選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第七章 ケモナーと精霊の血脈

置手紙

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 黒壇の机には埃が積もっていた。手紙も少し黄ばんでいるが読めなくはない。手紙は癖のない文字で書かれていた。

『フェスマルク家の者へ。
 よお。ここを見つけたってことは、無事に俺の精霊が導いたようだな。
 今も鍋パやってるか?しっかり鍋パしろよ?』

 鍋パって…もしやトーマお祖父様からの手紙か?
 末尾をちらっと見ればトーマ・フェスマルクの名前が書かれている。やはりトーマお祖父様か。

『俺の精霊の願いで建て直したここは、間違いなく俺の人生の最高傑作だ。いい歳になった今だからこそいえる。子供の発想力と精霊が結び付けば最強なんだってな。
 フェスマルク家の人間のくせに魔法がろくに使えない俺の自慢の一つだ。
 一番の自慢は息子が親父以上の魔法の才能があったことなんだけどな!今これを読んでるのは孫か?曾孫か?会いたかったなぁ。時間がないのが残念だ。』

 どうやらこの部屋はトーマお祖父様が学生時代にはすでに作っておいたようだ手紙だけは後年になってから置いたのだろう。
 ただ、トーマお祖父様の読みとは異なっていてトーマお祖父様は祖父や高祖父ではない。

「曾孫の孫ってなんっていうんだろうな…」
「ひひひ孫?」
「悪い魔女の笑い声か」

 曾孫の孫がケルンだからな。俺も…って考えると何かひっかかるんだが、ケルンを基準に考えるとスッと頭に入る。たぶん、孫って響きが子供っぽいからか?
 まぁ、そんなことは置いておくとして。変な手紙の文章だ。

「ねぇ、お兄ちゃん」
「ああ。ケルンもわかったか」

 少し考えたらケルンもわかったのか、眉をよせている。どうしてなのかわからないって顔だな。

「うん。あのね…トーマお祖父様は事故で亡くなったんじゃなかったの?」
「…違う感じがするんだよな、手紙があるってことは」

 トーマお祖父様は落馬事故で亡くなっている。頭の打ちどころも悪かったのだろうけど、心臓発作を起こしたのか、落馬したときにはすでに息が止まっていた。
 享年五十三歳。平均寿命を考えても若すぎる死は当時のフェスマルク家に衝撃を与えた。

「父様が嘘を吐くはずがない…というか、トーマお祖父様が事故死じゃないなんて、たぶん誰も思っていないだろう」

 そもそも魔法建築家として有名だったトーマお祖父様の本なんかも出ている。
 史実が事実かはわからない。何せトーマお祖父様が亡くなったのは史実ではあるが、死の原因はあまり重要ではなかったのだろう。
 ザクス先生のご先祖様がトーマお祖父様の解剖までして事故死と断定したっていうのも大きいけどな。

「本に書いてあるのが真実とは限らない…だが、どう考えても事故死だろう」

 誰かに命を狙われるような功績を残していない人だし…戦場には出ずというか、義理の母親たちが強い人たちばかりで必要なかったのと、比較的平和な時代だったからってのもある。
 魔族と争ったり他国と争ったりもあまりなく、芸術文化が花開いていた時代の人で、完全にそっちで生きていた人だからな…恨まれるとしてもライバルになる建築家ってのも…そこまでするか?
 鍋研究は論外としてな。さすがに料理の研究で恨まれるとかはないだろ。現在も活動している謎団体だし。

 恨む…妬み…それで納得できるものなのか。

 絵を描いていて恨まれることなんてなかったからわからないが、自分より上手く表現したり描いたりする人がいたとして、そいつがいなくなったからって自分が一番になるとはいえない。
 死後に名声が高まったりすることもあるしな。それなら、新たな表現を探したり自分の得意とするものを伸ばす方がいいだろう。

