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1章

昨日の顛末

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「ありがとうございましたー!」

 客を見送るリッカは満面の笑みでそう言った。売り上げは順調だった。新作の売れ行きも良く、既存の作品においては売り切れるものも出ている。

(これで年は越せそう……)

 手作り品を扱う催事の中でも最大級の催事ということもあり、手仕事祭の売り上げは年末年始に向けて大事な収入となる。ここで作品を沢山売ることが出来れば次回作の製作費や年末に控える石の即売会の予算が増えるのだ。

「お、順調そうですね」
「宝石商さん!こんにちは」

 リッカのほくほくした顔を見て宝石商も安心したような表情を見せる。

「二日目も良い感じです!」
「それは良かった。これで年末の即売会もバッチリですね」
「ふふ……!軍資金を確保出来たので心置きなく突撃できます」
「良い石を沢山用意してお待ちしております」
「うっ……!」

 毎年年末に行われる大きな石の即売会。年の瀬のリッカの楽しみの一つだ。手仕事祭ほどの規模ではないが各地から宝石や鉱物の売り手が集う一大イベントで、石の愛好家達にとっては欠かすことの出来ない恒例行事なのだ。宝石商も例に漏れず出店しており、リッカと出会ったイベントでもあった。

「リッカさんのために良いオパールを仕入れたので楽しみにしていてくださいね」
「う……お金が……」

 そして出品者が多いということはそれだけ大量の石が並んでいるということで、愛好家達の財布はどんどん軽くなるのが常だ。

「そういえば、例のブースを見てきましたよ。リッカさん気にしているかなって思って」
「あ、昨日の」
「はい。私の知り合いが手伝いに来ていて、昨日よりは列が解消されていましたね。レジ周りやお客様の誘導方法を変えたみたいです」
「それは良かった。大丈夫かなってちょっと心配だったんです」
「彼女は催事慣れしていますから、色々と良いアドバイスをしていると思いますよ」

 「黒き星エトワール・ノワール」の昨日の様子を思い浮かべ、心を撫で下ろす。当人にとっても周りのブースの職人にとっても、そして客にとっても良い結果に落ち着いたなら良いのだが。今回から初めて参入した造形魔法、そしてあのブース構えからしておそらくイベント参加慣れしていない職人なんだろうと思っていた。慣れていない中であのような騒動になってしまい、火元である造形魔法技師も気の毒だとリッカは心を痛めていたのだった。

「そうなんですね。安心しました」
「まぁ今回でお勉強したでしょうし、次回以降は大丈夫だと思いますよ」
「はい」

 手仕事祭に限らず最初の数回で心が折れ、参加を辞めてしまう職人も少なくはない。最初は知名度が無く集客力が無い上に、どんなに客が多いイベントであっても自分のブースに誰も立ち寄ってくれないということもざらにある。

 手仕事祭の場合参加している職人の数が膨大な為、客のほとんどは開催時間中に出来るだけ沢山のブースを回ろうとして忙しい。急ぎ足で駆け抜ける客の目に留まるには、一瞬で客の目を引く工夫が必要だ。そういうノウハウを出店を重ねるうちに学んでいくのだが、誰も立ち寄ってくれない、誰も買ってくれない状況に耐えられる忍耐力が無ければ心折れることも珍しくないのだ。

 件のブースは集客や売れ行きは問題無さそうなので、そういう意味では大丈夫だろう。トラブルで精神的なダメージを負っていなければ良いのだが。

「手仕事祭も残り数時間ですか。頑張ってくださいね」
「はい!最後まで頑張ります」

 手仕事祭は閉会の数時間前になると客足が減る。目当ての物を手に入れた客が帰り始めるからだ。それを見て早めに店を畳む職人も多いのだが、リッカは閉会時間まで片付けはしない。

(最後にやっぱり買いたい!って戻って来てくれるお客様もいるし)

 やっぱりと思って帰ってきたら既に職人が帰っていた、というのは寂しい。勿論、遠方から来ている職人で帰りの時間の都合がありやむなく撤収する者も多いが、リッカは最後まで残るということを信条としていた。

(さて、残り数時間頑張りますか)

 二日間の疲労が溜まる中気合を入れ直し、残りの時間を乗り切ったのだった。
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