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第七章 ケモナーと精霊の血脈
可能性
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基本属性の短縮詠唱とはそもそも根本が異なっているはずなのに成功した。それもそれまで成功ししていなかったというのにだ。
俺はもちろん、たぶんナザドも信じれない気持ちになっている。
「マティ君のマネ?」
当の本人は「似てなーい」といってケラケラ笑ってご機嫌だ。
喜んでるのはいいんだが…どういうことなんだ?
「…何で成功したんですか?坊ちゃまの契約した精霊は人型とはいえ中級だったんでしょ?」
先生というよりも、研究者のような顔つきでナザドが俺に確認をしてくる。ケルンには聞かないあたり、内心ではかなり慌てているのだろう。
称賛の言葉もないからな。
ケルンの顔を見るがまだ大丈夫だな。嬉しそうに鼻唄を歌いながら、時おり「できた♪できた♪」と口ずさんでいる。
「古い精霊だったから…とかは?」
「精霊の格はそんなものでは決まりません」
ピリッとしたその口調はやめた方がいいぞ。
ケルンがぴたりと止まった。
「坊ちゃまがいくら才能があっても、成功するなんて…『転移』系とよほど相性がいい精霊だったのでしょうか?」
後半は仮説を立てだす研究者のように独り言を呟いていたが、よほど重要なことだったんだろう。
でも、珍しいことにナザドはケルンのことを考えていなかった。
「僕、ダメなことした?」
しょんぼりと、少し目を潤ませて俺に聞く姿を見ろ。やらなきゃいけないことがまずあんだろ。
「いーや。むしろすげぇんだよ。な?」
ケルンはすごいなーっていってやって、肩に飛び乗って頬をつつく。ナザドにも同意を求めればかなり焦ったのか、いつもより難しい言葉でケルンを誉めだした。
「え、ええ!精霊と親和性を高められるからこそ魔法は成功します。相性がいい精霊と契約をするのは魔法使いにとってすごく重要なんですよ!」
誉めてるんだけど、それじゃあケルンには伝わらないぞ。
「しんわせー?」
「あー…仲良くなれるってことでいいよ」
「それいいね!しんわせー?をしてね、仲良くなる!僕ね、もっと精霊様とお友達になってお兄ちゃんの呪いを解くんだもん!」
「そうだな…ケルンならできるだろうなぁ」
噛み砕いて教えてやれば、ちょっと使い方は怪しいけれど気分は浮上しているし…目的があるからか、やる気も出てきたし、よしとするか。
ほっとしたように、ふぅと息を吐いたナザドがまた研究者の顔になって呟く。
「でも、本当に不思議ですね…名持ちの精霊とはいえ、文献に載っていない精霊なんて、それほど強くはないんですがね」
フートのことを教えたがそんな精霊の名前は伝わっていないというのがナザドの解答だった。
闇の精霊様との契約を解除することに一時期必死になっていたナザドは、精霊様の文献に詳しい。歴史や伝説に出てくる名前のある精霊様のことも知っているぐらいだ。
そのナザドが知らないとうことは、フートと契約をしたから上手くいった…とは考えにくいのか。
だったら前から疑問に思っていたあのことが、関係するかもしれない。
「そういや、前にお前の『転移』に巻き込まれた…おーい、落ち込むなって」
がっくしと頭を下げて瞳のハイライトがなくなって、闇落ちみたいな目になっているけど、復帰してくれ。
一度、ナザドがエレス様に『転移』を使って王城に飛ばそうとしたときケルンも巻き込まれた。
あのときも、普通ならば巻き込まれるはずのないのに一緒に『転移』したことがかなり疑問だったんだ。
俺も思考を加速させて考えていたんだが、それでも答えが出ないし…いくら知識を探っても…ん?
