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第三章 ゾムベル編

第二十三話 『逃げる』コマンドが見つかりません

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 あれから後ろは一切見ずに必死に走り続けた俺とオッサンゾンビ。

 周囲にはこの二人の足音と俺の呼吸音だけが響く。さすがに逃げ切れただろうと、俺は走りながら後ろを振り返った。


 「これだけ走ったんだから相当距離が離れただろう!……………ンギャアアアアア!!全然離れてねぇ!むしろ距離が縮んで来てる!これあれだ!!絶対逃げ切れねぇわ!!」


 「おいどうすんだ!俺は死ぬのはゴメンだぞ!は、早く!作戦とやらを教えろください!」


 「だからお前はもう死んでるだろうがよ!……クソっ!走りながらだけど仕方ねぇ!作戦を伝えるからちゃんと聞いてろよ!」


 「分かった!聞いてるから早く言えって!!」


 オッサンが必死に悲鳴のような叫び声を上げているので、そろそろ教えてあげよう。

 そうして俺の横にならんで走っているオッサンに、顔をスっと向けてこう言った。


 「まずはオッサンがあの化け物と戦います。そうしてオッサンが時間を稼いでいるその隙に俺は逃げます。そs……」

 

 「この、人でなしがあああぁぁぁぁ!!!」


 俺が話している途中でブチ切れたオッサンは、怒りに目を剥いて絶叫した。

 そのあまりの剣幕に流石にビビった俺は、僅かに声を震わせながら説明を続ける。


 「ちょ……ま、待ってくれ!違う、誤解だって!別に見捨てようとかそういう事じゃないから!今のオッサンはアンデッドだろ?そんでさっき見た限り、今のオッサンの耐久力は明らかに普通の人間のそれを凌駕している!その耐久力を使って時間を稼いでいる間に、俺が墓地の入口に置いてあったランプを持ってくればワンチャンいけるんじゃねぇかなって!」


 「あ!?ランプごときで何が出来るってんだ!んなもん今の状況じゃクソの役にも立ちゃしねぇんだよっ!」


 「違うって!俺が欲しいのはランプの中にある火の方だ!アンデッドの弱点といったら火と水だろ?」


 ここで俺の意図する事が伝わったようだ。

 オッサンから怒りの表情は消えたが、依然として厳しい顔のままだ。


 「だったらお前が時間稼ぎをすればいいんじゃねぇのか?俺はアンデッドだから多分疲れないし、ここまで走った感じだとスタミナも無くならないみたいだから俺が取りに行く方が何かと都合もいいだろ。それに、お前は勇者なんだろ?だったら、なんかすげぇ魔法や特殊能力のひとつくらい持ってんだろ。それを使ってあいつを倒すか、それが無理でもせめて時間稼ぎくらいは出来るだろ」


 「……ぃです」


 「あ?何だって?」


 消え入るような俺の声を聞き取れなかったらしく、オッサンは聞き直してくる。

 それに俺は弱々しい情けない声で呟いた。


 「俺、魔法も特殊能力も使えないです………」


 「えぇ……?」


 困惑した様子のオッサン。

 ごめん……こればっかりは何も言えねぇ……。


 「チッ……、しゃーねーな。ちょっとだけだが俺が時間稼ぎしてやる。俺が死ぬ前にさっさと火を持ってこい」


 渋々と言った様子でオッサンは承諾してくれた。


 「すまん!俺はお前が戦ってる後ろの方で、敵に回り込まれないように細心の注意を払いながら『逃げる』コマンド連打しておくから!絶対に見捨てないから!少しの時間だけでいいから頑張ってくれ!」


 「お前は簡単に言ってくれるが、俺は何も武器を持ってないんだぞ!あんな化け物と正面からタイマン張ったら、少しの時間どころか1分持つかすら怪しいんだよ!」


 「武器だな!分かった!じゃあ、これを受け取れ!」


 俺は腰に差していた相棒をすっと抜き、そのままオッサンに手渡す。


 「………これは?」


 マジマジと相棒を見つめるオッサンにこう言った。


 「俺の相棒(物理)の『ヒノキの棒』だ。全財産の5分の4を払って購入した業物だ。……誰がなんと言おうとこれは業物だ、異論は認めん」


 オッサンの顔が引きつっているが、俺はそれをスルーして話を続けた。


 「最後に、俺の生まれた国にあるこの言葉を送ろう。―――『目には目を、歯には歯を、化け物には化け物ぶつけんだよ』」


 「そりゃあれか。俺と、あのデロデロに腐ったガチの化け物が同類ってか」


 「さあ!後のことは頼んだぞ!それじゃあ頑張ってくれ!」


 無理やりオッサンの話を切って、俺は入口がある方向へと走る向きを変えた。

 後ろからオッサンの悲鳴が聞こえたような気がしたが、きっとオッサンは大丈夫だ。

 うん、大丈夫。

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