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惚れ薬疑惑
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「馬はいつものとこでいいか?」
「ああ。餌は持ってきたか?」
「おう。井戸を借りるな」
人間離れした美貌を持つ人とレオが喋るのを、ぼうっと見つめる。こんなに綺麗な人間を見たのは初めてだ。
「紹介するな。雇い主のサキと、一緒に行動してるエルンスト」
「はじめまして。よろしくお願いいたします」
「は、はじめまして。サキと申します」
冷たい目で見られて、慌てて頭を下げる。初対面の人間に凝視されたら気分を害するのは当たり前だ。
エルンストとレオというタイプの違うイケメンと数日過ごして、耐性が付いたはずだ。ちゃんとしないと。
「こっちは俺の友人のギルだ」
「ギルムングヴァールだ。ギルでいい」
艶やかで意外と低い声が、聞きなれない名前を早口で告げる。
ギルム……バル?
一度では覚えられなかったので、あちらの言う通りギルと呼ばせてもらおう。
「レオが訳ありの女性の護衛を受けるとはな。どういう風の吹き回しだ」
「俺のスキルだ」
「そうか。……まあ、入れ。レオに頼まれたからには、スキルの鑑定だけはしてやろう」
レオが厩に馬をつないでくるのを待っている間に靴の汚れを落として、家に入れてもらう。
家の中は、思ったよりも広かった。あたたかみのある木の壁には、カラフルなパッチワークがかけられている。床にも可愛らしい模様があって、外観だけでなく中もメルヘンだった。
……これくらい綺麗な顔をしていると、男性でも違和感なく可愛い家に住めるんだなぁ。
リビングに通してくれたギルは、すぐに本題に入った。
「サキはどんなスキルを持っている? それにより、どのアイテムを使って鑑定するかが変わる。できるだけ誤魔化さないでくれ」
「私のスキルは温泉で、私が出すお湯にいろんな効能をつけることができます。どんな効能をつけられるか、どんな状況で効くかなど、まだ知らないことばかりです。よろしくお願いします」
「……なに?」
ギルは怪訝そうに眉をひそめ、何か言いたそうに私を見る。
「……まず、僕に敬語を使うのはやめてくれ。女性にそんなふうに話しかけられるのは慣れていないんだ」
「あ、はい……ええと、うん」
言い直したのに、ギルはまだ探るように見てくる。ここで機嫌を損ねてしまったら、スキルを知る機会がなくなってしまう。
鑑定スキルは貴重で、ほとんどが貴族に雇われていたり、結婚して取り込まれているそうだ。そうでない人には、鑑定待ちの行列ができていて、鑑定してもらえるのは数か月以上先だと言われている。
「初対面の方に敬語を使うのは、私の癖なんです。ギルさんの機嫌を損ねてしまっていたらごめんなさい」
「……機嫌を損ねてなどいない。敬語はやめてくれ」
「はいっ、いえっ、うん!」
つい敬語で返事をしてしまったのを勢いでごまかしたが、ごまかせていないかもしれない。
小さくレオがふきだし、ギルの肩に腕をのせた。
「レオ、重いぞ!」
「ギルにサキの事情は話していないんだ。雇い主のことを勝手に話すなんてこと出来ないからな。サキの年齢でどんなスキルか分かっていないなんて有り得ないから、ギルは警戒してる。ギルが作るアイテムでしかわからないスキルの詳細を知るために来たと思ってたんだよ」
「そうなんだね。レオが信頼している人なら話していいよ。……ギルさんがよければだけど」
話したら、ギルも巻き込んでしまうかもしれない。心配する私に、レオは首をすくめてみせた。
「ギルにも言ったほうがいいって、俺の直感が言ってる」
「レオのスキルがそう言っているのなら、後で聞こう。まずはその温泉とやらを出してくれ。詳細な鑑定には時間がかかるから、そのあいだに聞く。これに入れてくれ」
ギルに差し出されたのは、大きな瓶だった。1リットルくらい入りそうな瓶に手をかざして、どんな温泉を出そうか考える。
「回復の温泉を出してみるのはどうでしょう? あれは素晴らしいものでしたから」
「そうします! そういえば、回復の温泉しか出したことがなかったですね」
エルンストの提案通り、回復の温泉を出していると、ギルの顔が険しくなった。
「……詳細がわからないスキルを使ったのか?」
「あっ……ごめんなさい」
「私が倒れたから、サキさんが自分のスキルを使ってくださったのです」
反射的に謝った私を庇って、エルンストが前に立つ。その横にレオも立ち、ギルの鋭い視線を遮ってくれた。
「俺の直感も大丈夫だと言っていた。一番に俺が温泉に浸かって、効果を確かめたんだ」
「……どんな効果があるかわからないのに? レオがこれだけ骨抜きにされているのを見ると、惚れ薬が混じっていた可能性が高い」