あれ?そういや、俺は。
「大変だったよね、お兄ちゃん」
「あ?…ああ」
ケルンがそういうとまたナザドが落ち込んだ。
「エフデさんもそこまで…どうされました?」
「お兄ちゃん?疲れちゃった?」
「いや、疲れてないぞ?…大変だったなって。下手すりゃとんでもないことになってたからな」
何か引っかかったけど、何だったか?忘れてしまった。
ケルンの中に俺がいたし、巻き込まれたときに何かあったような気もしたが…気がするだけか。
「反省してますよ…本当に…」
ナザドががちへこみしている。
まぁ、ナザドはケルンが大事だからな。自分のせいで危険にさせたなんて考えたくもないもんな。
俺も兄としてケルンが大事だから気持ちがわかる。
そんな危険なことを弟にはさせたくない。
って、そうじゃなく、俺が気づいたことは別にある。
「あんときも思ったんだけど、ひょっとしてケルンって『転移』と相性がいいんじゃないのか?」
「そうなの?ナザドはどう思う?」
ナザドの『転移』が暴走としたとは考えにくい。父様が認める魔法使いたで、まだ若いけど才能はずば抜けている。
それに闇の精霊様と契約をしているナザドが『転移』を完全詠唱までしめ使ったのだ。
失敗する確率はかなり低かった。だとすれば、ケルンに問題があったんじゃないかと考えた。
魔法は人によって相性がある。得意とする魔法があるといい換えてもいい。
だからそう考えたのだが、ナザドは眉を寄せて考え込んでいる。
「聞いたことのない事例でしたから…」
二度と同じ過ちをしないために調べていたのか、俺の推測に納得していない。
確かに考える上では材料が足りないか。
「それじゃ『転移』と相性がよかった魔法使いは?」
「それなら昔の文献に『転移』を得意とした者の話は残っていましたが…全属性の適合者でしたから」
あ、だったら俺の推測は外れだ。ケルンは違う。闇はさすがに適性がないし、闇の魔法も使えない。
「ねぇー、練習は?」
話に飽きたケルンが杖をぶんぶんと振っている。今日は静かだからいいけど、乱暴にするなよ。
変な声で喜ぶから。
それからまた練習をした。
色々と試してみたが、ケルンの疲労を考えて回数は少なくした。最初の練習と合わせても一時間以内だ。
指導の合間に軽い休憩をはさんではいるが、それでも疲れは溜まっていくので、とうとうケルンが座ったままになる。
「疲れたー」
いつならさっとミルディがケルンの顔を拭いて飲み物を渡すところなんだけど、今日はミルディはついてきていない。コーザさんのところにカルドからの手紙を持っていき、ついでに何かを教わるといっていたからだ。
お茶の入れ方とかだろうか?ナザドがいるから安心ではあるんだが…いや、ある意味で心配か。俺を含めてストッパーがいないからな。
だが、ケルンが疲れたら特訓はおしまいだ。それぐらいは俺だってやれるさ。
「なら、今日は止めだな」
「ですね。あまり無理はしない方がよろしいでしょう」
もっと体力がついたらばんばん特訓をやってもいいが、今はまだナザドの指示でしかできない。無理して倒れたら困るからな。
今日は特に難しいからここらでいいだろ。
「ふふっ。僕ね『転移』得意かも!」
自慢気にしているケルンには悪いが尖りすぎな得意だと思うぞ。
「でも、坊ちゃま。エフデさんしか呼び寄せができてませんね?」
「うん…お兄ちゃん以外は失敗しちゃうね…なんでだろ?」
俺を呼び寄せることは完璧だ。距離にして十メートルまでならすぐだった。
ただし、遮蔽物があれば成功しない。
その上、石や重たすぎるものは一切だめ。もっといえば俺しか無理だった。
例えば俺が石を持って離れていると俺しかケルンの手元にいかず、石は俺がいた場所に落ちてそのままになる。
それでも一応はできたからケルン本人はあまり気にしていない。
それに引き換え、俺はできなかった。『転移』系と相性が悪いのかもな。
「僕がいないところで練習をしてはいけませんよ?何かあってからでは遅いんですからね?」
「はーい!」
ナザドのいう通りだな。どうもケルンの『転移』は安定してないみたいだ。父様やナザドはそうじゃないみたいだけど、父様は光の精霊様、ナザドは闇の精霊様と契約をしているからだろうな。
何で俺だけ…考えれるとしたら、あれか?
