上 下
41 / 55

実はその要素はあるんだ2

しおりを挟む
 いくらゲームの内容を思い出しても、そんな描写はなかった。誰にでも優しくて、太陽のように明るいテオバルト。

(いいえ、ここはゲームの世界ではないわ! 何度もそう思ったじゃないの! ゲームではなく、今のテオバルト様を見るのよ!)

 慌てるアデルの耳に、やわらかな笑い声が届いた。小さくても間違うことはない、テオバルトの声。


「……ごめん、冗談だよアデル嬢。驚かせてごめんね」
「いえ、こちらこそご心配をおかけして申し訳ありません。これから裁判までは外に出ないつもりですわ」
「うん。アデル嬢、覚えておいて。アデル嬢の心にも体も、これ以上傷ついてほしくないのは本音だから」
「……はい」


 テオバルトの心配が、嬉しくて少しこそばゆい。
 テオバルトの目にまだハイライトが戻っていないことに気付かず、アデルは居住まいをただした。


「テオバルト様にお話ししなければならないことがあります。実は、裁判の証拠が揃ったのです。……ここまで来てようやく、私は気付きました。テオバルト様の気持ちを、心を聞いていないことに」
「俺の心?」
「はい。私は、テオバルト様が冤罪を晴らしたいか……騎士に戻りたいかさえ、聞いていませんでした」


 テオバルトがそれを望むのは当たり前だと思って、気にかけてすらいなかった。
 どれだけ自分が身勝手だったか気付いた時はもう、羞恥のあまり地面に埋まってそのまま死にたいほどだった。
 テオバルトに何かの理由があってこのままでいたいのならば、アデルがこの数か月してきたことは全て無駄になる。前世の記憶が戻った時点でさっさと婚約破棄をして、テオバルトを自由にしてあげられた。


「……アデル嬢。ふれてもいい?」


 脈をはかって、アデルの気持ちを探るのだろうか?

 素直に差し出したアデルの腕に、テオバルトのたくましい手がふれた。背中にそっと手を添えられて立つように促されたアデルは、そのままソファーへと導かれる。
 先にソファーに座ったテオバルトに手を引かれ、アデルはテオバルトの脚に腰を下ろした。


「きゃっ! テオバルト様……!?」
「ふれてもいいんだよね?」
「いいです、けど、これはさすがに……!」


 テオバルトの脚の上で横抱きにされているアデルの右側は、テオバルトの体にぴったりとくっついている。体を支えるために回された腕は見かけより太く、しっかりとアデルを抱きかかえていた。
 かつてないほど近く、テオバルトの体温を全身で感じているアデルは、失神しそうなほど真っ赤になっていた。


「お、重いですわ……!」
「軽くて心配だよ。もっとちゃんと食べないと」
「ひぇ……」
「ふふ、可愛い」


 とろけるような甘い声で囁かれ、アデルの頭は沸騰寸前だった。
 テオバルトが何を考えてこの行動に至ったのか、ろくに働かない頭で考えてもさっぱりわからない。
 自分の心臓の音が大きくて速くて、テオバルトに聞こえてしまっていないか心配でたまらない。


「俺も謝らなくちゃいけない。アデル嬢だけじゃなくて、俺もきちんと話していなかった。言い訳になってしまうけど、裁判からずっと目まぐるしくて……ずっと、体と心がバラバラに動いているみたいだった。アデル嬢さえよければ、俺の気持ちを聞いてくれる?」
「はい。聞かせてください」


 テオバルトはどこか遠くを見るように微笑み、アデルを抱きしめたまま語り始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】強制力なんて怖くない!

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。 どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。 そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……? 強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。 短編です。 完結しました。 なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

逆ハーレムが成立した後の物語~原作通りに婚約破棄される当て馬女子だった私たちは、自分たちの幸せを目指して新たな人生を歩み始める~

キョウキョウ
恋愛
 前世でプレイした乙女ゲームの世界に転生したエレノラは、原作通りのストーリーを辿っていく状況を観察していた。ゲームの主人公ヒロインでもあったアルメルが、次々と攻略対象の男性たちを虜にしていく様子を介入せず、そのまま傍観し続けた。  最初の頃は、ヒロインのアルメルがゲームと同じように攻略していくのを阻止しようと奮闘した。しかし、エレノラの行動は無駄に終わってしまう。あまりにもあっさりと攻略されてしまった婚約相手の男を早々と見限り、別の未来に向けて動き始めることにした。  逆ハーレムルートの完全攻略を目指すヒロインにより、婚約破棄された女性たち。彼女たちを誘って、原作よりも価値ある未来に向けて活動を始めたエレノラ。  やがて、原作ゲームとは違う新しい人生を歩み始める者たちは、幸せを追い求めるために協力し合うことを誓うのであった。 ※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました

toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。 一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。 主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。 完結済。ハッピーエンドです。 8/2からは閑話を書けたときに追加します。 ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ 応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。 12/9の9時の投稿で一応完結と致します。 更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。 ありがとうございました!

処理中です...