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1章
一年の終わりに
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年内最後の日。一年の締めを飾るこの日、夜市もまた最終日を迎えていた。
(もう一年が終わってしまうとは。早いなぁ)
毎年この日は何とも言えない寂しさを感じる。夜市を巡って年を明かしそのまま社や神殿に新年のお参りに行く人が多い為、最終日の夜市は一層賑わいを見せているのだった。
リッカの売上は上々で一週間を通して物が売れない日は無かった。夜市限定商品のアクアマリンは順調に捌けて行き、来年はまた在庫を作り直さなければならない位だ。オパールもほとんど貰い手がつき残り僅かとなっていた。
一週間出店を出し続けるのは大変で、体力はもう底をつきかけている。それでも疲労感に勝る程の達成感を感じていた。周りの店もきっと同じ位疲れているだろうに、皆楽しそうに接客をしたり呼び込みをしたりしている。一年の終わりを飾る夜市は店にとっても書き入れ時であり、客や知り合いと一年の労をねぎらったり語り合ったりする大切な時間なのだ。
(あ。もうこんな時間)
夜も更けぽつぽつと店を畳み始める者も出て来た。皆この後は思い思いの時間を過ごすのだろう。
(そろそろ片付けるか)
客足が途切れたのを確認してから撤収作業を始める。毎年年越しは一人だ。実家を飛び出して以来家族と連絡を取っていない為、店で一人年越しをする。最初は寂しかったが今や慣れてしまった。
「こんばんはー」
作品を片付け机をしまおうとしている時、訪問者が訪れた。
「あれ。宝石商さん。どうしたんですか?」
「自分の店が片付いたので、手伝いに来ました。一人で大変かなと思いまして」
同じく夜市へ出店していた宝石商だ。手には何やら袋を下げている。
「ありがとうございます。でもあと机だけなので、大丈夫ですよ」
「そうですか。分かりました。じゃあこれを」
宝石商は机を店の中に閉まったリッカに謎の袋を手渡す。
「何も食べてないでしょう?私も夕方から何も食べていなくて。屋台で色々買ってきたので一緒に食べましょう」
「え!良いんですか?」
日暮れから夜更けまで店頭に立ちっぱなしだったため夕飯を取っておらず空腹だったリッカは目を輝かせながら袋を受け取った。中からは香ばしい匂いが漂ってきて食欲を刺激する。一人で店を出していると屋台へ行く時間が無く諦めていたのだが、思わぬ差し入れに心が躍った。
「中に入って下さい。お茶淹れますから!」
リッカは宝石商を見せの中へ招き入れると台所でへ向かった。薬缶でお湯を沸かしている間に袋の中身を皿に移す。大きな肉まんやフライドポテト、チョコバナナに水あめまで色々な食べ物が小分けにされて入っている。
「チョコバナナに水あめ!」
「ふふ、色々あって楽しいでしょう」
驚くリッカの表情を見て宝石商は「してやったり」という顔をした。大きな皿に色とりどりの食べ物を並べると自宅に居ながらにして屋台村に来たようで楽しい。お湯が沸騰したのでティーカップを二つ棚から取り出しお気に入りの紅茶を淹れる。冬にピッタリのアップルシナモンティーだ。
「もうすぐ一年が終わっちゃいますね」
食べ物を取り分けながら宝石商が言う。
「また今年もあっという間でしたね」
「ですねー。今年も色々ありましたけど、まぁ無事に終わって良かったです」
温かい紅茶を飲みながら甘いチョコバナナを頬張る。なんて贅沢な時間なのだろう。
「来年は何か目標でも?」
「目標ですか」
とりあえずまた1年食いつなぐこと。お客様を増やす事。より良い新作を作る事。またオパールに挑戦する事。考え出すとキリがないが
「来年は遠征をしたいなと」
「なるほど。遠征ですか」
「今年は何処にも行けなかったので、久しぶりに別の場所に出店してみたいなと思って。そうですね。例えば……ナゴヤとか」
秋の手仕事祭のような展示場を使った催しはヴィクトリアサイト以外の都市でも開催されており、職人の中には色々な都市を巡って催事に参加をしている者も多い。交通費や宿泊費がかかるので作品が売れないと厳しい面もあるが、オカチマチ周辺の大きな催事は限られているので遠征するメリットはある。
「ナゴヤですか。良いですね。食べ物も美味しいですし」
「そうなんです!きしめんとか!味噌カツとか!ひつまぶしとか!……ってそうじゃなくて。あちらは工芸系の職人さんが多いので、勉強になるかと」
催事によって客層も違えば出展者の雰囲気も違う。ナゴヤ近郊で催されるイベントは工芸系の職人が多く、客層も家族連れが多いのが特徴だ。いつもと違うイベントに出るのはリッカにとっても良い刺激になるだろう。
「なるほど。何かお手伝い出来る事があれば遠慮なく仰って下さいね」
「ありがとうございます」
ポーンと時計が鳴る音がして、外からドンドンと花火の音がした。
「年、越しましたね」
「今年も宜しくお願いします」
店の外を歩く人影はまばらで、先ほどまであれだけ賑やかだった通りはしんと静まり返っている。色々あったなどと思い返す間もなくまた新たな一年が始まる。
