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1章

足りない物

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 秋の手仕事祭二日目が始まった。朝から売り上げも出ていて好調だ。

(あ、あの子のイヤリング)

 接客をする合間に通行人のイヤリングに目が留まる。「黒き星エトワール・ノワール」のイヤリングだ。

(改善されたのかな)

 恐らく二日間参加であろう「黒き星エトワール・ノワール」がどうなっているのか少しばかり気にかかる。流石に何か対策はしているとは思うのだが……。

「よっ。元気か?」

 時は少し遡る。開場前、渦中の「黒き星エトワール・ノワール」のブースに一人の女性が訪ねて来た。薄汚れた白衣を着ているその女性は黒いスーツの女性を見ると顔をしかめる。

「おいおい。手仕事祭にスーツは無いだろ。スーツは」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」

 アキはクマの浮かんだ顔で女性を一瞥する。

「救世主様に向かってその言いぐさは何だ?誰があの釣銭を用意したと思ってるんだ」
「はいはい。……助かりました。ありがとうございます」
「しかし、『銀行が閉まっていて釣銭が用意出来ない』なんて泣きついてくるとはな。まぁ、こうなるとは思ってたけどよ」
「……誤算でした」
「誤算じゃない。研究不足って言うんだよ、こういうのは。社長も言ってただろ。『見に行かなくて大丈夫か?』って」
「はい」
「お前がいつも参加している企業向け展示会と手仕事祭は違うんだぜ。一回は一般参加して『お勉強』するんだったな」

 女性はへっと笑うとアキの頭をポンと撫でる。

「ま、昨日の教訓を活かして今日は頑張るんだな」
「……」

 前日にレジがパンクしているのを見たアキは現金決済のレジを増設する事を思いついた。しかし手元にはレジ1つ分の釣銭しかなく、銀行も定休日だったため良く催事に参加している友人に泣きつき釣銭を用意して貰ったのだった。

「にしても、随分大きなブースを構えたな」
「形から入るのも大事だと思って」
「形からと言うか……まるで路面店だな」
「店構えは立派な方が良いのでは?」
「確かにそうだが、立派だから良い。地味だからダメって訳じゃないぜ。列整理はどうすることにしたんだ?」
「今日はカード対応のスタッフを何名か列整理に回す予定だけど」
「そうか。まぁ本来ならこんな通路のど真ん中で列整形するのは宜しく無いんだが……」
「?」
「例えばだが時間指定の整理券を配布するとか抽選にするとか、周りのブースに迷惑をかけない工夫みたいなのも必要だって事だ」
「なるほど……」
「ま、今から整理券の準備は難しいからな。出来るだけ昨日みたいな騒ぎを起こさないようにするんだな」
「……ごめんなさい」
「ふふ、凹んでるのか?」
「だって、こんなに上手くいかないなんて思わなかったんですもの。完璧だと思ってた。買って下さるお客様も想像とは違って」
「ん?」
「もっと大人のお客様が多いと思っていたの。だからカード決済対応レジを増やしてレジの回転を上げようとして。でも実際はカードを持っていない学生さんが多くて大人のお客様は買ってくれる人が少なくて。どうしてだろうって」
「あー……」

 女性は何か考えるような仕草をしてから言った。

「それはなぁ。お前の作品が『既製品』みたいだからだよ」
「え?」
「この店構え、路面店みたいに大量に陳列された作品。正直『黒き城シャトー・ノワール』の既製品と代り映えしないんだよな」
「そんな!今回の手仕事祭のために作り下ろした作品なのに」
「造形魔法の欠点と言えば欠点だな。普及しすぎて『特別感』が薄れてるんだ。ここに来るお客様は既製品ではなく『手作り』で作られた世界に一つだけの作品をお探しだ。こうも大量に同じものを並べられちゃチープに映っても仕方ないぜ。しかも見た目に反してこの安価過ぎる価格。安けりゃいいってもんじゃない。高い事にも価値がある事だってあるんだ」

 女性は作品の値札をなぞりながら言う。

「せっかくオレが作った魔工宝石を提供してやったのにこの安売りは悲しいな」

 アキは何かを言いたそうな顔をしたがぐっとこらえて女性の顔をみつめていた。

「アキ、会場内は見て回ったのか?」
「いえ。時間が無くて」
「じゃあ今から行ってくると良い。店番はオレに任せろ。少しは『勉強』してくるんだな」
「……分かった。お店をお願い」

 女性に言われるがまま会場内のブースを見て回る事になったアキ。一体何が足りないのか。それを探す旅に出たのであった。
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