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悪女捏造の記録
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「……大丈夫、大丈夫よ私。きっと出来るわ」
二日後、アデルは騎士寮にあるジェラルドの部屋の前で自分を励ましていた。
今日のアデルの態度で、ジェラルドたちが協力してくれるかが決まる。そんな予感がしていた。
「……みんな、悪いけれど何を言われても耐えてちょうだい」
軽くドアをノックすると、すぐに開いてジェラルドが顔を出した。早く入ってこいとジェスチャーされ、できるだけ素早く部屋の中へ入る。
部屋は以前と変わらず、ジェラルドしかいなかった。
「ごきげんよう、ジェラルド様」
「ああ。さっそくで悪いが、アンタがテオバルト団長を嵌めていないって証拠をくれ」
「……はい。こちらに」
サラに合図して、証拠を差し出す。
「なんだ、これは?」
「……私の報告書です。ひとまず3年間持ってきました」
分厚い報告書をぱらぱらとめくったジェラルドは、目を見開いた。
そこには、アデルの言動が三年間一日も欠かさず書かれていた。
「おい、これ……!」
「誤解がないよう言っておきますが、父が報告書を作成するように指示したのは私のためです」
「そうは言っても、これはさすがにねぇだろ!」
「……正直に言いますと、これを知った時は幻滅しました。どんな理由があっても、私の行動を書き記すなんて気持ち悪かったのです」
「そりゃそうだろ!」
「けれど、そのうち必要なことだと思い知りました。報告書の1ページ目をご覧ください」
報告書の1ページ目の日付は、10年前になっていた。
そこには、アデルが初めてお茶会に出たと書かれている。お茶会に招かれた男爵家の子息がアデルに向かって「気持ち悪い」などと言って髪を引っ張ったことが、淡々と書かれていた。
「3年間の記録と言いましたが、始まりのその日の記録だけは持ってまいりました。その男爵家は我がクレール伯爵家に借金をしていたにもかかわらず、私を悪し様に言っておりました。ご子息は両親が私を悪く言うことを聞いていたから、そのような態度をとったのでしょう」
「それは……駄目だろ」
「ええ、駄目です。ショックを受けた私が寝込んで起き上がれるようになった頃、その男爵家は没落しておりました。今でもそのことを嬉々として責める者がいますので、聞いたことがあるかもしれません」
アデルの細い指が、報告書をめくる。
次のページからは、3年前の記録になっていた。月に数回、招かれてしぶしぶ出かけるアデルの引きこもり生活が赤裸々に書かれている。
その下には、その日にどの人物がアデルの悪事を捏造してばらまいたか、お茶会やパーティーでどんな話を広めたかも一緒に記録されていた。
「父と兄の報告書も、同じように書かれています。この報告書を捏造だと思われるかもしれませんが、テオバルト様を陥れていないという証拠はこれしか持っていませんでした。質問などあれば聞いてくださいませ」
ジェラルドが食い入るように報告書を読むのを、ただじっと待つ。サラは立ち続けることに慣れていないアデルを心配したが、アデルは黙って首を振った。
報告書には、アデルがどうやってテオバルトに一目惚れしたかと、それからのストーカーの日々が書かれている。ドン引きされる覚悟で持ってきたそれを読んだジェラルドの顔色がどんどん悪くなっていく。
(やっぱりストーカー行為に引いてるわ! テオバルト様が外出する日に、行きそうなところにこっそり行くなんて気持ち悪いわよね……。驚くほど空振りだったけれど!)
休日のテオバルトはほとんど騎士団で鍛錬していて、たまに外出する時はヴァレリー家に帰るか鍛冶屋に行っていた。結局アデルは、テオバルトをパーティーで見かけては話しかけられないことを繰り返していた。
「……ここに書かれている、ソランジュ・セネヴィル嬢を助けたというのは本当か? テオバルト団長の元婚約者だろ?」
「セネヴィル家が詐欺に引っかかりそうになったことですか? それならば事実ですわ」
「なぜ助けた? 放置していれば、アンタがテオバルト団長の婚約者に……」
その言葉に、アデルは悲し気に目を伏せた。
「……見ていただいた通り、私がテオバルト様をお慕いしたのは騎士団長になる前です。ですが私が婚約をすれば、テオバルト様がいくら自分の実力で勝っても、そうは思われないでしょう。騎士団長になってすぐに婚約したのは……本当にショックでしたが、時が経つとそれでいいと思うようになりました」
「なぜだ?」
「……私は悪女で嫌われ者です。テオバルト様に話しかけるだけで、評判を落としてしまうでしょう。それに比べて、ソランジュ様は素敵なご令嬢です。テオバルト様の伴侶となる方ですから、お助けしようと思ったのです」
ジェラルドは真意を探るようにアデルを見ていたが、罵倒することも、頭から否定することもなかった。今なら聞いてくれるかもしれないと、アデルはさらに続けた。
「テオバルト様の冤罪が証明されれば、私有責で婚約破棄いたします。書類にサインをしてテオバルト様へ預けているので、裁判が終わればすぐに提出されるでしょう」
「なっ……!?」
「私は本当にテオバルト様を救いたいだけなのです! 何か知っているのなら教えてください! お願いします!」
頭を下げたアデルを、ジェラルドは長いあいだ見つめていた。息が詰まる沈黙の中、ジェラルドはアデルに顔を上げるよう伝えた。