「なんかね…もやってするの…」
「…後で考えよう。続きを読もうぜ?」

 考えれば考えるだけ、思考の迷宮に入る。ケルンの言葉の通りにもやっとする。今はもうやめよう。それに、終わってしまったことだ。

 手紙の続きを読んでいけば何かわかることもあるかもしれない。
 例えばトーマお祖父様が学園を破壊…半壊させた理由とかも手紙に書いてあったし。

 学園を破壊して建て直したのが精霊様の願いだったってのは物騒としかいえねぇけど。

『それとここにある品は全てフェスマルク家の物だ。
 初代様から今まで集めてきた物が収納できなくてな…縁もあるここに置かせてもらった。中にはガラクタもあるが金目の物もある。好きにすればいい。』

 どんだけ集めてんだ?パンを買ってシール集めて気づけば屋敷が皿まみれとかそういう感覚か?
 金目の物がそもそもないんじゃねぇかな…倒れて壊れた物もあるし。
 俺とミルディは片付けを思うとげんなりとするのに、ケルンは「やったー!宝物だぁー!」と喜んでいる。
 …危険な物だけあとで破棄しておこう。刃物とか。

『奥の扉の使い方は扉に書いてある。俺の精霊が施した魔法だからすげぇぞ?何せ契約したら他の魔法が使えなくなるほど力のある精霊の魔法だからな。』

 ん?奥の扉?まだ奥に部屋があるのか?精霊様が施した魔法がかけられている何か…文面的に扉がある?なんだそれ?
 あとトーマお祖父様が魔法を使えなくなるほど容量を取ってしまう精霊様って…上級精霊様とか…にしては、属性が書いてない。普通は書くよな?

「強力な精霊様と契約をされていたのか?」
「部屋なんてあるのかな?」
「あちらではないですか?」

 きょろきょろとするケルンに釣られてきょろきょろとすると、ミルディがすぐに見つけた。

 その扉はとても深い青…紺碧の空のような色をしている。取っ手は金色に輝き、扉の中央には林檎だろうか。赤色の実をつけた樹がレリーフとして嵌め込まれていた。

「綺麗な扉だね」
「…材質はなんだろうか…削ったらだめか?ちょこっと調べて…いや、薬品とかもありか?」

 扉の材質が想像つかない。取っ手は金色に輝いているが、金か?金メッキ?それとも違う物か?…林檎はルビーのような宝石に見えるが艶めいた赤色…スタールビーのような星もみえなくはない。林檎の樹も木肌の茶色と葉っぱの緑は色を塗ったものではない。
 扉をああして作るってのも面白いが、重さはどうなんだ?色々と試したいとこだ。

「んー…ダメ!お兄ちゃんはそういって、壊しちゃうから!」
「こ、壊さねぇよ」
「この前もそういって、しさくひん?壊してたよー?」

 好奇心は試作品を破壊する。なんてな。
 バイク…バイクゥをラジコンにしようとしている人たちがいて、その試作品をもらってきてケルンと遊んでいたんだけど、気になってしまってな…分解して組み立て直したんだが、動かなくて…もう一個もらいに頼みにいったんだよなぁ。
 えづくくらい号泣されたらどんな手を使って…金貨三十枚と俺の絵を押し付けて心置きなく最新の試作品をもらってきた。

 壁まで走るし、俺が乗って移動もできるから部屋の中でケルンと某仮面なヒーローごっこをしたりしている。滅茶苦茶楽しい。

「好奇心は押さえれねぇ…モフラーも同じだ」
「もふら?」
「モフラーな。それは双子が呼び出すやつだ」
「双子?…あ、ミケ君とメリアちゃんだ!」

 あの大きさのイモムシをミケ君たちが呼んだら感動するわ。
 あとまたも、ため息が聞こえたが空耳だな。

『ああ、そうだ。何かを持っていくときはあいつに声をかけてやってくれ。歳を取りすぎて耄碌してるが、あいつは俺たちの家族だから見ても驚くなよ。』

 家族?あいつ?

