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1章
気分転換
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(やばい、売れない……)
数時間前の笑顔は何処へやら。リッカの店には重い空気が立ち込めていた。あの後足を止めてくれる人はいるものの購入まで至らず、お昼頃になっても販売数が増える事はなかったのだ。
(やっぱり宣伝しなかったのが影響しているのかな……)
なんとなく胃が痛くなってくる。丁度お昼時で人通りはピークを迎えているはずだ。これから先イベントの終了時間に向けて客足が減って行くので今売れないとなかなか厳しい物がある。
「リッカさん」
聞き慣れた声がしたので顔を上げると宝石商が立っていた。
「宝石商さん!」
「どうしたんですか?そんな顔をして」
真っ青な顔をしているリッカを見て宝石商は心配そうな表情を見せる。
「実は全然買ってもらえなくて……。告知を忘れた私が悪いんですけど」
「あー、そう言えば貼り紙もしてなかったですし、今回は出るというお話も聞いていなかったですものねぇ」
「はい……」
リッカが涙目になっていると、陳列された小箱を見て宝石商は「うーん」と何かを考えるような仕草を見せた。
「リッカさん、良ければ店番をするので少し気分転換に歩いて来たらどうですか?ご飯も食べてないようですし」
「え!いや、悪いですよ!」
「売るのは慣れているので大丈夫ですよ。あまり根詰めてもいけませんし、行ってきてください」
「……ありがとうございます」
確かに気分転換は必要かもしれない。宝石商の言葉に甘え、リッカは1時間ほど休憩を取る事にした。
(はぁ……)
作品が売れないというのは辛い事である。どんなイベントに参加しても毎回この問題に突き当たる。最近はようやく常連客がついてきたが、作品を売り始めた頃は誰にも見向きもされず辛い日々を過ごしていた。
(なんかこの感じ、久しぶりだなぁ)
そんな日々を思い出してどことなく懐かしい気持ちになりながらも「閉会までに一個も売れ無かったらどうしよう」と思うと胃が痛くなる。折角持参した弁当もなかなか喉を通らない。
(少し散歩しよう)
なんとか弁当を食べ終えると気分を変えるために少し散歩をする事にした。この蚤の市は割と大きな規模なので広場全体で80店舗ほど出店しているのだ。リッカのように自作の作品を出している人も居れば骨董品を扱うお店もある。ただ宝飾品の街なだけあって自作の宝飾品を出している人の割合が大きい。
「蚤の市を回るの、久しぶりだな」
一人で店番をしているとなかなか他の店を見る機会がない。何度も出店はしているけれど「お客さん」として回るのはいつぶりだろうか。
「おっ、かわいい」
一軒の店の前で足を止める。銀製の髪留めを売っているお店だ。
「こんにちは」
店の主人は若い男性だった。
「こんにちは。この髪留めはお兄さんが作っているんですか?」
「そうですよ。全部一から作っています」
「手に取って見せて頂いても良いですか?」
「是非!」
目に留まった髪留めの一つを手に取る。細かい銀線を組み合わせて作ってある繊細なデザインだ。晴れの日にしか着けられないような華美なデザインではないけれど、髪にちょっとしたアクセントを加えたいときにはちょうどいいだろう。石がついていない銀だけのモチーフというのもシンプルで良い。
リッカがジロジロと嘗め回すように眺めていると、店主は笑いながら言った。
「お姉さん、同業者?」
「えっ。なんで分かったんですか?」
「そんなに四方八方から見られたら分かるよ。たまにいるからね」
「……すみません」
恥かしくて全身が熱くなる。きっと耳まで赤くなっているなとリッカは思った。
「細かくて凄いなと思って」
「ありがとう。なかなか大変だけどね、そう言って貰えると嬉しいよ」
「私、細かいのを作るのが苦手だから正直憧れます」
「僕も正直得意じゃないよ。でも作りたいものを作るにはやるしかないからね。透かしとロウ付けを併用しているんだけど、色々苦労したんだよ」
「なるほど……」
リッカは昔から細かい作業が苦手だった。石座が苦手なのもその一部である。何度やってもどうしても上手く出来なくて何度も投げ出したくなったものだ。それでも「それ」が必要な場面は出てくる訳で、仕方なしにこなしているのである。
「でも凄いです。やるしかないって思って出来るんですから。私は本当に苦手で、頑張ってもこんな素敵な髪留めは作れないので」
「そうかなぁ。そのペンダント、お姉さんが作ったんでしょ?」
「え?」
リッカの胸元には新作として持ち込んだ作品がキラリと光っていた。お客さんに説明しやすいように新しい作品が出来た時には身に着けるようにしているのだ。
「その石座だって細かいじゃない。それでもお姉さんはしっかり作っているんだから、お姉さんだってやれば出来るよ。大丈夫」
「……ありがとうございます」
小さな石座のペンダントは苦手なりに頑張って作った物なのでそう言って貰えると少し元気が出る。特に同業者に褒められるのは技術を認めて貰えたようで嬉しいのだ。
「お兄さんって他の催事にも出店されています?」
「ああ、結構色々な催事に出ているよ。大きいのは大体」
「そうなんですね。私、リッカと申しましてオカチマチの一角で『夜の装飾品店』という工房を開いている者です。また違う催事でお見掛けしたら立ち寄らせて下さい」
「ああ、僕は『古都の銀細工工房』と言う店名で出店しているトウジと言います。またどこかで会えたら今度はお姉さんの作品をじっくり見させてね」
