選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第六章 ケモナーと水のクランと風の宮

帰省

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 一時休暇は少ない日数しか認められていない。基本的にはサイジャルで過ごす人が多く、自国が近い者なら帰国する者もいる。
 俺たちは与えられた四日間を丸々使えるが人によっては移動で丸一日潰れるだろう。

「ミケ君やメリアちゃんはどうするの?」

 屋敷に戻るための帰り支度というものをしない俺たちは、暇をもて余していた。
 市場で屋台を冷やかし、ミックスジュースを出す店で品物を買う。ここのは珍しい果実を使っているからか、飲みやすく美味しい。

 今回は俺やケルンにミルディだけではなく、ミケ君とメリアちゃんも一緒だ。アシュ君はまた忙しいらしく、図書館にこもっている。それにマティ君はいなかった。
 ミケ君たちは帰国をしないと前もって聞いていたので、ケルンのおしゃべりに付き合ってくれている。

「サイジャルはまだ安全だからな。ここで過ごすさ」
「少々、大掃除に時間がかかっているようですから」
「大掃除?…二人のお家はおっきいもんね!」

 二人の裏をまったく読まないでケルンが納得している。それを生暖かい目で三人が見ているのをケルンの肩の上で感じる。
 本当に周りが大人だからだよな?子供ってケルンみたいなのが普通だと思いたいんだけど。

 大掃除というのは、そのままの意味ではない。内部で不正をしている貴族を粛清している最中らしい。
 その大掃除には父様やティルカ、キャスまで参加しているそうだ。

 父様たちロイヤルメイジと軍人のティルカは武力面で貴族を押え、キャスは政務関連での用途不明金などを精査しては虱潰しに文官などを罷免して裏の繋がりを追求しているそうだ。
 秘密裏にしなければならないことだというのに、俺がそのことを知っている理由は単純だ。

 褒めて欲しいティルカが事細かく報告してくるのだ。
 やっぱり、あいつ尻尾とか生えてるんじゃないかな?

 空を見上げればティルカのいい笑顔の幻覚が空に浮かんでいた。守秘義務ってこの世界には存在しないのだろうか。

「退屈しない?」
「面白いものがたくさんあるからな。アシュはそれらをまとめているようだぞ?だが、一番食いついていたマティはすでに王都に帰ったようだぞ」
「そうなの?」
「ふふ。エフデお義兄様やケルン様が許可をしてくれたから弟君たちと楽しむとおっしゃってましたわ」

 サイジャルは最新技術が目白押しだからだ。宰相家としてはその技術が手に入るならほしいんだろう。技術力は国力に繋がるからな。
 とはいえ、簡単には手に入らない物ばかりだから図書館にある論文を書き写すとかまとめるだとかの作業が待っている。アシュ君はそれをやっているのか。

 書類とかしばらくは見たくない。

「あんな書類の量はさすがにもうみたくない」

 その理由が映画関係の書類だ。ユリばあ様との話が終わったその日に追加で出された書類はケルンの身長よりもあったのだ。
 サインだけでいいからといわれても、読まないといけないから、きちんと読んでいった。思考加速で速読できるから引っかけにかからなくてよかったところだ。
 ケルンとマリーヌ先輩の婚約許可と俺のサイジャル専属職員の受諾書とか他にも似たようなのが紛れていたからな。

 即座に破棄して抗議文を学長とマリーヌ先輩たちに送りつけて、詫びの品を請求しておいた。鉱石が足りないから貰えるといいな。婚約関係のは全部リンメギンの人だったから期待できる。

 悩んだ書類もあったが、ケルンと話し合って…ケルンに説得されてが正しいが、許可をした。

「母上も楽しみにしておられるらしいから、二人には感謝している…母上がこちらに来られても困るのだ」
「お勤めを放棄してまでは来られませんでしょうが…王妃なので…」

 王妃様が映画のために来るのは問題だからな。あとは、マティ君の気持ちがよくわかるからってのがある。弟さんを喜ばしたいってのは、かなりわかる。

「あのね、続編も作ったから今度見ようね!」
「…続編は勘弁してほしかった」

 こいつがここまで喜ばなきゃ俺も断ったんだけどなぁ…まぁ、俺の出番はそんなにないし、ケルンの演技力が上がるのは将来の可能性の幅が増えるし…子役でもトップ張れるぐらいは顔がいいからな。

「僕は楽しかったよ!」
「おー、今日もキラキラしてんなぁ」

 無駄にキラキラさせてるが、俺にむけてるのに、周囲に被害が出ている。たまたま見てしまった市場の人が腰から落ちて悶えてるのが視界のすみに見えたぞ。
 訂正する。役者ではストーカー被害が出るから止めさせよう。

