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第六章 ケモナーと水のクランと風の宮

代理

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 まぁ、何だかんだ思うところはあるけれど、風の精霊様だ。きっとこれからはケルンを助けてくれるはずだ。
 教育にはかなり悪いから別な精霊様に期待したいところだ。

 忙しいみたいだったが…そういえば、ケルンが何か気にかけていたな。

「なぁ、ケルン。精霊様に何を聞きたかったんだ?」
「あのねー精霊様のお名前!」
「名前?…そういや聞いてなかったな…」

 よくよく考えれば、精霊様の名前を聞いていなかった。
 あんだけ存在感のある精霊様だから、名前もすごいんだろうな。

「聞いておけばよかったな」
「僕ね、ルシーネさんは教えてくれたから知ってるけど、最初に来てくれた水の精霊様のお名前も知らないから。教えてほしかったの!あとねー」
「あと?」

 いわれてみればあの陸上系女子みたいな精霊様の名前も聞いていなかった。ルシーネさんを喚び出せたら解決するんだが、ルシーネさんもあれから出てこないんだよなぁ。

 そんなことを思っていたら、ケルンが首をこてんとかしげた。

「…どうやったら父様たちのとこに戻れるのかな?って」
「…時間がきたら戻るんじゃねぇか?」
「時間ってどれぐらい?」

 どれぐらいだろう。そもそも、何でここに飛んできたのかもわかっていない。『転移』なら飛ばされた感覚があるはずなんだが、それもなく、気づいたら草原に立っていたのだ。帰り方なんてわからない。

「そうだな…じゃあ、代わりにくるっていう精霊様を早速喚んで聞いてみるか?名前のこととか…詠唱は水の精霊様のときと同じでいいかな?風の宮っていうんだから、きっと聞こえるだろうから」

 どうせなら代わりに来るっていう精霊様を喚んで聞いた方がいいだろう。顔合わせもできるし、一石二鳥だ。
 詠唱はあるようでないらしいが、風の宮ってとこにいるんだし、それっぽくいえば来てくれるんじゃないだろうか。

「うん!じゃあ、喚んでみるね!風の精霊様ー!来てください!」
「いや、そんな雑な」

 水の精霊様のときも雑だったけど、そんなんで…来た。

「わっ!」
「ぺっ!草が!ぺっ!すっぱ!ぺっぺっ!」

 フワッとつむじ風が目の前で巻き起こる。巻き起こされた草が俺の顔面にバンバン入っていく。生臭さより、酸っぱさがある草が気持ち悪い。
 酸っぱい草って、飼い葉かよ。馬がいないってのに。詐欺だ。

 つむじ風がおさまったときにそこにいた。片膝をつけ頭を下げて微動だにしていない。
 甲冑…なのか?しかも日本式だ。赤備あかぞなえの鎧だったか。ほとんどぼろぼろで、肩と胸の部分は残っているが腹部から下部分は欠落している。右腕の籠手は残っているが、左腕の籠手はない。具足も半分程度になっている。
 兜はつけていない。そのため精霊様のことがよく見えた。

 緑色の髪をしたやけに整った顔。顔立ちはコーザさんやハンクに近い。
 男装をしている少女にみえるが…どっちだ。

「若輩者ではございますが、某、召喚に応じ、主殿の御前ごぜんに参上仕った」
「来たし…」

 武士かよ。これまた濃い。かなり昔の言葉使いだ。
 普通に男の子だった。安心していいのか、悪いのか…何というかだ。この精霊様はさっきの精霊様と違って見た目通りに声が高い。十四、五歳ほどの声変り中の少年ともハスキーな声の少女でも通じる。
 さっきの精霊様は…うん。見た目とのギャップを抜いても濃い。いい精霊様が代理できたかもしれない。

「女の子かと思っちゃった。でも、普通の男の子だね」
「安心したな…やっぱり、あの精霊様が特殊だったんだろうな」

 こそこそと口上をあげても顔を上げない精霊様の前でケルンと話し合う。ケルンも女の子と間違えたってことは、俺の目がおかしいわけじゃないみたいだ。
 というか、精霊様に男女とかあるんだな。
 あと、中間。これは知りたくなかった。

「おお。貴方様が主殿か。お初にお目もじつかまつります」

 俺たちが話しているとようやく顔をあげてケルンをみて、にこりと微笑む。
 瞳の色まで緑色か。

 その瞳に警戒の色が混じった。何だ?

「ボージィン様のお姿なれど」

 あ、俺の姿が気になったか。

「僕のお兄ちゃん!今は体を借りてるの」
「ども」

 精霊様たちからすればやはり棒神さまの姿をしているのは不快に思うのだろうか。さっきの精霊様はあまりそうは見せていなかったんだが。

「兄御殿?…ふむ…人形使いの技を持っておられるか…それにしても何とも尊きお姿でござりますか。ナムナム」
「いや、拝まないでください」

 人形使いの技っていうのはマリオネットワルツとかの魔法じゃなく、スキルでってことだろうか。人形に意識を移して操るスキルがあるってのは珍しいな。
 俺はそうじゃないけど。あと、モフーナでは見たことがない祈り方だが、精霊様の間では甲冑とか祈り方が異なるのか?

