』が入ってくるが。……けど、行動しないよりかはどんな動機であれ行動するってのは遥かにそっちの方がいいと思うぜ」


 デイモスはそう言うと、よっこいしょと呟きながら座っていたベンチから立ち上がった。


 「お、おい!ちょっ、何で急に立ち上がったんだよ!」


 慌てる俺に対し、デイモスは。


 「何って決まってんだろ?あの絡んでる奴らにちょっと文句言ってくる。それが駄目なら実力行使で」


 そう言って彼女の方向へと歩き出そうとするデイモスの腕を、俺は慌てて掴んで引き止める。


 「いやいや待て待て!いくらなんでも暴力はマズい!なるべく血を流す事なく平和的に解決するべきだって!……ん?」


 ここまで喋ったところで、俺はある一つの作戦を思い付いた。が、この作戦の実行には個人的にかなり抵抗がある。出来るなら絶対にやりたくない。

 だが、この作戦が最も『血を流さない平和的解決』を達成できる確率が高いだろう。それに状況が状況なだけにこれ以上グダグダしていられない。


 俺は小さく息を吐き、覚悟を決めた。


 「……なぁ、デイモス。ひとつ作戦を思いついた。……一応確認だけどお前、痛みって感じなかったよな?」


 「ん?あぁ、感じねぇよ。……二日酔いの頭痛は感じるけどな」


 お前の頭はどうなってんだよ、という呟きはぐっと飲み込んで、俺はデイモスに常軌を逸した作戦を伝えた。


 

 ◆◆◆◆◆


 

 「なぁなぁ~、良いじゃねぇかよォ~!俺たちとちょっと遊ぼうぜぇ!」


 世紀末のような真っ赤なモヒカンと、靴を含めた全身の服を白で統一した個性の化け物みたいな大柄な男が、ニタニタと下卑た笑みを浮かべながら少女にそう言った。


 ――とりあえずこの男を『ニワトリ』と呼ぶ事にする。……完全に見た目で決めました、反省はしてない。


 すると、ニワトリの両隣にいるこれまたお揃いの色違い世紀末ヘアー(黄)と、全身灰色の男二人がクイックイッと首を前後に動かしながらそれに続く。


 「クルッポゥ!ほらほらぁ、俺達と遊ぼうぜぇ!」


 「クルッポゥ!クルッポゥ!」


 鳩じゃん。


 思わず我が目と耳を疑った。

 『クルッポゥ!』の発音が完全に鳩の鳴き声のそれだし、首を激しく前後に動かしている様など申し訳ないが俺と同じ人間とは思えない。

 その芸当はもはやエンターテインメントの域に入りつつあった。
 そしてもう一人に至っては人語すら話せておらず、『クルッポゥ!』という意味不明な単語をひたすら連呼し続けながら、首を激しく前後させている。


 もうなんかどうでもいいので、ある程度まともに人語を話せたニワトリの右側のクルッポゥ!を鳩A、左を鳩Bと呼ぶ。


 一見すると仮装大会出場者と言われても全く気づかないほどだが、それでも舐めてかかってはいけない。

 この二人はニワトリよりも背丈が少し小さいが、それでも日本の男性平均身長くらいは超えているだろう。

 それに肩幅も広く、全体的に体格が良い。

 戦闘になったらまず俺は死ぬだろう。


 ”戦闘になれば”の話だが。


 ふと少女の表情を見ると、さっき会った時には想像も出来ないような冷めきった真顔で三人を眺めていた。


 なんというか、その気持ちは凄い分かる。


 すると、鳩Aが。


 「クルッポゥ!なんだお前その目はァ!つつくぞコラァ!……アニキィ、こいつどうしやすか?ちょっくら痛めつけちまいやすか?」


 「……そうだな。こういう奴は多少痛い目見せないとダメだろうからなぁ!コケーッ!コッコッコッ!」


 「クルッポゥ!!」


 あれ?ここって動物園だっけ?