おそるおそるジェラルドを見上げたアデルの前で、ジェラルドは勢いよく床に跪き、頭を床に打ち付けた。
二日後、アデルは騎士寮にあるジェラルドの部屋の前で自分を励ましていた。
今日のアデルの態度で、ジェラルドたちが協力してくれるかが決まる。そんな予感がしていた。
「……みんな、悪いけれど何を言われても耐えてちょうだい」
軽くドアをノックすると、すぐに開いてジェラルドが顔を出した。早く入ってこいとジェスチャーされ、できるだけ素早く部屋の中へ入る。
部屋は以前と変わらず、ジェラルドしかいなかった。
「ごきげんよう、ジェラルド様」
「ああ。さっそくで悪いが、アンタがテオバルト団長を嵌めていないって証拠をくれ」
「……はい。こちらに」
サラに合図して、証拠を差し出す。
「なんだ、これは?」
「……私の報告書です。ひとまず3年間持ってきました」
分厚い報告書をぱらぱらとめくったジェラルドは、目を見開いた。
そこには、アデルの言動が三年間一日も欠かさず書かれていた。
「おい、これ……!」
「誤解がないよう言っておきますが、父が報告書を作成するように指示したのは私のためです」
「そうは言っても、これはさすがにねぇだろ!」
「……正直に言いますと、これを知った時は幻滅しました。どんな理由があっても、私の行動を書き記すなんて気持ち悪かったのです」
「そりゃそうだろ!」
「けれど、そのうち必要なことだと思い知りました。報告書の1ページ目をご覧ください」
報告書の1ページ目の日付は、10年前になっていた。
そこには、アデルが初めてお茶会に出たと書かれている。お茶会に招かれた男爵家の子息がアデルに向かって「気持ち悪い」などと言って髪を引っ張ったことが、淡々と書かれていた。
「3年間の記録と言いましたが、始まりのその日の記録だけは持ってまいりました。その男爵家は我がクレール伯爵家に借金をしていたにもかかわらず、私を悪し様に言っておりました。ご子息は両親が私を悪く言うことを聞いていたから、そのような態度をとったのでしょう」
「それは……駄目だろ」
「ええ、駄目です。ショックを受けた私が寝込んで起き上がれるようになった頃、その男爵家は没落しておりました。今でもそのことを嬉々として責める者がいますので、聞いたことがあるかもしれません」
アデルの細い指が、報告書をめくる。
次のページからは、3年前の記録になっていた。月に数回、招かれてしぶしぶ出かけるアデルの引きこもり生活が赤裸々に書かれている。
その下には、その日にどの人物がアデルの悪事を捏造してばらまいたか、お茶会やパーティーでどんな話を広めたかも一緒に記録されていた。
「父と兄の報告書も、同じように書かれています。この報告書を捏造だと思われるかもしれませんが、テオバルト様を陥れていないという証拠はこれしか持っていませんでした。質問などあれば聞いてくださいませ」
ジェラルドが食い入るように報告書を読むのを、ただじっと待つ。サラは立ち続けることに慣れていないアデルを心配したが、アデルは黙って首を振った。
報告書には、アデルがどうやってテオバルトに一目惚れしたかと、それからのストーカーの日々が書かれている。ドン引きされる覚悟で持ってきたそれを読んだジェラルドの顔色がどんどん悪くなっていく。
(やっぱりストーカー行為に引いてるわ! テオバルト様が外出する日に、行きそうなところにこっそり行くなんて気持ち悪いわよね……。驚くほど空振りだったけれど!)
休日のテオバルトはほとんど騎士団で鍛錬していて、たまに外出する時はヴァレリー家に帰るか鍛冶屋に行っていた。結局アデルは、テオバルトをパーティーで見かけては話しかけられないことを繰り返していた。
「……ここに書かれている、ソランジュ・セネヴィル嬢を助けたというのは本当か? テオバルト団長の元婚約者だろ?」
「セネヴィル家が詐欺に引っかかりそうになったことですか? それならば事実ですわ」
「なぜ助けた? 放置していれば、アンタがテオバルト団長の婚約者に……」
その言葉に、アデルは悲し気に目を伏せた。
「……見ていただいた通り、私がテオバルト様をお慕いしたのは騎士団長になる前です。ですが私が婚約をすれば、テオバルト様がいくら自分の実力で勝っても、そうは思われないでしょう。騎士団長になってすぐに婚約したのは……本当にショックでしたが、時が経つとそれでいいと思うようになりました」
「なぜだ?」
「……私は悪女で嫌われ者です。テオバルト様に話しかけるだけで、評判を落としてしまうでしょう。それに比べて、ソランジュ様は素敵なご令嬢です。テオバルト様の伴侶となる方ですから、お助けしようと思ったのです」
ジェラルドは真意を探るようにアデルを見ていたが、罵倒することも、頭から否定することもなかった。今なら聞いてくれるかもしれないと、アデルはさらに続けた。
「テオバルト様の冤罪が証明されれば、私有責で婚約破棄いたします。書類にサインをしてテオバルト様へ預けているので、裁判が終わればすぐに提出されるでしょう」
「なっ……!?」
「私は本当にテオバルト様を救いたいだけなのです! 何か知っているのなら教えてください! お願いします!」
頭を下げたアデルを、ジェラルドは長いあいだ見つめていた。息が詰まる沈黙の中、ジェラルドはアデルに顔を上げるよう伝えた。
おそるおそるジェラルドを見上げたアデルの前で、ジェラルドは勢いよく床に跪き、頭を床に打ち付けた。
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