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1章

思わぬ落とし穴

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「すみません、蚤の市の申し込みをしたいのですが」

 ある日リッカは街中の広場に面した小さな不動産屋に来ていた。オカチマチで開かれる蚤の市の申し込みをしに来たのだ。

「ああ、いつもありがとね」

 店の奥から出て来た中年の男性がニコリと笑って椅子に座るように促す。

「またいつもの場所で良い?」
「はい」
「じゃあ場所代は銀貨3枚です」

 男性に銀貨を渡すと当日の参加証と場所に割り振られた番号が描かれた紙を受け取る。この蚤の市は定期的にリッカの工房の近くで開催されているので何度も参加している常連なのだ。その為主催者の計らいでいつも同じ場所に配置して貰っていた。

「最近どう?」
「あー。まぁ、ぼちぼちですねぇ」
「そっか。売れると良いねぇ」
「はい……。実はまた『ちょっとお高いの』を買っちゃって。金欠なんですよね……」
「あー……。リッカちゃん本当に好きね」
「魅力的な子に出会うとつい」

 リッカの石好きを知っている男性は「ほどほどにしておきなよ」と言う。「はい」と言いつつ目を合わせる事が出来ないリッカであった。

* * * * * * * *

「よし!出来た!」

 蚤の市まで残り数日となったある日、リッカは十本程のネックレスを完成させ一息ついていた。

「今回は徹夜にもならなかったし余裕だったなー。良かった良かった」

 完成させた石座にチェーンを通すバチカン部分を付け、磨いた後に石を留める。今回は4種類ほど石の種類を用意した。完成したペンダントは小さな小箱に詰めて販売する。一丁前に工房の印が箔押しされた豪華仕様である。

(あとは原価計算をして値段を決めるだけ)

 スムーズに準備が終わったのであとは蚤の市の日を待つだけだ。いつもはなんだかんだ徹夜で作業をすることが多かったが今回は随分と順調だ……と思っていたのだが

「あっ!宣伝するの忘れてた!」

 リッカがそのことに気が付いたのは蚤の市の前日、蚤の市へ持って行く品と什器を纏めていた夜の事だった。

(すっかり忘れてた……)

 蚤の市は事前の告知が重要である。事前に出店をする事を告知することによって来場者は「あそこに行こう」と予算を組んでくる事が多いのだ。そしてリピーターのお客さんにも立ち寄って貰いやすくなる。

 準備に夢中になるあまりリッカは宣伝告知を忘れていた。いつもは通いの宝石商に宣伝を手伝ってもらったり店の前に紙を貼りだしたりしているのだが、その一切をしていなかったのだ。

(どうしよう……)

 時計を見ると時計の針が日付を超えようとしている。こうなったらもうどうしようもない。出店の前日の夜に出来る事など無いのである。その晩リッカは静かに泣いた。

 次の日。早朝から大きな台車を押して蚤の市の会場へやってきた。日が昇ってすぐだというのに会場には多くの出店者がおり、店の設営をしていた。

 リッカの定位置である広場の噴水の前に着くと台車から荷物を下ろして設営を始める。一人で出店しているので全て自分でやらなければならないのだ。

 まず折り畳み式の机を展開してクロスを敷き、その上にさらにひな壇式の什器を重ねる。これは知り合いの什器屋に頼んで作って貰った特製品だ。宝飾品を入れている特注の箱をちょうど置けるような幅で作って貰ったので作品を並べた時に見栄えが良い。軽量素材で出来ているので持ち運びも簡単だ。

 作品の入った箱を並べ終えるとそれぞれの値札を置いていく。設営には慣れているのですぐに準備が終わった。

「うん、良い感じ」

 設営が終わり一息つく。釣銭よし、計算機よし。準備は万端だ。宣伝を忘れたこと以外は……。

(今日も頑張るぞ!)

 リッカの長い一日が始まろうとしていた。

  広場の鐘が鳴り、蚤の市が始まった。目当ての物がある来場者が足早にそれぞれの店に散っていく。

(売れますように)

 リッカは祈るような気持ちで店の前を通り過ぎる人々を眺めていた。

「おはようございます」

 蚤の市が始まって程なくすると一人の女性がリッカの店にやってきた。

「おはようございます!」

 顔なじみのお客さんだ。リッカがこの蚤の市に出始めた頃から通ってくれている常連さんで、長い付き合いになる。

「今回も出られているんですね!お店の前を通った時に何も貼ってなかったから出ないのかなと思って」
「あー。実は告知を忘れてしまって……」
「そうだったんですね。立ち寄って良かった。作品見せて下さいね」

 そう言うと女性はじっと棚の上の装飾品を見つめる。

(やっぱり告知を忘れるとこうなるよなぁ……)

 その姿を見ながらリッカは冷たい汗を背中に感じていた。

「今回はシンプルな物が多いんですね」
「そうなんです。気軽に身に着けられるかなぁと思って」
「なるほど……。こちらは何の石なんですか?」
「ブルームーンストーンです。シラー効果が綺麗に出ている物を厳選しているのでおすすめですよ」
「素敵!名前の通り本当に月の光のよう」

 「シラー効果」とはムーンストーンなどに見られる特殊効果のことを指す。石の動きに合わせて虹色や青色などにキラキラと光る様が美しく愛好家も多い。

「同じブルームーンストーンでもシラーの出方は一つ一つ違います。何個か作っているので見比べてみて下さい」

 リッカはブルームーンストーンのペンダントをいくつか見繕って並べて見せた。

「本当だ。同じ石なのに光の入り方が全然違うんですね」
「オパールもそうなんですけど、こういう特殊効果のある石って個性が際立ちやすいんですよね。一つとして同じように見えないのが魅力というか。それこそ一期一会の出会いと言うか」
「確かに……」
「ここで出会った石とは別の所では絶対出会えないし、世界中に同じ模様の石が一つとして存在しないって素敵ですよね」
「そうですね……!」

 女性の目がみるみるうちに輝いてくる。

「あの、こちらのペンダントおいくらですか?」
「銀貨6枚です」
「では、こちら頂けますか?」
「勿論!ありがとうございます」

 並べた内の一つが女性のお眼鏡に叶ったようだ。リッカは代金を受け取ると小さな手提げ袋にペンダントを収納した小箱とショップカードを入れて女性に手渡した。

「何かあったらすぐご連絡下さいね」
「はい!ありがとうございました!」

 女性を見送り、売上を革袋にしまう。

(一つ売れたー!良かった……)

 とりあえず一つ売れたことにリッカは安堵した。

(いや、まったく売れないのと一つ売れるのとではやっぱり気持ちが全然違うからね。これで一応場所代は回収出来たし!)

 「うんうん」と一人頷き持ってきたお茶で喉を潤す。ホッとしていて持ってきた椅子に腰を下ろしたはいいものの、その後数時間宝飾品が売れる事はなかったのだった……。
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