「もしかしたら俺とケルンの繋がりが原因かもな」
「繋がりですか?」
ナザドが休憩がてらに指導で話していたことからの推測にすぎないんだが、可能性は高いと思う。
「ほら、『転移』系ってのは対象をよく知っていたり所有権があったり…何かの縁が必要なんだろ?俺とケルンにはそういう強い繋がりがあるんだよ。なー?」
「ねー?」
目に見えないけど、俺らには繋がりがあるし、何よりずっと一緒っだったからな。条件を全て満たしている。
俺の推測はどうだ?とナザドをみれば、握り拳を作って震えている…なぜに?
「なんですか。兄弟だからって繋がりがあるとか妬ましい!僕だって坊ちゃまと繋がりたいです!」
「おし、ナザド。そのいい方は俺的にアウトだ。尻を蹴ってしんぜよう。ふんっ!」
最近、中身はおっさんな自称乙女の風の精霊様にでくわしたから、アウトないい方は教育的指導をすると決めたのだ。
ぴょっんと飛び降りて、猛ダッシュして飛び蹴りをくらわす。腕輪は装備済みだ。
逃がすか。
唸れ!俺の黄金…正しくは紺色に黄金メッシュの右足!
「ぎゃいん!」
尻を押さえて飛び上がるナザド。
心は痛くならない。前もってフィオナとエセニアから『やっていいです』の許可ももらってあるからな。
そういうとこで獣人の息子っぽいとこ出すな。心に来るだろ。ナザドだからいいけど。
尻を押さえているナザドは放置だ。反省しとけ。たまにお前はうちのケルンをマジで誘拐しそうで怖いんだよ。
ケルンに嫌われたら死ぬからしないとは思うけど。
「いてて…エフデさんは暴力的だ…僕の方がお兄さんなんだから敬ってほしいです」
「すまんが、無理」
「…未来の兄にこの対応ですか…」
「もう一丁いっとくか!ああ?」
誰が未来の兄だ!
口笛を吹きつつ目をそらすな!地味にお前上手いから腹立つな!盛大な曲を奏でてんじゃねえよ!
それ、結婚式の曲だろ!
「ったく…」
「お兄ちゃんとナザドは仲良しだねー」
「嫌なこというなって」
げんなりするわ。いや、仲良しなのは間違いないけど、こいつ俺をからかいすぎだから。
「ってか、ケルンよ。今日はいつになく嬉しそうだな」
「うん!だってね、これでお兄ちゃんが悪い人に連れてかれても、僕が呼び戻せるね!」
そんなフラグはいらないかなぁ。
すられた瞬間なら意味があるけど…たぶんお前ごと連れ去られると思うわ。
んで、相手は死ぬ。俺がやるか家族の誰かがやるかだろうけど。
筆頭は目の前のやつだけど。
「では、明日も」
言葉の途中でナザドが止まり、手のひらを空に向ける。
その真上で空間が歪んだと思ったらぽとりっと手紙が落ちてきた。誰からだろうか?読んでいくナザドの顔はどんどん無表情になる。
「お手紙?誰から?」
「…旦那様からの手紙です…はぁ…すいません。僕はちょっと出張が入りました」
「出張?いいのか?」
サイジャルから出れるのか?