「そんなこと有り得ません! サキさんはそんなことをする方ではない!」
「そうだ! サキは絶対にそんなことをしない!」
ふたりが、私のために怒ってくれている。それを見て、私の体には衝撃が走っていた。
「ギルさんの言う通りかもしれない……!」
「は?」
温泉に入ったあと、エルンストは私の手の甲にキスをした。レオが私に好意を示してきたのも、温泉に入った後だ。
動きを止めたギルには気付かず、私は続けた。
「ふたりに好かれたいと思って、気付かないうちに惚れ薬的なものを入れていたかもしれないです!」
「……サキさんは、私に好かれたいと思っていたのですか? なんていじらしい……」
「そんなことしなくても、俺がサキを好きなことに変わりはないのに。ギル、惚れ薬が入ってるかなんて調べなくてもいいぞ」
「ほら、おかしい! ギルさん、早く調べてください!」
「……普通、逆だろう」
「逆?」
「サキが調べるのを拒否し、レオとエルンストが調べろと言うんじゃないか? こういう時は」
「そんなのいいから、早く調べないと、ふたりが!」
「わかった、落ち着け」
ギルは冷静だった。回復の温泉が入った瓶を受け取り、レオに手を伸ばす。
「レオのことだ、サキが過去に出していた温泉も取ってあるんだろう。出せ」
「調べても惚れ薬なんて入ってないぞ!」
「サキが調べたいと言っているんだが?」
「ぐっ……!」
「レオ、出して。お願い!」
「サキ、その言い方はずるい……」
レオがしぶしぶマジックバックから出したのは、ギルに渡されたものと同じ瓶だった。ふたつあるそれは、どちらも透明な液体がたっぷりと入っている。
「しるしがついている方が、サキが初めて出した回復の温泉。こっちが、昨夜出したものだ」
「わかった。まずは調べてくる」
三つの瓶を軽々と持ったギルは部屋を出ていき、数分後に帰ってきた。瓶は持っておらず、カップとお菓子がのっているトレーを持っている。
あっ、手土産を渡していない! 意外な家への行き方と綺麗すぎるギルに驚いて、頭からすっぽ抜けてた!
レオにアイコンタクトをして、いつの間にか用意していたエルンストの手土産と一緒に渡してもらう。エルンストが椅子を引いてくれ、レオが差し出してくれた手に手を重ねて座った。
恥ずかしいけど、これがこの世界での女性の座り方らしい。現にギルも気にする様子がない。
湯気が出ているお茶とクッキーを置いてから、ギルは切り出した。
「サキの事情とはなんだ?」
「ああ。餌は持ってきたか?」
「おう。井戸を借りるな」
人間離れした美貌を持つ人とレオが喋るのを、ぼうっと見つめる。こんなに綺麗な人間を見たのは初めてだ。
「紹介するな。雇い主のサキと、一緒に行動してるエルンスト」
「はじめまして。よろしくお願いいたします」
「は、はじめまして。サキと申します」
冷たい目で見られて、慌てて頭を下げる。初対面の人間に凝視されたら気分を害するのは当たり前だ。
エルンストとレオというタイプの違うイケメンと数日過ごして、耐性が付いたはずだ。ちゃんとしないと。
「こっちは俺の友人のギルだ」
「ギルムングヴァールだ。ギルでいい」
艶やかで意外と低い声が、聞きなれない名前を早口で告げる。
ギルム……バル?
一度では覚えられなかったので、あちらの言う通りギルと呼ばせてもらおう。
「レオが訳ありの女性の護衛を受けるとはな。どういう風の吹き回しだ」
「俺のスキルだ」
「そうか。……まあ、入れ。レオに頼まれたからには、スキルの鑑定だけはしてやろう」
レオが厩に馬をつないでくるのを待っている間に靴の汚れを落として、家に入れてもらう。
家の中は、思ったよりも広かった。あたたかみのある木の壁には、カラフルなパッチワークがかけられている。床にも可愛らしい模様があって、外観だけでなく中もメルヘンだった。
……これくらい綺麗な顔をしていると、男性でも違和感なく可愛い家に住めるんだなぁ。
リビングに通してくれたギルは、すぐに本題に入った。
「サキはどんなスキルを持っている? それにより、どのアイテムを使って鑑定するかが変わる。できるだけ誤魔化さないでくれ」
「私のスキルは温泉で、私が出すお湯にいろんな効能をつけることができます。どんな効能をつけられるか、どんな状況で効くかなど、まだ知らないことばかりです。よろしくお願いします」
「……なに?」
ギルは怪訝そうに眉をひそめ、何か言いたそうに私を見る。
「……まず、僕に敬語を使うのはやめてくれ。女性にそんなふうに話しかけられるのは慣れていないんだ」
「あ、はい……ええと、うん」
言い直したのに、ギルはまだ探るように見てくる。ここで機嫌を損ねてしまったら、スキルを知る機会がなくなってしまう。
