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1章

新作の完成

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『秋の手仕事祭、伺います』

 そう書かれた手紙が届いたのは複製が鋳造を終えて帰ってきた頃だった。いつも「秋の手仕事祭」に来てくれる常連客からの手紙だ。

「またお会い出来るのか。嬉しいな」

 「秋の手仕事祭」は半年に一回開催される催事だ。全国から職人が集まる大規模な催事のため、全国各地から人々が訪れる。地方から高い交通費を支払ってやってくる客も少なくない。そう言った遠く離れた地からやって来る顔馴染みの安否を確認したり、近況を語り合ったりするのも秘かな楽しみなのだ。

 手紙を送ってきたのはいつもブローチを購入してくれるご婦人だ。友人や孫に送る装飾品としてリッカのブローチを愛用しており、買ったブローチに自ら魔法を施し魔道具に加工して贈っているらしい。ご婦人自ら加工する事が出来るらしいので、自身も何かしらの職人なのではないかとリッカは推察していた。

(よし、頑張らなくちゃ)

 「手紙を貰う」と言うのは特別だ。手紙には人柄や個性が現れる。使っている便箋や封筒、字の形、言葉遣い。その人のありのままを感じる事が出来るようで好きなのだ。それ故にリッカは催事のお知らせをわざわざ手紙で常連客へ出している。それもリッカの拘りの一つだった。

 鋳造から戻ってきた複製品を一つ一つ磨いていく。湯口を落とし、傷をヤスリで削っていく。細かい造形なのでヤスリが入りにくい部分もあり難儀だ。それでも一つ一つ丁寧に磨いていく。時間がかかろうと手作業でこなすのだ。

(まー…、確かにこの作業って面倒だし造形魔法で作りたいって気持ちも分かるわ……)

 鋳造品の仕上げは根気のいる作業だ。それが面倒だと言って造形魔法に転向する職人も少なくはない。

(だけど)

 だんだんと荒い部分が削れていき、段階を経るごとに面が光始める。

(こうやって仕上がっていく所を見ていると、そんな気持ちも吹っ飛んじゃうんだよね)

 作品が最後まで完成した時の達成感。それは造形魔法では味わえない手作業ならではの物なのだ。

 ある程度磨いたらブローチの金具をロウ付けしていく。リッカが苦手な作業だ。一気にロウ付けするのではなく休憩を挟みながら進めていく。どうもこれだけは慣れない。

 大きな物と小さな物をロウ付けするのは難しい。ロウは高い温度の金属に吸われてしまうので、大きなパーツに小さなブローチ金具を付けようとしてバーナーで熱すると、小さなブローチ金具の方が先に温まってしまいロウ材が金具に吸われて上手くロウ付け出来ないのだ。上手く両方の温度が均一になるように温めないと失敗してしまう。リッカはこの作業が大の苦手で、何度かブローチ金具にロウを吸わせてダメにしてしまった。

 全てのパーツにブローチ金具を取り付け終えたのは夜も更けた頃。残りの作業は翌日に回すことにした。

 翌日、ブローチ金具を付け終えたパーツを再び磨いていく。酸洗いして表面に被膜がかかってしまったので研磨機でそれを除いたあとに再びピカピカになるまで段階を踏んで磨いていくのだ。

 綺麗になったら石留めをする。今回はラピスラズリを石座に留めるので仕上げにメッキはかけない。石がダメージを受けてしまうので真鍮無垢だ。石の高さに爪の高さが合っているかどうか確認した後、タガネで爪のフチを叩き石に沿わせて行く。

 一周ぐるっと叩ききると爪が完全に倒れて石を包み込む形になる。タガネで叩いた痕はボコボコしているので石を傷つけないようにしながらヤスリで綺麗に削って磨けば完成だ。

「できたー」

 何個も作った為もうクタクタだ。ふーっと息を吐いて暖かい飲み物を作りに台所に立つ。一区切りついたので一安心だ。牛乳を温めマグカップに入れ、蜂蜜を加えてかき混ぜる。ホッと一息つきたいときは蜂蜜ミルクが良い。

 机に戻って完成した作品を手に取って眺める。この時間が至福なのだ。シルバーのような重厚感はないけれど、大ぶりで存在感のある懐古的な雰囲気のブローチ。ラピスラズリの青に散りばめられた金が素体の真鍮にピッタリだ。

 世界に一つだけの、リッカだけのデザイン。これを楽しみにしてくれている人が居るのだと思うと心が躍った。作品が完成したら宣伝用に使う画を作るために記録板で記録する作業に入る。

 今回は星空がテーマなので暗い場所で蝋燭の灯りを利用して記録することにした。暗い場所に濃い藍色の天鵞絨を敷き、周りに洒落た蝋燭を高低差を出すように設置する。蝋燭に囲まれた場所に段を作り、そこに箱に入れた状態のブローチを配置した。「良い角度」で記録板を使えば蝋燭に囲まれた幻想的な雰囲気を作りだす事が出来るのだ。

 記録した画は当日掲出するポスターや今後の宣伝などに使うため、気合を入れて録る。沢山の人が通る通路でお客様の足を止めるにはそれだけ強烈な魅力が必要だ。

「よし」

 2時間ほどああでもないこうでもないと試行錯誤し、納得できる画が撮れた頃には記録板のデータもいっぱいになっていた。

(あとは当日までにポスターとチラシを作って、置いてくれそうな所に持って行くだけ)

 手仕事祭を余裕を持って迎えられそうなのでリッカはご機嫌なのだった。

 当日の区画配置番号と新作の記録画、そしてその雰囲気に合った金色の星を散りばめたポスターやチラシを製作し、工房のショーウインドウに張り出したり協力店に配布をしたのは撮影から数日後の事だった。

 せっかく気合を入れて作った新作だ。出来るだけ多くの人の目に留まる事を祈りながらリッカは新作の梱包に取り掛かっていた。

 深い紺色に作品のデザイン画を金のインクでスタンプした化粧箱に一つ一つ作品を納めていく。リッカはこの瞬間がたまらなく好きだった。作品が完成するまでにかかった膨大な手間と時間。上手くいかない時の焦燥感や苦しみも、完成して綺麗に整えられ化粧箱に収まっているのを見ると全て吹き飛んでしまう。自分の作品に自信が持てない時もあるけれど、やはり好きだなと思う瞬間だ。

 化粧箱を輸送用のボックスに収納し、一息つくと今度はポップの作成に取り掛かる。よりお客さんの目に留まりやすいよう作品の特徴が分かるような作品名と値段を記すのだ。

 (今回はシンプルに……)

 星形に切り抜いた紺色の紙に「夜のブローチ」と金インクで描く。その下に値段を記載する。今回は銀貨8枚と銅貨5枚だ。

「よし!終わり!」

 一通りの準備が終わった。あとは当日を待つばかりだ。何とも言えない解放感を得ながら大きく伸びをして、ふーと大きくため息を吐く。カレンダーを見るとまだ日にちの余裕があり、思わずにやにやしてしまう。「こんなに早く準備が終わるなんて天才なのでは?」と自画自賛しても良い位だ。

「お祝いだ!何か美味しい物を食べに行こう」

 リッカは財布を持って工房を飛び出した。
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