「まぁ、僕もちょっと用事があったので…お使いもあるんです」
「許可済みか」
「ええ」
学長先生あたりにまたこき使われているようだ。やはり一度抗議すべきだな。
ナザドはほとんど休んでいないし、闇の精霊様と契約をしている影響から、あまり寝ない。ケルンに癒してもらうくらいしかストレス発散はできてないかもな。
また暴走する前にケルンと遊ばせるか。
「それじゃ、明日からはしばらくお休みです…残念です…本当に残念ですが!」
「すぐ戻る?」
力強くいわなくても伝わるほど嫌な顔をしている。ケルンも心配そうだぞ。嫌なら父様にいってなしにしてやるのに。
「そうですね…ちょっと前に働いていた所へ顔を出してきますから、もしかしたら手伝いもして帰るかもしれません」
「大変じゃないか」
ナザドがバイトしてたとこって、王都のゴミ施設だよな?この時期だと臭いもあって大変そうだ。
父様の口利きで入ったって話だし…だから父様が手紙を送ってきたのか?
「ただではないですから…そうだ!お二人にお土産を買ってきますよ!」
「お土産?」
「どんなのだ?」
食品系は食べれないから、物だな。雑貨とか…いや、本の可能性が高いか。俺たちにってことだし。
「そうですねー…王都で流行っている本を買ってきますよ」
「絵本?」
「いえ、新冒険者列伝ってやつです。冒険者の体験をまとめた話なんで読み物としても面白いらしいですよ…謎の剣士とか」
やっぱり本か。ってか、なんで悪い顔でいうんだ?
家にはない本ってのはいい。しかも、冒険者!これは『風来ロウ』に使えるぞ。ティルカの話だけじゃネタが足りなかったからな。
「それは読みたいな。ネタになりそうだ」
「お兄ちゃん、読んでね?」
「あいよ」
楽しみが増えたってのはいいな。ゴミ施設の仕事は大変だろうが、頑張ってくれよ。
「そうだ。坊ちゃま。エフデさん。大事なことをいうのを忘れるところでした」
帰ってゆっくりしようと歩きだしたら、ナザドが明日の天気を話すように軽い感じでいってきた。
「なーに?」
「どうしたよ?」
俺たちもナザドの軽い感じに感化されて何も考えずに尋ねた。
とたん、ぞっと寒気がするほどナザドの声音が変わる。
「絶対に、あの女に近寄らないでください」
どろりと光のないナザドの瞳の奥には、はっきりと憎しみが刻まれていた。
俺はもちろん、たぶんナザドも信じれない気持ちになっている。
「マティ君のマネ?」
当の本人は「似てなーい」といってケラケラ笑ってご機嫌だ。
喜んでるのはいいんだが…どういうことなんだ?
「…何で成功したんですか?坊ちゃまの契約した精霊は人型とはいえ中級だったんでしょ?」
先生というよりも、研究者のような顔つきでナザドが俺に確認をしてくる。ケルンには聞かないあたり、内心ではかなり慌てているのだろう。
称賛の言葉もないからな。
ケルンの顔を見るがまだ大丈夫だな。嬉しそうに鼻唄を歌いながら、時おり「できた♪できた♪」と口ずさんでいる。
「古い精霊だったから…とかは?」
「精霊の格はそんなものでは決まりません」
ピリッとしたその口調はやめた方がいいぞ。
ケルンがぴたりと止まった。
「坊ちゃまがいくら才能があっても、成功するなんて…『転移』系とよほど相性がいい精霊だったのでしょうか?」
後半は仮説を立てだす研究者のように独り言を呟いていたが、よほど重要なことだったんだろう。
でも、珍しいことにナザドはケルンのことを考えていなかった。
「僕、ダメなことした?」
しょんぼりと、少し目を潤ませて俺に聞く姿を見ろ。やらなきゃいけないことがまずあんだろ。
「いーや。むしろすげぇんだよ。な?」
ケルンはすごいなーっていってやって、肩に飛び乗って頬をつつく。ナザドにも同意を求めればかなり焦ったのか、いつもより難しい言葉でケルンを誉めだした。
「え、ええ!精霊と親和性を高められるからこそ魔法は成功します。相性がいい精霊と契約をするのは魔法使いにとってすごく重要なんですよ!」