鑑定スキルは貴重で、ほとんどが貴族に雇われていたり、結婚して取り込まれているそうだ。そうでない人には、鑑定待ちの行列ができていて、鑑定してもらえるのは数か月以上先だと言われている。
「初対面の方に敬語を使うのは、私の癖なんです。ギルさんの機嫌を損ねてしまっていたらごめんなさい」
「……機嫌を損ねてなどいない。敬語はやめてくれ」
「はいっ、いえっ、うん!」
つい敬語で返事をしてしまったのを勢いでごまかしたが、ごまかせていないかもしれない。
小さくレオがふきだし、ギルの肩に腕をのせた。
「レオ、重いぞ!」
「ギルにサキの事情は話していないんだ。雇い主のことを勝手に話すなんてこと出来ないからな。サキの年齢でどんなスキルか分かっていないなんて有り得ないから、ギルは警戒してる。ギルが作るアイテムでしかわからないスキルの詳細を知るために来たと思ってたんだよ」
「そうなんだね。レオが信頼している人なら話していいよ。……ギルさんがよければだけど」
話したら、ギルも巻き込んでしまうかもしれない。心配する私に、レオは首をすくめてみせた。
「ギルにも言ったほうがいいって、俺の直感が言ってる」
「レオのスキルがそう言っているのなら、後で聞こう。まずはその温泉とやらを出してくれ。詳細な鑑定には時間がかかるから、そのあいだに聞く。これに入れてくれ」
ギルに差し出されたのは、大きな瓶だった。1リットルくらい入りそうな瓶に手をかざして、どんな温泉を出そうか考える。
「回復の温泉を出してみるのはどうでしょう? あれは素晴らしいものでしたから」
「そうします! そういえば、回復の温泉しか出したことがなかったですね」
エルンストの提案通り、回復の温泉を出していると、ギルの顔が険しくなった。
「……詳細がわからないスキルを使ったのか?」
「あっ……ごめんなさい」
「私が倒れたから、サキさんが自分のスキルを使ってくださったのです」
反射的に謝った私を庇って、エルンストが前に立つ。その横にレオも立ち、ギルの鋭い視線を遮ってくれた。
「俺の直感も大丈夫だと言っていた。一番に俺が温泉に浸かって、効果を確かめたんだ」
「……どんな効果があるかわからないのに? レオがこれだけ骨抜きにされているのを見ると、惚れ薬が混じっていた可能性が高い」
「そんなこと有り得ません! サキさんはそんなことをする方ではない!」
「そうだ! サキは絶対にそんなことをしない!」
ふたりが、私のために怒ってくれている。それを見て、私の体には衝撃が走っていた。
「ギルさんの言う通りかもしれない……!」
「は?」
温泉に入ったあと、エルンストは私の手の甲にキスをした。レオが私に好意を示してきたのも、温泉に入った後だ。
動きを止めたギルには気付かず、私は続けた。
「ふたりに好かれたいと思って、気付かないうちに惚れ薬的なものを入れていたかもしれないです!」
「……サキさんは、私に好かれたいと思っていたのですか? なんていじらしい……」
「そんなことしなくても、俺がサキを好きなことに変わりはないのに。ギル、惚れ薬が入ってるかなんて調べなくてもいいぞ」
「ほら、おかしい! ギルさん、早く調べてください!」
「……普通、逆だろう」
「逆?」
「サキが調べるのを拒否し、レオとエルンストが調べろと言うんじゃないか? こういう時は」
「そんなのいいから、早く調べないと、ふたりが!」
「わかった、落ち着け」
ギルは冷静だった。回復の温泉が入った瓶を受け取り、レオに手を伸ばす。
「レオのことだ、サキが過去に出していた温泉も取ってあるんだろう。出せ」
「調べても惚れ薬なんて入ってないぞ!」
「サキが調べたいと言っているんだが?」
「ぐっ……!」
「レオ、出して。お願い!」
「サキ、その言い方はずるい……」
レオがしぶしぶマジックバックから出したのは、ギルに渡されたものと同じ瓶だった。ふたつあるそれは、どちらも透明な液体がたっぷりと入っている。
「しるしがついている方が、サキが初めて出した回復の温泉。こっちが、昨夜出したものだ」
「わかった。まずは調べてくる」
三つの瓶を軽々と持ったギルは部屋を出ていき、数分後に帰ってきた。瓶は持っておらず、カップとお菓子がのっているトレーを持っている。
あっ、手土産を渡していない! 意外な家への行き方と綺麗すぎるギルに驚いて、頭からすっぽ抜けてた!
レオにアイコンタクトをして、いつの間にか用意していたエルンストの手土産と一緒に渡してもらう。エルンストが椅子を引いてくれ、レオが差し出してくれた手に手を重ねて座った。
恥ずかしいけど、これがこの世界での女性の座り方らしい。現にギルも気にする様子がない。
湯気が出ているお茶とクッキーを置いてから、ギルは切り出した。
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