上 下
1 / 49
1章

石との出会いは一期一会

しおりを挟む
 細長い路地が複雑に入り組む小さな町。小さいながらある界隈では有名で、毎日多くの人が訪れていた。いつしか「オカチマチ」と呼ばれるようになったその町は昼夜問わず宝飾品を求める人でごった返しているのだった。

「こんばんはー」

 そんなオカチマチにある一軒の工房に一人の男が訪れた。

「いつもありがとうございます。今日は何か良いのあります?」

 店の中で何かの作業をしていた女性が手を止めて振り返る。

「勿論!良いのが入ったのでリッカさんに見て頂きたくて来たんです」
「わー、何だろう。宝石商さんが持って来る石っていつも魅力的な物が多いから楽しみです」
「ふふふ、何だと思います?」

 宝石商はトランクケースをレジが置いてある台の上に置き、その中から少し大きめのオパールが入った小箱を選んでリッカの前に差し出した。

「今日はこのオパールを見て頂きたくて来ました」
「オパールですか……」

 「オパール」という言葉にリッカの目が光る。

「これはまた素晴らしいオパールですね。手に取って見てもいいですか?」
「勿論!」
「ありがとうございます!」

 リッカはケースを手に取ると横にしたり斜めに傾けたりしてじっくりと石を堪能した。時折細いペンライトで照らし、星のようにキラキラと光る遊色を楽しむ。リッカにとって至福の時間だ。

「うーん、素晴らしいです。この青みを帯びた輝きの中に散る細かい煌めきが星空のようで最高ですね」
「お気に召したようで良かったです。リッカさん好みの物を選んで持ってきたので」
「うっ!良く分かっていらっしゃる」

 オパールには「遊色効果」という多彩な色に光る特色がある。産地によって色合いが異なり赤い色味の物や白い色味の物、青い色や緑や赤が混在する物などに分かれており、一つ一つ違う色の出方や透明度をしているので愛好家のコレクター魂をくすぐるのだ。

 リッカもそんなオパールに魅了された愛好家の一人で、催事に足を運ぶごとに一目惚れしたオパールを買い漁っていたのだった。

 リッカはひとしきりオパールを眺めると決意したような顔をしてポケットから財布を取り出した。

「で、こちらはおいくらなのでしょうか」
「あ、はい。銀貨3枚と銅貨5枚ですね」
「買います」
「毎度ありがとうございます」

 お金はチャリンチャリンと宝石商の革袋に吸い込まれていく。

「では、また良い物が手に入ったら伺いますね」

 宝石商はそう言うと工房を去って行った。チリン、と鈴の音がして扉が閉まる。工房にはリッカ一人だけが残った。

「あー……また買っちゃったよ」

 リッカは大きくため息をつくと手にした小箱と軽くなった財布を前に独り言を言った。

(やばい、今月もう3個目だ。お金無くなっちゃう。いや、でも石は一期一会の出会いだから!これを逃したらもう二度と会えないかもしれないし。『今度』って言ってその間に他の人に買われたらどうするの?だから良いんだ。仕方ない。仕方ない。節約すれば大丈夫!)

 小箱を持って工房の2階にある居住スペースへ行き、鍵のついた大きな棚を開ける。中には無数のオパールが入った小箱が敷き詰められており、その一角にある空きスペースに持っていた小箱を納めた。

(でも、やっぱりこの光景は至福だなぁ)

 キラキラと輝くオパールを眺めているとどんな疲れでも吹き飛んでしまうような気がする。こうして集めた石を眺めている時間が一番幸せなのだ。

「お金が無い」

 すっかりと軽くなった財布を手にリッカは嘆く。

「なんでだろう」

 「うーん」と首を捻って考える。食費もそんなにかかってないし、作品が売れなかった訳でもない。水だって節約しているし、基本的に工房に居るから電気代もそんなにかかっている訳ではない。石だってまだ3個しか買って無いし。

「いや、3個買ってるじゃん!」

 「それだ!」と思うと同時に「仕方ない」と納得するのであった。「これは必要経費だ、うん」と。3個の中にたまたま「少しお高いの」が入っていた。ただそれだけである。買った石を装飾品として仕立てて売ればこんなことにはならない。ただコレクションするために買っているからこうなるのだ。

「よし、作品を作って売るぞ」

 自分を奮い立たせるように呟いてドカッと彫金机の前に座る。彫金机は宝飾品や装飾品を作る事に特化した作業用の机だ。日常生活で使う机よりも高さがあり、「すり板」という「物を削る作業をする時に使う木製の長い板」を取り付ける金具などが備え付けられている。

「んー、目標は今度の蚤の市かなぁ」

 彫金机の真上に貼ってあるカレンダーを眺めると、いくつか印が打ってあるのが見える。対面販売出来るイベントの日程だ。

(やっぱり対面販売イベントの方が売上が出るからね)

 販売の面では知名度が低い工房に閉じこもっているよりも、外のイベントの方が売り上げが良いのだ。

(最近の売れ筋は身に着けやすくて普段使い出来る小さめの装飾品。だから今回多めに作るのは……)

「小さめのペンダントで行こうかな」

 リッカは彫金机の横にある縦長の棚の引き出しを開けて小粒の石が入った小箱を取り出した。

(随分昔に買った石だけど、これなら主張しすぎない大きさだから使いやすそう)

 小指の爪よりも小さい石を眺めながら「うむむ」と唸ると薄い銀の板を取り出して宝石のパビリオン(カットされた宝石の下側の部分の高さ)よりも少し長い幅にカットし、面をヤスって整える。それを耐火性のある石の上に置き、バーナーで炙って熱した後に水に浸けて急速に冷却した。そうすると銀がなまされて柔らかくなるのだ。

 柔らかくなった銀の板をヤットコで石の大きさに沿うように円形に曲げて余った部分を切り落とし、切り口がピッタリと合うように整えてから「フラックス」と呼ばれるペーストを塗ってロウ付け(金属同士を『ロウ材』と呼ばれる低温で溶ける金属で溶接する方法)すると石の台座となる「石座」の基礎部分が出来上がる。あとは石を留める爪の部分を細い金属で作って土台にロウ付けし、宝石の高さを見ながら長さを調節すれば「石座」の完成だ。

「はぁ……。これ苦手なんだよね」

 リッカは石座の製作が大の苦手だ。特に小さい石の石座は作業が細かくなるので余計に苦痛だった。

「でも使いやすいサイズだし売れるはず」

 新たなコレクションを増やす為、否、食べるためには仕方が無い。蚤の市を目標に昼夜石座作りに励むのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...