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2章

散々な一日

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「なんでこうなるの……?」

 アキはチラシを手に震えた声で呟いた。

「あの人は何を考えてこんな事を?ばかなの?」
「まさかこういう方向で来るとは思わなかったな」

 遠くに見えるナギサのブースを眺めながらアキとコハルは茫然と立ち尽くしていた。新しく導入した防犯魔道具のお陰でナギサの侵入を防ぐ事が出来たのは良い物の、周囲のブースは軒並み被害にあっており皆ナギサのブースへ詰めかけている。

「人様の作品に勝手に手を加えるなんて信じられない……」
「しかも善意でやってるんだから質が悪いぜ」

 ナギサは決して悪気があってやっている訳ではない。「造形魔法を使えば作品をより良く美しい物に出来る」と「教えてあげている」つもりなのだ。造形魔法を使わないという選択肢がある事自体が信じられず理解出来ない。手仕事で作った「不格好な」作品を「より良くしてあげる」。そうすれば造形魔法の素晴らしさに気づいて造形魔法をしたくなると本気で思っているのだ。

「手仕事祭への造形魔法の進出は『黒き城シャトー・ノワール』が主導で推し進めたことだ。きっとうちにもクレームが来るぜ」
「そうね。それにこれだけ騒ぎになればすぐに社長の耳にも入るはず。気が重いわ……」

 アキの夢を叶えるために「黒き城シャトー・ノワール」の社長が運営に掛け合って造形魔法の参入が決まった経緯もあり、アキは自分がこの騒動を引き起こした一因なのだと気を落としていた。ナギサもアキが手仕事祭に出ているから参加したと言っていた。自分が彼女を引き入れてしまったようなものだと。

「まぁ、ナギサの『保護者』にクレーム入れられるのは社長くらいだからな。社長に任せた方が良いかもしれないぜ」

 コハルはそういうと落ち込むアキの肩をぽんと叩いた。

 ナギサの両親は造形魔法の黎明期から活躍する著名な造形魔法技師で、「黒き城シャトー・ノワール」の社長は彼らの弟子の一人だ。夫婦に造形魔法を学んだ後、あまり表舞台に出てこない夫妻の代わりに造形魔法を広めるため「黒き城シャトー・ノワール」を設立した。そういう経緯があり造形魔法の権威とも言えるナギサの両親に物を言える人間が少なく、娘であるナギサもああいう風に育ってしまったのではないかとコハルは考えていた。

 こうなってしまった以上恐らくイベントの中だけでは納まらないだろう。造形魔法業界にとっても痛手となる可能性が大きい。今後のことを考えてナギサだけでなくナギサの両親に釘を刺して貰った方が良いのでは、とコハルは「黒き城シャトー・ノワール」の社長に進言するつもりだった。

「今日は散々な一日になりそうね」

 封鎖された区画の内側から沢山の客で賑わう外の区画を眺めながらアキはぼつりと呟いた。

 アキの予想通りその日は散々な一日となった。騒動のせいでお昼過ぎまで宝飾品・装飾品の区画が閉鎖となっていた為、一番客が流れてくる時間帯を逃してしまったのだ。

 手仕事祭は一日では周りきれない程沢山のブースが出展しているので一度通り過ぎた後に「もう一度戻ろう」と思う客が少ない。戻ろうとしても迷ってしまい結局買いに戻れないということもザラだ。さらに情報が混乱していたため朝一で来たであろう常連客の中には何故区画が封鎖されているのか分からずに帰ってしまった者も居た。決して客が少ない訳ではない。しかし封鎖された数時間で逃した客の数があまりにも多すぎた。

 貴重な時間を騒動に潰され、さらに作品に損害を与えられた職人達の怒りは凄まじいものだった。宝飾品・装飾品区画には何とも言えないピリピリとした空気が漂い、それがさらに客足を遠のける悪循環を生んでいた。

「今日はあまり売れないかもな……」

 リッカの口から思わずそんな独り言が飛び出した。いつもは開場と同時に来てくれるはずの常連客が来ない。おまけに心なしか客の流れが緩くブースに立ち寄らず素通りする客が多い。朝の早い時間帯に新作が売れる事が多いリッカにとって、あの時間に区画が封鎖されたのは大きな痛手だった。

(いや、高いブース代出してるんだからこれは無いわ……)

 出展するのもタダではない。高額な出展代を払っているからこそこういう出来事があるとダメージが大きい。明らかにテンションが下がり死んだ魚の目をしているリッカを見かねて休憩を取るように促した。

「ご飯買ってきたのでゆっくり食べて来て下さい。店は私が見ているので。色々他のお店も見たいでしょうし」

 そう言って差し入れとして買ってきた食料と飲み物をリッカに手渡す。

「ありがとうございます……」

 宝石商の気遣いに涙が出そうになった。余程酷い顔をしていたのだろう。このピリピリした空気からも逃れたい。リッカは店を宝石商に任せて休憩スペースに向かった。
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