あまり長居をすると迷惑になるのでお互い名刺を交換して店を離れる。名刺を無くさないように鞄にしまっていると、今度は石を扱っているお店が目に入った。
数時間前の笑顔は何処へやら。リッカの店には重い空気が立ち込めていた。あの後足を止めてくれる人はいるものの購入まで至らず、お昼頃になっても販売数が増える事はなかったのだ。
(やっぱり宣伝しなかったのが影響しているのかな……)
なんとなく胃が痛くなってくる。丁度お昼時で人通りはピークを迎えているはずだ。これから先イベントの終了時間に向けて客足が減って行くので今売れないとなかなか厳しい物がある。
「リッカさん」
聞き慣れた声がしたので顔を上げると宝石商が立っていた。
「宝石商さん!」
「どうしたんですか?そんな顔をして」
真っ青な顔をしているリッカを見て宝石商は心配そうな表情を見せる。
「実は全然買ってもらえなくて……。告知を忘れた私が悪いんですけど」
「あー、そう言えば貼り紙もしてなかったですし、今回は出るというお話も聞いていなかったですものねぇ」
「はい……」
リッカが涙目になっていると、陳列された小箱を見て宝石商は「うーん」と何かを考えるような仕草を見せた。
「リッカさん、良ければ店番をするので少し気分転換に歩いて来たらどうですか?ご飯も食べてないようですし」
「え!いや、悪いですよ!」
「売るのは慣れているので大丈夫ですよ。あまり根詰めてもいけませんし、行ってきてください」
「……ありがとうございます」
確かに気分転換は必要かもしれない。宝石商の言葉に甘え、リッカは1時間ほど休憩を取る事にした。
(はぁ……)
作品が売れないというのは辛い事である。どんなイベントに参加しても毎回この問題に突き当たる。最近はようやく常連客がついてきたが、作品を売り始めた頃は誰にも見向きもされず辛い日々を過ごしていた。
(なんかこの感じ、久しぶりだなぁ)
そんな日々を思い出してどことなく懐かしい気持ちになりながらも「閉会までに一個も売れ無かったらどうしよう」と思うと胃が痛くなる。折角持参した弁当もなかなか喉を通らない。
(少し散歩しよう)
なんとか弁当を食べ終えると気分を変えるために少し散歩をする事にした。この蚤の市は割と大きな規模なので広場全体で80店舗ほど出店しているのだ。リッカのように自作の作品を出している人も居れば骨董品を扱うお店もある。ただ宝飾品の街なだけあって自作の宝飾品を出している人の割合が大きい。
「蚤の市を回るの、久しぶりだな」
一人で店番をしているとなかなか他の店を見る機会がない。何度も出店はしているけれど「お客さん」として回るのはいつぶりだろうか。
「おっ、かわいい」
一軒の店の前で足を止める。銀製の髪留めを売っているお店だ。
「こんにちは」
店の主人は若い男性だった。
「こんにちは。この髪留めはお兄さんが作っているんですか?」
「そうですよ。全部一から作っています」
「手に取って見せて頂いても良いですか?」
「是非!」
目に留まった髪留めの一つを手に取る。細かい銀線を組み合わせて作ってある繊細なデザインだ。晴れの日にしか着けられないような華美なデザインではないけれど、髪にちょっとしたアクセントを加えたいときにはちょうどいいだろう。石がついていない銀だけのモチーフというのもシンプルで良い。
リッカがジロジロと嘗め回すように眺めていると、店主は笑いながら言った。
「お姉さん、同業者?」
「えっ。なんで分かったんですか?」
「そんなに四方八方から見られたら分かるよ。たまにいるからね」
「……すみません」
恥かしくて全身が熱くなる。きっと耳まで赤くなっているなとリッカは思った。
「細かくて凄いなと思って」
「ありがとう。なかなか大変だけどね、そう言って貰えると嬉しいよ」
「私、細かいのを作るのが苦手だから正直憧れます」
「僕も正直得意じゃないよ。でも作りたいものを作るにはやるしかないからね。透かしとロウ付けを併用しているんだけど、色々苦労したんだよ」
「なるほど……」
リッカは昔から細かい作業が苦手だった。石座が苦手なのもその一部である。何度やってもどうしても上手く出来なくて何度も投げ出したくなったものだ。それでも「それ」が必要な場面は出てくる訳で、仕方なしにこなしているのである。
「でも凄いです。やるしかないって思って出来るんですから。私は本当に苦手で、頑張ってもこんな素敵な髪留めは作れないので」
「そうかなぁ。そのペンダント、お姉さんが作ったんでしょ?」
「え?」
リッカの胸元には新作として持ち込んだ作品がキラリと光っていた。お客さんに説明しやすいように新しい作品が出来た時には身に着けるようにしているのだ。
「その石座だって細かいじゃない。それでもお姉さんはしっかり作っているんだから、お姉さんだってやれば出来るよ。大丈夫」
「……ありがとうございます」
小さな石座のペンダントは苦手なりに頑張って作った物なのでそう言って貰えると少し元気が出る。特に同業者に褒められるのは技術を認めて貰えたようで嬉しいのだ。
「お兄さんって他の催事にも出店されています?」
「ああ、結構色々な催事に出ているよ。大きいのは大体」
「そうなんですね。私、リッカと申しましてオカチマチの一角で『夜の装飾品店』という工房を開いている者です。また違う催事でお見掛けしたら立ち寄らせて下さい」
「ああ、僕は『古都の銀細工工房』と言う店名で出店しているトウジと言います。またどこかで会えたら今度はお姉さんの作品をじっくり見させてね」
あまり長居をすると迷惑になるのでお互い名刺を交換して店を離れる。名刺を無くさないように鞄にしまっていると、今度は石を扱っているお店が目に入った。
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