 そう錯覚してしまうほどのニワトリと鳩の見事な鳴き真似を聞いたところで、そろそろこちらの準備が整った。


 よし、それでは行くとしよう。


 俺は小さくふぅと息を吐いて呼吸を軽く整え、彼らの背中に向かって威厳たっぷりの口調で第一声を放った。


 「――鳥と人間のちょうど中間の存在のような、カモノハシのような存在のチンピラどもよ。彼女に一体何をしているのだ」


 「あぁん!?なんだうっせぇなあ!こっちは今取り込み中なんd…………」


 バッと振り返ったニワトリが俺と目が会った瞬間、目を剥いてそのまま固まり微動だにしなくなった。

 それに続いてA、Bも振り向き、同様に表情を強張らせながら凍り付いた。


 現在、俺が身に着けているものはパンツ1枚と靴下と靴のみ。

 他の衣服は全て脱ぎ捨てた。

 そして、相棒であるヒノキの棒をパンツの脇に差して仁王立ちしている。


 どこからどう見ても変質者です、どうもこんにちは。


 「私の連れに何か用かな?」


 公然わいせつで今にもしょっぴかれそうな格好の俺が、普段よりも数トーン低い声でゆっくりと呟いた。


 「なっ、なっなんだお前ぇ!」


 パニックに陥ったニワトリが取り乱しながら俺にそう言った。

 『なんだお前はってか!』みたいなノリでついふざけそうになるのを抑えて、表情を崩す事なく言葉を続ける。


 「今言っただろう?私はその女性の連れだと。そして私は貴様らに尋ねたはずだ。『彼女に一体なにをしているのだ』と。私は気が長い方ではないのでね。今すぐ答えを聞きたいのだよ。……あまり私を怒らせるなよ?青二才共が……」