「誰かいるのかな?」
「いるか?」

 部屋をみても人はいない。埃だらけだし、誰もいるわけがないのだ。

「いえ…誰もいません」

 とどめにミルディがいうんだから、絶対にいないんだと思うが…え、誰に声をかけたらいいんだ?ユリばあ様とか?

『それじゃ、長く手紙を読んでもつまらないだろうから、ここらで終わりだ。俺ならとっくに飽きてるからな。子孫が俺のように面白く過ごせるように祈ってるぜ。
 トーマ・フェスマルク』

 トーマお祖父様からの手紙はそれで終わりだった。ただの自慢と注意事項をまとめただけのような手紙だったが、逆にそれがご先祖様だなと思うような内容だった。
 用件だけ伝えようとしているところとか、心当たりというか、そんな手紙を書いたり読んだような気もする。

「宝物ってどれでも持っていっていいのかな?おもちゃもあるかなー?持ってく物が決まったらユリばあ様にいえばいいのかな?」
「んー。思い当たるのがユリばあ様だからなー。でも耄碌もしていないし、家族ってのもなー?」
「じゃあ、違うのかな?…えーと、てがかり?とか探そう!たんてーの基本!」

 ユリばあ様なら名前を書くだろうし、もしかしたら別人のことかもしれない。手掛かりを探すっていうのは悪くない。
 迷探偵もたまにはいい考えをするみたいだな。

「ガラク…お宝の中にあるかもなー」
「よーし!宝物探すぞー!」

 ケルンには宝物に見えていても俺にはどうみてもガラクタにしか見えないんだよな。興味をひきそうなもの…本とか、あそこら辺の謎の魔道具らしき物とかは気になるな。

 逆に鎧とかローブとか、毛皮の類いは興味がわかない。
 毛皮とかあまり好きじゃないしな。

「あれ?お兄ちゃんは、好きじゃないの?モフモフだよ?」
「モフモフだけど、生きている方がいいな…まぁ、使ってやるのも供養になるか」

 毛皮をとられても着られないのは、死に損だからな。着飾る人には悪いが、俺としては毛皮を使うならボロボロになるまで使ってやってほしい。それが生き物への供養になると思うのだ。

 絵を描くときに使う筆だって、生き物の毛だ。でも、俺たちは使う。ボロボロになるまで使う。必要だからだ。絵を描かない人間からすれば非道かもしれない。
 だから着飾ることをしない俺がとやかくいえる筋ではないからな。
 使いきる。それだけだ。

「そっかぁ。そうだねー。僕も生きてるモフモフがいいなぁ」
「ふかふかでモフモフなのな」
「ふかモフ!」

 うむうむ。こうしてケルンを正しきケモナーに…していいのか?腕組して頷いていたが、首をかしげる。俺を真似してケルンも首をかしげ「ふっかモフだった?」なんて聞いてくる。

「それでいいんですか、お二人とも…」

 ミルディが呆れたように俺を見る。ケルンを呆れたように見ない辺り、帰省したときにエセニアから何かしらの教育があったんだろう…いや、しっかりされているな。

 目線とかエセニアそっくりで今度は俺の膝にきたぞ。
 膝から崩れ落ちそうになったが、気を取り直して、荷物をみるが…んー…やっぱり、本かな?

「あ、お兄ちゃん!あそこの毛玉ってどんな動物さんのかな?」
「は?毛玉?」

 ケルンが指差した先には確かに毛玉が置いてあった。
 座布団の上にぽんっと置かれた毛玉は赤茶けたいびつな円形をしている。大きさは俺より少し大きい。三十センチぐらいか?
 赤茶けた毛玉だが、あの毛並みは少しボロい。かなり古い毛皮の抜け毛を集めたのか?それにしても、わざわざ座布団の上に奥なんて変わってるな。

 何となく気になって全員で近づく。すると毛玉からぴんっと耳が飛び出した。

「ガー…ピピッ…浸入…者?…ガー…」

 毛玉が喋ったぁ!
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