 精霊様の話ってほとんどないから、こうして接していると面白い。水の精霊様とまったく違っているから余計にな。
 水の精霊様というか、ルシーネさんはメイドさんだったし、もしかして、精霊様の中でも職種とかあるのか?知りたいな。

「して、いかがされ申した?」
「あ、あのね!聞きたいことがあってね…その前に風の精霊様のお名前を教えてください!」
「某の名前でございますか?…フート。そう呼ばれておりました。主殿もぜひフートと呼び捨ててくだされ。兄御殿も構いませぬ…そのお姿をされるということは、尊き方からの恩寵厚きことと」

 再び頭を下げてしまう風の精霊様…フートをケルンと二人で顔を見合わせるて、頷いた。

「フートね!よろしくお願いします!」
「フート。ケルンを頼む」

 気になるようなことをいっていたが、そう望のだから、呼び捨てにして声をかけた。

「はっ!代行の身なれど必ずや御身をお守りいたします」

 どうしよう。思った以上に堅い精霊様が来たようだ。いや、ゆるゆるな精霊様よりはいいんだけど、ケルンの周りがかなり過保護だからな…まぁ、守ってくれるっていうならいいとしようか。

「それで、何をご所望でござりますか?」
「ごしょもう?」
「何が欲しいとか…何が聞きたかったかって」
「うん!僕ね、ごしょもう!とうやったらポルティの大聖堂に戻れるの?」

 道場破りがいうようなたのもう!みたいやいい方でごしょもう!とかいうから、フートが目をぱちくりさせた。
 あとでよくいって聞かせるから帰宅方法を教えてくれ。顔から火が出そうだ。

「戻るも何もお二方はポルティにそのままおられますぞ」
「ポルティにそのまま?」
「風の宮にいるんじゃないのー?違うのー?」

 俺たちはポルティにそのままいる?風の宮に飛んだわけじゃないってことか?

「左様。ここは風の宮でございまする。なれど、お二方はポルティから姿だけを、こちらに投影しているだけでございます…しばらくすれば景色は戻りまする」

 つまり、プロジェクションマッピングとか、CGとか、幻覚といったものってことか?俺たちが見ているのは風の宮だが、体はポルティから動いていない…でも、草が酸っぱく感じたってことは、完全な幻覚ともいえないわけか。
 どれほどかはわからないが、精霊様からの感覚もフィードバックされるってことか…結界があってよかった。

 時間潰しか…気になることはいくつかあるんだけど。フートの姿とか。

「兄御殿。某の姿が気になりまするか?」
「ちょっとな…えらく普通の人の姿だから」

 今のところこの世界ではみたことがない甲冑をつけている。しかも、精霊様がというのがいかにも変な話だ。

「我ら風の精霊はみな人族の少年に似ておるのです…子供は風の子…と申しますでしょ?尊き方の思し召しでございます」
「棒神様の?」
「さっきの精霊様はね、乙女っていってたよ?」

 少年の姿を棒神様が決めたのか。
 乙女ってかおっとだったがな。隠していたが、絶対に中身はおっさんだ。

「あの方は…その…とても情熱的な風なので…中身は乙女らしいのです…それ故、乙女の精霊像を作らせたりと…」

 フートがため息を吐くと吐いたため息がつむじ風を起こして去っていく。精霊様のため息は力強いな…いや、おかしいけど、精霊様だもんな。

「変わった話し方をするが、風の精霊って、みんなそうなのか?」
「いえいえ。他の者はもっとくだけております。この話し方は某を初めて召喚したお屋形様の真似でございます。小姓としてお仕えしておりましたので移り申したようで…昔の話ですが」

 古語混ざりの口調の理由は別な人に仕えていたからか。そういえば、おっと女の精霊様がそんなこと呟いていた。
 かわいそうな子。フートが?

「この甲冑はそのときの品でございます。古くほぼ失われましたが…思い出もあり、そのまま使用しております…お屋形様は…某の初めての相手で…とても逞しい殿方でした」

 ぼろぼろでも使うほど大切な思い出がつまっているのか。甲冑を着込んでいるということは、どこかと戦っていたんだろうな。
 初めて契約をした相手か…戦っていたなら逞しい体つきになるよな。

 変な意味ではないよな?すげぇ嫌な予感が走ってる。

 フートは急に体をくねらせて、右手をほほにそえて、ポッと赤くさせる。

「無論、操を立てたお屋形様はとうに亡くなっております…故に某も主殿が求めるのであればすぐに菊をほぐ」
「教育に悪いからその手の話はなしで頼む!」

 くそ、この精霊様もだめだ!脳内まで腐ってやがる!チェンジはどうしたらできるんだ!

「ねぇー、お兄ちゃん。何の話なの?」
「悪い子になっちゃうから、ケルンは聞かないように。兄ちゃんは悪い子は嫌いです。わかったな?」
「わかった!僕いい子!…なでなでして?」
「よっしゃ」

 ほらみろ、小さい子がよくやる『あれはなになに?』攻撃が来きちまったじゃないか。
 だがケルンは俺に懐いているから、少しずるいが話をそらす。

「はっはっはっ…よい情熱でございますな!ご兄弟に混ぜていただき、ぜひくんずほぐれたい所存」
「黙ってようか」

 拳で語り合うのもやぶさかじゃないぞ。うちの子になんちゅうことを吹き込もうとしたのかわからないが、風の精霊様はろくなのがいない。

「それは至極残念で…おや、お戻りになるようです。名残惜しいですがまたお喚びくだされ」

 笑み浮かべてそう伝えてくると、それが聞こえた瞬間、俺たちは大鐘楼の間へと戻ってきた。

 くっそ…忘れてた。風の精霊様はいたずらが好きって知識があったんだった。騙された。フートは俺たちをからかったのだ。
 フートのしてやったりという笑顔を思い出しつつ、ケルンと一緒に父様の胸の中に包まれていた。
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