誉めてるんだけど、それじゃあケルンには伝わらないぞ。
「しんわせー?」
「あー…仲良くなれるってことでいいよ」
「それいいね!しんわせー?をしてね、仲良くなる!僕ね、もっと精霊様とお友達になってお兄ちゃんの呪いを解くんだもん!」
「そうだな…ケルンならできるだろうなぁ」
噛み砕いて教えてやれば、ちょっと使い方は怪しいけれど気分は浮上しているし…目的があるからか、やる気も出てきたし、よしとするか。
ほっとしたように、ふぅと息を吐いたナザドがまた研究者の顔になって呟く。
「でも、本当に不思議ですね…名持ちの精霊とはいえ、文献に載っていない精霊なんて、それほど強くはないんですがね」
フートのことを教えたがそんな精霊の名前は伝わっていないというのがナザドの解答だった。
闇の精霊様との契約を解除することに一時期必死になっていたナザドは、精霊様の文献に詳しい。歴史や伝説に出てくる名前のある精霊様のことも知っているぐらいだ。
そのナザドが知らないとうことは、フートと契約をしたから上手くいった…とは考えにくいのか。
だったら前から疑問に思っていたあのことが、関係するかもしれない。
「そういや、前にお前の『転移』に巻き込まれた…おーい、落ち込むなって」
がっくしと頭を下げて瞳のハイライトがなくなって、闇落ちみたいな目になっているけど、復帰してくれ。
一度、ナザドがエレス様に『転移』を使って王城に飛ばそうとしたときケルンも巻き込まれた。
あのときも、普通ならば巻き込まれるはずのないのに一緒に『転移』したことがかなり疑問だったんだ。
俺も思考を加速させて考えていたんだが、それでも答えが出ないし…いくら知識を探っても…ん?
あれ?そういや、俺は。
「大変だったよね、お兄ちゃん」
「あ?…ああ」
ケルンがそういうとまたナザドが落ち込んだ。
「エフデさんもそこまで…どうされました?」
「お兄ちゃん?疲れちゃった?」
「いや、疲れてないぞ?…大変だったなって。下手すりゃとんでもないことになってたからな」
何か引っかかったけど、何だったか?忘れてしまった。
ケルンの中に俺がいたし、巻き込まれたときに何かあったような気もしたが…気がするだけか。
「反省してますよ…本当に…」
ナザドががちへこみしている。
まぁ、ナザドはケルンが大事だからな。自分のせいで危険にさせたなんて考えたくもないもんな。
俺も兄としてケルンが大事だから気持ちがわかる。
そんな危険なことを弟にはさせたくない。
って、そうじゃなく、俺が気づいたことは別にある。
「あんときも思ったんだけど、ひょっとしてケルンって『転移』と相性がいいんじゃないのか?」
「そうなの?ナザドはどう思う?」
ナザドの『転移』が暴走としたとは考えにくい。父様が認める魔法使いたで、まだ若いけど才能はずば抜けている。
それに闇の精霊様と契約をしているナザドが『転移』を完全詠唱までしめ使ったのだ。
失敗する確率はかなり低かった。だとすれば、ケルンに問題があったんじゃないかと考えた。
魔法は人によって相性がある。得意とする魔法があるといい換えてもいい。
だからそう考えたのだが、ナザドは眉を寄せて考え込んでいる。
「聞いたことのない事例でしたから…」
二度と同じ過ちをしないために調べていたのか、俺の推測に納得していない。
確かに考える上では材料が足りないか。
「それじゃ『転移』と相性がよかった魔法使いは?」
「それなら昔の文献に『転移』を得意とした者の話は残っていましたが…全属性の適合者でしたから」
あ、だったら俺の推測は外れだ。ケルンは違う。闇はさすがに適性がないし、闇の魔法も使えない。
「ねぇー、練習は?」
話に飽きたケルンが杖をぶんぶんと振っている。今日は静かだからいいけど、乱暴にするなよ。
変な声で喜ぶから。
それからまた練習をした。
