上 下
29 / 43

聖女はまたたび

しおりを挟む
「イゴール様の解呪は少しずつ進んでいるようです。あと10回ほど温泉に入れば、完全に解呪されるでしょう」


 三日後に温泉の効果がきれたイゴールを鑑定したスヴェンが断定した途端、部屋の中に歓喜の声や安堵のため息が満ちた。エルンスト達3人は当然だという顔をしているけれど、私は不安だったから心底ほっとした。
 よかった、私の温泉はきちんと効いていた。イゴールが助かることが、ただただ嬉しい。
 ヴィンセントがこちらを向き、希望できらきらと輝く顔で見つめてきた。


「サキ、本当に……本当に、感謝する。サキの望み通り、一等地の土地と建物をいくつかピックアップしている。全てサキの物にしてほしい。いくらでも改装しよう」
「ありがとうございます」
「サキには、これからも魔物除けの温泉を出してほしい。対価はサキが望むものを用意する」
「わかりました。対価はお金でお願いします」


 スローライフをするには、お金が必須!
 私が望む生活は、旅行をしたりほしいものを好きに買ったり、家事などを誰かに頼んで自分はのんびりすること。通帳残高を気にしながらニートなんて、恐ろしくて出来ない性格なのだ。


「後で契約書を見て、問題なければサインをお願いする」
「はい。ひとつお願いがあるんですが、次に魔物除けの作戦を実行するとき、私もその場にいていいですか?」


 スキルと技術を駆使して側溝を作っているので、私たちがいる一番大きな街を囲むぶんはもうすぐ出来上がるそうだ。
 その時に、私の存在を見せつけるのがいいとエルンストが言っていた。そうすれば北領の人たちは私に感謝し、王都の人間が手を出しづらくなると。
 貴族が私の暗殺などを依頼しても契約書に反することになるだろうとギルも言っていたけれど、できる手はすべて打っておきたいそうだ。自分の命がかかっている以上、私もその意見に賛成だ。
 エルンストに何か聞いているのか、ヴィンセントはすぐに頷いた。


「こちらとしても、そのほうがいい」
「では、そのようにお願いします」


 打ち合せを終え、イゴールに孫のように可愛がられてから部屋を出る。
 おじいちゃんみたいと思っていることが伝わったのか、実際に「私のことはおじいちゃんと呼んでくれ」と言われて、たくさんのお菓子をもらった。それもまたおじいちゃんの行動っぽくて、一気に打ち解けてしまった。

 客室へ戻り、散歩でもしようかと考えていると、ギルに服の裾を握られた。


「……少しは警戒してくれ。アグレル家はサキを取り込もうとしている。じゃないと厳格なイゴールがおじいちゃんと呼ばせて、見せびらかすように可愛がることはしない」
「ありがとう、ギル。頭に入れておくね」


 私の温泉がないと、イゴールは解呪できない。そしてアグレル家や北領の貴族は、もはや温泉のとりこ。
 回復や美容の温泉を出したところ、みんなやみつきになった。特にバートのハマりようがすごくて、一日に何度も温泉に入っている。
 使用人たちにも温泉に浸かってもらっているし、イゴールの呪いを解いたので、私たちの扱いは非常にいい。


「あと、スヴェンには注意してくれ」
「スヴェンさんに?」


 イゴールと会う時はスヴェンもいるので顔を合わせることはあるが、話したことは少ない。あの真面目でキリッとしたスヴェンを警戒?


「スヴェンは自分のことを惚れっぽいと言っていた。本当に惚れっぽいのだと。今まで何百回も惚れていて、すでにサキをかなり好きだがサキが迷惑に思うだろうから近付かないと言われた」
「えっ、あのスヴェンさんが惚れっぽい!? 私を好き!?」
「当たり前だ。イゴールを治したのに、おごり高ぶらず美しい」
「美しいって……ギルのほうが綺麗だよ」
「サキは美しいが?」


 真顔でギルにそう言われると、どう返事をすればいいかわからない。
 熱くなってきた頬を指先で冷やしながら、ごまかすようにお茶を飲んだ。


「ちなみに、昨日見かけた綺麗な人妻を好きになり、今日はまたサキに惚れたそうだ。よくわからん男だから近付かないように」
「あっ、スヴェンさんの好きってそんな感じなんだね。わかった、覚えとく」
「……僕のほうが早くサキと出会ったのに、スヴェンにサキのことがわかるはずがない」


 なぜか拗ねるギルが可愛くて、頬の熱がやんわりと引いていく。
 この中では、ギルが一番年下だ。私たちに心を許してきたのか、こういうふうに自分のことを言うようになったのが嬉しい。
 気まぐれな猫に懐かれたような気持ちになりながら、そっと頭にふれてみる。拒否されず、少しだけ頭を寄せてきたので、そうっと頭をなでた。


「ヴィンセントにも注意してほしい。自分の父が突然呪いに倒れて当主になり、王には土地ごと見捨てられ加勢はなく、魔物が強くなっていく中で、北領が滅びないよう足掻いていたんだ。そこへ全てを女神のように救うサキが現れた。この状況を考えれば納得できるが、サキを見る目がだんだんと甘くなっている」


 ヴィンセントからは着られないほど多くの素敵な洋服や装飾品が届けられている。食事は豪華になって至れり尽くせりだ。温泉を出してくれるお礼だと言っていたが、もらいすぎな気がする。
 ヴィンセントは一日に何度も訪ねてきて、私と軽く会話をしていく。彼が誠実なのが、この数日でよくわかった。


「私の温泉目当てだと思うから大丈夫だよ」
「これだからサキは」


 なぜか思いきりため息をつかれたが、よく考えてほしい。北領を治める当主なんだから、相手がいるはずだ。こう言っても反論されるだろうから、口には出さないけれども。
 その後なぜか黙ってエルンストとレオも頭を差し出してきたので、頭を撫でることになった。なんだか猫にモテているような気持ちになる午後だった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

私は女神じゃありません!!〜この世界の美的感覚はおかしい〜

朝比奈
恋愛
年齢=彼氏いない歴な平凡かつ地味顔な私はある日突然美的感覚がおかしい異世界にトリップしてしまったようでして・・・。 (この世界で私はめっちゃ美人ってどゆこと??) これは主人公が美的感覚が違う世界で醜い男(私にとってイケメン)に恋に落ちる物語。 所々、意味が違うのに使っちゃってる言葉とかあれば教えて下さると幸いです。 暇つぶしにでも呼んでくれると嬉しいです。 ※休載中 (4月5日前後から投稿再開予定です)

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

異世界の美醜と私の認識について

佐藤 ちな
恋愛
 ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。  そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。  そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。  不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!  美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。 * 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました

市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。 ……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。 それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?! 上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる? このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!! ※小説家になろう様でも投稿しています

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

処理中です...