(今年も良い一年になりますように)
ぬるくなった紅茶を啜りながら心の中でそう願ったリッカだった。
(もう一年が終わってしまうとは。早いなぁ)
毎年この日は何とも言えない寂しさを感じる。夜市を巡って年を明かしそのまま社や神殿に新年のお参りに行く人が多い為、最終日の夜市は一層賑わいを見せているのだった。
リッカの売上は上々で一週間を通して物が売れない日は無かった。夜市限定商品のアクアマリンは順調に捌けて行き、来年はまた在庫を作り直さなければならない位だ。オパールもほとんど貰い手がつき残り僅かとなっていた。
一週間出店を出し続けるのは大変で、体力はもう底をつきかけている。それでも疲労感に勝る程の達成感を感じていた。周りの店もきっと同じ位疲れているだろうに、皆楽しそうに接客をしたり呼び込みをしたりしている。一年の終わりを飾る夜市は店にとっても書き入れ時であり、客や知り合いと一年の労をねぎらったり語り合ったりする大切な時間なのだ。
(あ。もうこんな時間)
夜も更けぽつぽつと店を畳み始める者も出て来た。皆この後は思い思いの時間を過ごすのだろう。
(そろそろ片付けるか)
客足が途切れたのを確認してから撤収作業を始める。毎年年越しは一人だ。実家を飛び出して以来家族と連絡を取っていない為、店で一人年越しをする。最初は寂しかったが今や慣れてしまった。
「こんばんはー」
作品を片付け机をしまおうとしている時、訪問者が訪れた。
「あれ。宝石商さん。どうしたんですか?」
「自分の店が片付いたので、手伝いに来ました。一人で大変かなと思いまして」
同じく夜市へ出店していた宝石商だ。手には何やら袋を下げている。
「ありがとうございます。でもあと机だけなので、大丈夫ですよ」
「そうですか。分かりました。じゃあこれを」
宝石商は机を店の中に閉まったリッカに謎の袋を手渡す。
「何も食べてないでしょう?私も夕方から何も食べていなくて。屋台で色々買ってきたので一緒に食べましょう」
「え!良いんですか?」
日暮れから夜更けまで店頭に立ちっぱなしだったため夕飯を取っておらず空腹だったリッカは目を輝かせながら袋を受け取った。中からは香ばしい匂いが漂ってきて食欲を刺激する。一人で店を出していると屋台へ行く時間が無く諦めていたのだが、思わぬ差し入れに心が躍った。
「中に入って下さい。お茶淹れますから!」
リッカは宝石商を見せの中へ招き入れると台所でへ向かった。薬缶でお湯を沸かしている間に袋の中身を皿に移す。大きな肉まんやフライドポテト、チョコバナナに水あめまで色々な食べ物が小分けにされて入っている。
「チョコバナナに水あめ!」
「ふふ、色々あって楽しいでしょう」
驚くリッカの表情を見て宝石商は「してやったり」という顔をした。大きな皿に色とりどりの食べ物を並べると自宅に居ながらにして屋台村に来たようで楽しい。お湯が沸騰したのでティーカップを二つ棚から取り出しお気に入りの紅茶を淹れる。冬にピッタリのアップルシナモンティーだ。
「もうすぐ一年が終わっちゃいますね」
食べ物を取り分けながら宝石商が言う。
「また今年もあっという間でしたね」
「ですねー。今年も色々ありましたけど、まぁ無事に終わって良かったです」
温かい紅茶を飲みながら甘いチョコバナナを頬張る。なんて贅沢な時間なのだろう。
「来年は何か目標でも?」
「目標ですか」
とりあえずまた1年食いつなぐこと。お客様を増やす事。より良い新作を作る事。またオパールに挑戦する事。考え出すとキリがないが
「来年は遠征をしたいなと」
「なるほど。遠征ですか」
「今年は何処にも行けなかったので、久しぶりに別の場所に出店してみたいなと思って。そうですね。例えば……ナゴヤとか」
秋の手仕事祭のような展示場を使った催しはヴィクトリアサイト以外の都市でも開催されており、職人の中には色々な都市を巡って催事に参加をしている者も多い。交通費や宿泊費がかかるので作品が売れないと厳しい面もあるが、オカチマチ周辺の大きな催事は限られているので遠征するメリットはある。
「ナゴヤですか。良いですね。食べ物も美味しいですし」
「そうなんです!きしめんとか!味噌カツとか!ひつまぶしとか!……ってそうじゃなくて。あちらは工芸系の職人さんが多いので、勉強になるかと」
催事によって客層も違えば出展者の雰囲気も違う。ナゴヤ近郊で催されるイベントは工芸系の職人が多く、客層も家族連れが多いのが特徴だ。いつもと違うイベントに出るのはリッカにとっても良い刺激になるだろう。
「なるほど。何かお手伝い出来る事があれば遠慮なく仰って下さいね」
「ありがとうございます」
ポーンと時計が鳴る音がして、外からドンドンと花火の音がした。
「年、越しましたね」
「今年も宜しくお願いします」
店の外を歩く人影はまばらで、先ほどまであれだけ賑やかだった通りはしんと静まり返っている。色々あったなどと思い返す間もなくまた新たな一年が始まる。
(今年も良い一年になりますように)
ぬるくなった紅茶を啜りながら心の中でそう願ったリッカだった。
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