色々と試してみたが、ケルンの疲労を考えて回数は少なくした。最初の練習と合わせても一時間以内だ。
指導の合間に軽い休憩をはさんではいるが、それでも疲れは溜まっていくので、とうとうケルンが座ったままになる。
「疲れたー」
いつならさっとミルディがケルンの顔を拭いて飲み物を渡すところなんだけど、今日はミルディはついてきていない。コーザさんのところにカルドからの手紙を持っていき、ついでに何かを教わるといっていたからだ。
お茶の入れ方とかだろうか?ナザドがいるから安心ではあるんだが…いや、ある意味で心配か。俺を含めてストッパーがいないからな。
だが、ケルンが疲れたら特訓はおしまいだ。それぐらいは俺だってやれるさ。
「なら、今日は止めだな」
「ですね。あまり無理はしない方がよろしいでしょう」
もっと体力がついたらばんばん特訓をやってもいいが、今はまだナザドの指示でしかできない。無理して倒れたら困るからな。
今日は特に難しいからここらでいいだろ。
「ふふっ。僕ね『転移』得意かも!」
自慢気にしているケルンには悪いが尖りすぎな得意だと思うぞ。
「でも、坊ちゃま。エフデさんしか呼び寄せができてませんね?」
「うん…お兄ちゃん以外は失敗しちゃうね…なんでだろ?」
俺を呼び寄せることは完璧だ。距離にして十メートルまでならすぐだった。
ただし、遮蔽物があれば成功しない。
その上、石や重たすぎるものは一切だめ。もっといえば俺しか無理だった。
例えば俺が石を持って離れていると俺しかケルンの手元にいかず、石は俺がいた場所に落ちてそのままになる。
それでも一応はできたからケルン本人はあまり気にしていない。
それに引き換え、俺はできなかった。『転移』系と相性が悪いのかもな。
「僕がいないところで練習をしてはいけませんよ?何かあってからでは遅いんですからね?」
「はーい!」
ナザドのいう通りだな。どうもケルンの『転移』は安定してないみたいだ。父様やナザドはそうじゃないみたいだけど、父様は光の精霊様、ナザドは闇の精霊様と契約をしているからだろうな。
何で俺だけ…考えれるとしたら、あれか?
「もしかしたら俺とケルンの繋がりが原因かもな」
「繋がりですか?」
ナザドが休憩がてらに指導で話していたことからの推測にすぎないんだが、可能性は高いと思う。
「ほら、『転移』系ってのは対象をよく知っていたり所有権があったり…何かの縁が必要なんだろ?俺とケルンにはそういう強い繋がりがあるんだよ。なー?」
「ねー?」
目に見えないけど、俺らには繋がりがあるし、何よりずっと一緒っだったからな。条件を全て満たしている。
俺の推測はどうだ?とナザドをみれば、握り拳を作って震えている…なぜに?
「なんですか。兄弟だからって繋がりがあるとか妬ましい!僕だって坊ちゃまと繋がりたいです!」
「おし、ナザド。そのいい方は俺的にアウトだ。尻を蹴ってしんぜよう。ふんっ!」
最近、中身はおっさんな自称乙女の風の精霊様にでくわしたから、アウトないい方は教育的指導をすると決めたのだ。
ぴょっんと飛び降りて、猛ダッシュして飛び蹴りをくらわす。腕輪は装備済みだ。
逃がすか。
唸れ!俺の黄金…正しくは紺色に黄金メッシュの右足!
「ぎゃいん!」
尻を押さえて飛び上がるナザド。
心は痛くならない。前もってフィオナとエセニアから『やっていいです』の許可ももらってあるからな。
そういうとこで獣人の息子っぽいとこ出すな。心に来るだろ。ナザドだからいいけど。
尻を押さえているナザドは放置だ。反省しとけ。たまにお前はうちのケルンをマジで誘拐しそうで怖いんだよ。
ケルンに嫌われたら死ぬからしないとは思うけど。
「いてて…エフデさんは暴力的だ…僕の方がお兄さんなんだから敬ってほしいです」
「すまんが、無理」
「…未来の兄にこの対応ですか…」
「もう一丁いっとくか!ああ?」
誰が未来の兄だ!
