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1章

一期一会がモットーです

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 コハルのブースを後にしたリッカは宝石商のブースへ向かった。宝石商は昔からこの即売会に参加をしており、リッカと出会ったのもこの即売会だった。宝石商のブースは品質の高いルースを販売している有名店で、特にコレクションアイテムとして買い求められるような美しい石が多いと評判だ。客ごとに好みの石をピンポイントで出してくれるのでマニアの常連客が多い。リッカもその一人だった。

「リッカさん!お待ちしておりましたよ」

 リッカを見た宝石商の顔が輝く。これはまずい。恐らく素晴らしい石を用意しているに違いないとリッカは直感した。

「こんにちはー。なんか既に一杯買っちゃって」

 すかさず「既に予算が少ないです」アピールをする。

「石の祭典ですからねぇ。魅力的な子が多くて困りますよね。まぁ、うちにも沢山良い石があるので見て行ってください」

 宝石商は間髪入れずに机の下からさっとトレーを取り出してリッカの前に置いた。

「……」

 大きくて透明感があり、傷が無い極彩色の遊色を持つウォーターオパール。まるで朝露に虹が映っているような幻想的な美しさだ。半透明で乳白色の地にエメラルドグリーンの星が細かく散らばった天の川のようなウォーターオパール。母岩の隙間に複雑に入り込んだ赤と緑の遊色が美しいボルダーオパール。貝殻がそのままオパールに入れ替わった神秘的なシェルオパール。オレンジ色に真っ赤な遊色が夕焼けを彷彿とさせるファイヤーオパール。

 様々な種類のオパールが並べられたトレーを見てリッカは絶句した。どれも大きく綺麗に磨かれている様は圧巻だ。

「あの……破産させるおつもりですか?」

 しばらく沈黙した後にリッカが口を開くと、宝石商はにこりと笑う。

「あれ?もしかして全部欲しくなっちゃいました?」
「ずるい!ずるいです。こんなの見せられたら欲しくなるに決まってるでしょう!」
「ははは。カード使えますよ」
「鬼!」

 正直どれも欲しい。予算が許すならば全部持って帰ってコレクションボックスに突っ込みたい。宝石商の珠玉のルース達を前にしてリッカは思い悩んだ。いや、さっき誓ったばかりではないか。カードは使わないと……。好みで選ぶならウォーターオパール二つだ。しかし……

「シェルオパールも綺麗ですね」
「そうでしょう。ここまで綺麗にオパール化しているものは珍しいですよー。大きさも立派ですし」

 シェルオパールは名前の通り貝の形をしたオパールである。長い年月をかけて地中に埋もれた貝の化石がオパールに置き換わった物で希少性が高い。貝の形が綺麗に残っており、大きさも遊色も申し分が無いのでコレクションアイテムとしては一級品だ。

(欲しい……)

 シェルオパールは手を出したことが無い分野だったので思わずごくりと喉を鳴らす。いや、しかしこのウォーターオパール達も捨てがたい。

「仕方ない」

 リッカは覚悟を決めて財布の中の現金を数えた。足りる。ギリギリ足りる。

「この三つとも下さい」
「毎度ありがとうございます~」

 宝石商はにまにまと笑みを浮かべながら手早くオパールを梱包する。どうせ「あー、あの時買っておけば良かった!」と家に帰ってから後悔するのが目に見えている。それにここで買い逃したらもう一生出会えないかもしれない。石との出会いは一期一会。それがリッカのモットーなのだ。

(手仕事祭を頑張った自分へのご褒美!)

 心の中でそう言い聞かせながら綺麗に包まれた三つのオパールを受け取る。

「あ、そうそう」

 宝石商は何かを思出したかのように机の下の方でゴソゴソすると一つのルースケースを取り出した。

「実はリッカさんに作って欲しいものがありまして」
「私に?」
「はい。このオパールでイヤーカフを二つ」

 ルースケースの中には小ぶりながら美しいオパールが2つ収まっている。

「イヤーカフですか?」
「はい。魔道具に加工をしたくて。オパールなのでリッカさんにお願いしようかと」
「納期やデザインは?」
「急ぎでは無いのでゆっくりで大丈夫ですよ。デザインはお任せします」
「ふむ……」

 この先の予定を考える。夜市が終わったら暫くはイベントもないし大丈夫だろう。

「分かりました。お預かりしますね」
「はい!宜しくお願いします」

 ルースケースを受け取り無くさないように鞄にしまう。

「では、私はこれで。今日はもう予算が無いのでこのまま帰ります」
「ふふ、それが良いですよ。ここに居ては無限にお金を吸い取られますから」
「こわ……」
「夜市、頑張ってくださいね」
「はい!ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げて宝石商のブースを後にする。リッカはこれ以上オパールを購入しないよう、びっしりと並んだ店のオパールが目に入らないように足早に出口に向かった。
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