上 下
20 / 49
1章

1日目の終わりに

しおりを挟む
 秋の手仕事祭一日目が終了し、リッカは作品の片付けをしていた。二日目も参加をするので什器はそのままにし、防犯のために作品だけ持ち帰るのだ。片付けをしながら「売れて良かった……」と心の中で安堵していた。有難い事に作品の売上は上々で在庫が少なかった物の中には売り切れる物も出始めている。初日に売れてくれるだけで二日目に向かう心の軽さが全く違うのだ。

「一日目お疲れさまという事で、ラーメンでも食べて帰りますかー」

 荷物を纏め終え、路面電車の駅に向かう。客が帰った後なので電車があまり混んでいないのが嬉しい。乗り換え駅の外に美味しいラーメン屋があって、ヴィクトリアサイトでの催事の帰りはいつもここでラーメンを食べて帰るのだ。

 乗り換え駅を降りてすぐの路地にある魚介系のラーメン屋。魚介と言っても季節限定で色々なメニューを出しているのでその限りではない。店内も広いので大きな荷物を持っていても支障が無いのが良い。

(さてさて)

 早速カウンター席に座りメニューを眺める。いつものつけ麺でも良いが、限定品も良い。冬らしい柚子と塩のつけ麺なんて魅力的だ。

「すみません!柚子塩つけ麺ください」

 注文してから出来上がるまで、今日の出来事を回想する。

(はぁー……本当に売れて良かった……)

 まずはこれだ。安心感に浸ることが出来るというのは何と幸せな事だろうか。

(特に新作が売れたのが嬉しかったなぁ。いつも新作を出すときはドキドキするんだよね。売れなかったらどうしようって)

 今回の新作は客の反応が良く、まずますの売れ行きだった。「無垢」として求める客だけでなく、普通に装飾品として買い求める客も多かったのが嬉しい。

(にしてもあのブース、大丈夫だったのかな)

 次に思い浮かぶのは「黒き星エトワール・ノワール」の事だ。宝石商の話を聞く限りではトラブルになっていたようだが、大丈夫だったのだろうか。被害を被った周辺の職人たちも気の毒である。二日目に向けて対策がなされれば良いのだが、今回の事で造形魔法に対する心象が悪くなるのではないかとリッカは思った。

 ただでさえ造形魔法が手仕事祭に参加するのを嫌がる人達がいるのだ。このトラブルをきっかけに何も起こらなければいいのだが。

「お待たせしました。柚子塩つけ麺です」

 そんな事を考えているとつけ麺が運ばれて来た。

(これは当たりの予感がする)

 漂ってきたスープの香りを嗅いで思わずごくりと喉が鳴る。一人で参加していたのでお昼ご飯を食べる暇が無くて空腹なのだ。

「いただききます」

 金色に輝く透明感のあるつけ汁。柚子が浮いたスープの中には鶏のつくねやメンマが入っているのが見える。太くてしっかりとした麺の上には水菜が乗せられていて彩りを添えている。美味しそうだ。

 まずはスープだけで飲んでみる。あっさりとしつつもまろやかさのある濃いめのスープ。鶏の旨味と塩のシンプルなスープだがつけ麺に合うように濃厚でとろっとしている。スープに麺を入れズッと啜ると口の中に旨味が広がる。麺もコシと歯ごたえがあってリッカの好みだった。

(あ~……しあわせ)

 1日頑張った自分へのご褒美と明日への栄養補給。この時間が至福だ。鶏のつくねは軟骨が入っておりコリコリしている。スープが染みていて美味しいのだ。

 麺を全て食べ終えると付属のポットに入っている継ぎ足し用のスープを入れてつけ汁を薄め、薬味を加えて飲む。これもまたつけ麺の楽しみである。

 「ごちそうさまでした」

 美味しい物を食べると元気が出る。疲れている時は尚更である。美味しかった、と満足をしながらリッカは帰路に就いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

処理中です...