選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第六章の裏話

どこかの教会

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 外も中も真っ白に染められた教会。
 唯一の色は讃美歌を歌う人間の手の色だけだ。彼らはローブを深く被って顔を隠している。
 男女どちらかもわからない。けれどもその口が奏でる讃美歌は誰もが聞き惚れるだろう。

『偉大なるかな。偉大なるかな。
 誉れ高きお方。いと高きお方。

 偉大なるボージィンはこの世界を作られし後に精霊たちを作られた。

 地に溢れし精霊たち。
 光と闇と火と水と土と風。
 慈愛なるは光と水と風なり。
 勇猛なるは闇と火と土なり。

 全てを記すは時なれど。
 かの精霊は全てを統べるお方の守りなり。

 偉大なるかな。偉大なる
 誉れ高きお方。いと高きお方。

 我らは御名を称えたくも。
 我らの口から絶えて久し。

 偉大なるかな。偉大なるかな。
 誉れ高きお方。いと高きお方。

 我らは祈りて待ちはべり。
 御身の降臨を待ちはべり。』

 伴奏もなく、声だけで歌う。飾りのない原始的な讃美歌だ。
 しかしながら、これが本来の讃美歌とあえるほど完璧に調和がとれていた。伴奏など不要だ。

 観客などはいない。これは彼らの『祈り』なのだから。

「…馬鹿みたい」

 真剣に讃美歌を歌う彼らを冷めた瞳で見つめる者が一人。その者も真っ白なローブを着て教会の片隅で同化をするように存在を消している。

「嘘ばかり」

 祈りの讃美歌を否定する。その声も瞳同様に冷えきっていた。憎しみの感情はない。ただ、当然のことを淡々と語るかのように讃美歌を否定しているのだ。

 すると天罰とでもいうのか。真っ白な教会にまた色が作られた。
 ぽたりぽたりとローブから薄い朱色の水滴が床へと落ちる。

 それは教会には不釣り合いなほどきれいな…血涙。

 何故きれいなのか。血涙は凍って床に花を咲かせたからだ。
 氷の芸術が教会を飾る。赤い氷の花は供物のように凛と咲く。
 まるで予定されたことのように不自然さはない。

 それを作り出した芸術家は興味なさそうに、足で氷の花を粉砕する。粉々に砕ければ、真っ白なローブを床へと吸い込まれ消えた。不思議なことに色は何も残らなかった。

「何もかも…嘘ばかり」

 抑揚のない呟きのあと、続けて口を開けば感情の込められていない、けれども完成された歌声が放たれた。

 美しい祈りの讃美歌は、鎮魂歌のように聞く者の心を締め付けるだろう。
 それほどの『呪い』が込められていた。

 他者への祈りのようで、自己への呪いのようで。
 他者への呪いのようで、自己への祈りのようで。

 自暴自棄の『願い』の塊のような歌声だ。
 本質はどちらも同じだと感じれるほど、陰鬱な歌が辺りに低く響いた。

「…『我らは祈りて待ちはべり。救いの主の降臨を』…嘘つき」

 これは始まりの『呪い』だ。
 これは終わりの『祈り』だ。

「救えるなら、救ってよ」

 偽りは必ず白日の元へと晒されるだろう。
 それはそう遠くない。
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