口笛を吹きつつ目をそらすな!地味にお前上手いから腹立つな!盛大な曲を奏でてんじゃねえよ!
それ、結婚式の曲だろ!
「ったく…」
「お兄ちゃんとナザドは仲良しだねー」
「嫌なこというなって」
げんなりするわ。いや、仲良しなのは間違いないけど、こいつ俺をからかいすぎだから。
「ってか、ケルンよ。今日はいつになく嬉しそうだな」
「うん!だってね、これでお兄ちゃんが悪い人に連れてかれても、僕が呼び戻せるね!」
そんなフラグはいらないかなぁ。
すられた瞬間なら意味があるけど…たぶんお前ごと連れ去られると思うわ。
んで、相手は死ぬ。俺がやるか家族の誰かがやるかだろうけど。
筆頭は目の前のやつだけど。
「では、明日も」
言葉の途中でナザドが止まり、手のひらを空に向ける。
その真上で空間が歪んだと思ったらぽとりっと手紙が落ちてきた。誰からだろうか?読んでいくナザドの顔はどんどん無表情になる。
「お手紙?誰から?」
「…旦那様からの手紙です…はぁ…すいません。僕はちょっと出張が入りました」
「出張?いいのか?」
サイジャルから出れるのか?
「まぁ、僕もちょっと用事があったので…お使いもあるんです」
「許可済みか」
「ええ」
学長先生あたりにまたこき使われているようだ。やはり一度抗議すべきだな。
ナザドはほとんど休んでいないし、闇の精霊様と契約をしている影響から、あまり寝ない。ケルンに癒してもらうくらいしかストレス発散はできてないかもな。
また暴走する前にケルンと遊ばせるか。
「それじゃ、明日からはしばらくお休みです…残念です…本当に残念ですが!」
「すぐ戻る?」
力強くいわなくても伝わるほど嫌な顔をしている。ケルンも心配そうだぞ。嫌なら父様にいってなしにしてやるのに。
「そうですね…ちょっと前に働いていた所へ顔を出してきますから、もしかしたら手伝いもして帰るかもしれません」
「大変じゃないか」
ナザドがバイトしてたとこって、王都のゴミ施設だよな?この時期だと臭いもあって大変そうだ。
父様の口利きで入ったって話だし…だから父様が手紙を送ってきたのか?
「ただではないですから…そうだ!お二人にお土産を買ってきますよ!」
「お土産?」
「どんなのだ?」
食品系は食べれないから、物だな。雑貨とか…いや、本の可能性が高いか。俺たちにってことだし。
「そうですねー…王都で流行っている本を買ってきますよ」
「絵本?」
「いえ、新冒険者列伝ってやつです。冒険者の体験をまとめた話なんで読み物としても面白いらしいですよ…謎の剣士とか」
やっぱり本か。ってか、なんで悪い顔でいうんだ?
家にはない本ってのはいい。しかも、冒険者!これは『風来ロウ』に使えるぞ。ティルカの話だけじゃネタが足りなかったからな。
「それは読みたいな。ネタになりそうだ」
「お兄ちゃん、読んでね?」
「あいよ」
楽しみが増えたってのはいいな。ゴミ施設の仕事は大変だろうが、頑張ってくれよ。
「そうだ。坊ちゃま。エフデさん。大事なことをいうのを忘れるところでした」
帰ってゆっくりしようと歩きだしたら、ナザドが明日の天気を話すように軽い感じでいってきた。
「なーに?」
「どうしたよ?」
俺たちもナザドの軽い感じに感化されて何も考えずに尋ねた。
とたん、ぞっと寒気がするほどナザドの声音が変わる。
「絶対に、あの女に近寄らないでください」
どろりと光のないナザドの瞳の奥には、はっきりと憎しみが刻まれていた。
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「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
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いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
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古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
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※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
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お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
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