 腰に差していたヒノキの棒をスっと抜き、相手に色々な意味で恐怖を与える。


 「一体何なんだこいつはよぉ!おいお前ら!こいつをやっちまえ!」


 狙い通り三人はかなり怯えているようで、ニワトリが泣きそうな顔で俺を指差しながら叫んだ。

 これを受けた鳩ABが怯えた表情でジリジリとにじり寄ってくる。その二人の手にはサバイバルナイフのような大きな刃物が握られていた。


 …………どっから取り出したの?それ。

 ま、まぁけど大丈夫、大丈夫。


 ここまではおおよそ、計画通り。


 あえてニヤリと不敵に笑ってみせる。俺の笑顔を見た三人はヒッと小さく悲鳴を上げ、顔がさらに強ばった。


 ――と、その瞬間、俺の真横を通り過ぎていこうとする人影が視界の端に入った。


 「おいそこのオッサン止まれぇ!!」


 待ってましたとばかりにドスの効いた声で思いっきり叫ぶ。

 ビクゥ!と肩を跳ねさせるチンピラ達。

 そいつらは無視して、横の人物にすっと顔を向ける。


 「今、こっちをチラチラ見てただろ」


 おかしなイチャモンをつけて俺が話しかけたのは、見ず知らずのオッサンでも通りすがりの一般人でもない。

 俺がよく知るあのオッサンである。


 「な、なんなんですか急に……。別に見ていませんよ……」


 声を震わせて気弱そうな演技をしながら、デイモスはそう言った。


 作戦通りに完璧な演技をしてくれているデイモスに続き、俺も作戦通りの行動を起こす。


 「問答無用!」


 そう言って俺は右手に握り締めたヒノキの棒を、いきなり――勿論、作戦通りなのだが――デイモスの横顔に叩きつけた。


 この一撃を受けたデイモスは数メートルほど勢いよく吹っ飛んでいく。


 傍から見てたら正気の沙汰とは思えない行動。だが、まだ終わりではない。

 俺は倒れたデイモスの傍に近寄り、攻撃を続ける。


 「フンッ!フンッ!フンッ!」


 俺がデイモスにヒノキの棒を大きな動きで振り下ろす度に、血飛沫とグチャリという嫌な音が周囲に響く。

 チラリとあの三人組を見ると、さっきまで血色の良かった顔が真っ青になってガタガタと震えている。

 どうやらかなり効いているようだ。


 俺は攻撃する手を止めない。


 「グガッ、ゲッ、グハッ」


 デイモスも迫真の演技で俺をアシストする。


 だけど、これだけ全力で殴り続けているので、攻撃が効かないとはいえども流石にデイモスの身体が心配になってきた。

 若干、殴る力を緩めてデイモスの様子を伺う。

 そこで俺はある事に気付いた。


 …………ッ!こいつッ!俺にだけ分かるようにしてニヤついてやがる……ッ!


 チラッチラッと三人組の反応をさりげなく確認しては、こっちを向いてニヤッと笑っていた。

 ドSとドMのニュータイプですね、分かります。


 ……なんというか、大丈夫そうで安心した。


 だが、デイモスは大丈夫でも俺がヤバい。

 これまでの人生の中で、道具を使って全力で人を殴り続ける事なんて一度もなかった――当たり前だが――俺の精神がそろそろ限界を迎えてきている。


 どうやら異世界に来たからといって、平気な顔で暴力振るったり、あっさり人を殺したりするサイコキラー主人公になれるわけではないらしい。


 というわけで、終わりにしよう。俺はもう疲れた。


 「オラァ!」


 俺はデイモスの後頭部を、渾身の力で殴り付けた。

 ゴッ!という鈍い打撃音が響き渡り、デイモスはピタリと身体の動きを止めた。苦悶に満ちた表情で彼ら三人組を見つめ、呼吸まで止めて死んだフリをしている。

 もひとつオマケにとばかりに、でろりとお目目を飛び出させるアドリブまで決めやがった。


 こんなの知らずに見たらトラウマになるに違いない。だって、全部知ってたはずの俺がトラウマになりかけているんだから間違いない。


 「ヒィィィィィェェェェ!!!」


 案の定、チンピラ達は世紀末ヘアーを振り乱しながら一目散に走って逃げていった。


 チンピラ達が完全に見えなくなったところで、しゃがみ込んで倒れているデイモスの肩をポンポンと叩き声を掛ける。


 「デイモス、もういいぞ。……にしてもお前、演技力やべぇな。随分とノリノリで演技してたじゃん。最初に俺の作戦を聞いた時は『お前を倒した方が世界が平和になるんじゃないか?』とか言って渋々だったくせに、最終的には俺以上にノリノリじゃなかった?」


 「……だってあいつらのビビった顔すげぇおもしろくてよ。ついついやっちまった」


 デイモスがむっくりと起き上がる時には、俺がぶっ叩いて出来た怪我は傷跡ひとつ残さず全て綺麗に消えていた。


 その事を確認した俺はホッと安堵のため息をついた。


 これで作戦の全てが成功という形で完了した訳だ。


 ――さて、では今回の作戦を簡単に説明する。

 まずはじめに、俺が色々とヤバくて関わっちゃいけないぐらいの危ない奴のフリをする。

 そして、そのまま三人組に接触し、常軌を逸した行動を繰り返せば勝手に相手が逃げてくれるだろうという作戦だ。

 非常にザックリとした説明だが、大まかな流れはこれで別に間違っていない。


 誰だってヤベー奴とは関わりたくないからね。当たり前だよね。


 ……と、まぁ、そんな感じで作戦は全て上手くいったんだが、世の中……特にこの異世界は、そんなに都合良くいかない事を俺は再び思い知る事になる。


 俺は作戦の根幹でもある非常に重要な事を完全に忘れていた。

 絶対に忘れてはならなかった事。

 それを、今、全てが終わったこの瞬間に、思い出した。


 ――女の子に見られる事を全く考えてなかった――。


 パンツ一丁の勇者の全身からサーッと血の気が引き、さっきのニワトリの服装のように段々と真っ白になっていく。


 全身が白で統一され、手にはヒノキの棒を握り締めたその姿はニワトリというよりも、さながら連邦の白い悪魔のようであった。

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