 それからぐだぐだとおしゃべりは続いていたが、市場に来ていた生徒の数が減っていく。市場の店も同じように閉店する。

「義兄上、ケルン。そろそろ馬車に乗らねば帰りが遅くなるのではないか?」

 定期馬車が出ているのだが、屋敷にもどのならもっと早くの馬車に乗らないと夜中になってしまうだろう。
 その必要もないんだけどな。

「父様が迎えに来てくれるんだ!」
「ティストール様が?」

 俺たちが帰るってなったのに、父様が送迎に来ないわけがなく、時間がきたら橋を渡ればいいのだ。
 誰よりも張り切っていたから、時間より早めに来るかもしれない。

「何でも今は仕事が落ち着いたから…って聞いてたんだが、違うのか?」

 父様はせっかちだからと考えていれば、ミケ君の顔がみるみる微妙な表情になっていく。

「いえ…父からの手紙ではお忙しいと聞いていたので」

 確かに父様は忙しいっちゃ、忙しいかもな。ちょくちょくこっち来てるけどすぐ帰っているし。
 …さぼってないよな?

「では四日後に」
「お待ちしておりますわ」
「いってきまーす!」
「じゃあな」

 時間が来て橋へと向かう。
 案の定父様はすでに迎えに来ていて、俺たちはその場で抱きしめられて、身動きがしばらくできなかった。
 すっと父様の抱擁を避けたミルディもそのあと捕まっていた。

「ただいまー!」
「…お邪魔します」

 屋敷に帰ってきての第一声だ。
 俺の場合、どうすればいいかわからず、体を得てからは初めてだし、これでいいかと挨拶をする。
 するとすぐに出迎えてくれた人からの注意が飛んできた。

「ただいまでしょ?」
「…ただいま戻りました、母様」
「母様ー!」
「おかえりなさい。二人とも」

 腕を広げている母様にケルンは飛び込んだ。ぎゅっと俺ごと母様は父様とはまた別な力加減で抱きしめる。
 ここら辺が父親と母親の違いなんだろうか。父様はひげでケルンを遊ばせる感じだけど、母様は胸で包む感じだ。
 甲乙つけがたい。何せ、どちらも愛情がたっぷりだからだ。

「あのね、母様、聞いて!お兄ちゃんがペギン君の続きを映画にしたんだよ!」
「あら、本当?」
「それでね、僕ね」

 ケルンが母様に何をしていたかを報告していると、カルドが近づいてくる。

「若様。若様のお部屋はご用意しておりますがいかがいたしましょう」
「そうだな…」

 どうやら本当に俺の部屋を用意してくれたようだ。あの子供部屋を俺ようにしたってところだろう。
 せっかくの用意してくれたのもあるし、寝るときはそちらを利用してもいいかもしれないな。

「俺用の布団とかなのか?」
「後々を考えまして通常の物です…フィオナに縫わせましょうか?」

 後々を考えて…か。ユリばあ様から聞いたのか?
 普通のサイズの布団でも問題ないから別にいいんだけど、小さな布団もいいかもしれないな。

「え?お兄ちゃん、一緒に寝てくれないの?」

 ケルンが母様との話を中断して俺をつかんで話かけてくる。お前、そんな隠すように話しちゃカルドに悪いだろ?

「…いや、部屋があるから、俺はそっちで」
「や!一緒がいい!」
「サイジャルでは部屋がないからで、ここには部屋があるんだぞ?前まで一人で寝れていただろ?」

 ケルンは割りと一人で寝るのは平気な子だったから、早くから一人で寝起きしていた。
 寝かしつけの絵本さえ読めば爆睡してくれるから、簡単だっただろう。ここのところは、俺と一緒でしか寝ていない。

「お兄ちゃんがいたもん…僕は一人で寝るのやだもん…お願い、だめ?」
「うぉ…キラキラが…」

 ケルンからのキラキラをまともに受けてしまっては…断れないんだよなぁ…これ魅了効果絶対あるわ。

「…あー…カルド。すまないが今日はケルンと寝ることにする。代わりに遊び道具は俺の部屋に移動しておいてくれ。使わないのももったいないからな」

 せっかく用意してくれたのに、何もしないのはもったいない。せめて遊び場にしたり、ケルンの昼寝部屋にしてもいいかもしれない。もう昼寝をしなくてもいいのだけど、たくさん寝ればそれだけ大きくなる…はずだからだ。
 寝る子は育つ。きっと。

「かしこまりました。エセニア、坊ちゃまの遊び道具を若様のお部屋へ」
「はい」

 カルドの指示にエセニアがケルンのおもちゃを部屋に持っていくようだをケルンのおもちゃのことを一番知っているのはエセニアだから適任だ。今でもどんぐりで遊ぶから、どんぐりコマとか作るか。

 帰ってきてすぐに話をしなければと、母様がお茶の支度をフィオナに頼んだ。
 和気藹々とみんなでお茶会をする…とはならなかった。

「よし、私もお茶を」
「ティス。お仕事なんでしょ?」

 父様が参加をしようとしたのを、母様がたしなめたのだ。
 母様が仕事を優先させたいなんて、よっぽど仕事が大変か…さぼりまくったかだな。

「私も息子たちとお茶をしたい!」
「旦那様…」

 親子だななぁ…ケルンといい方がそっくりだ。カルドがあきれたように見ているけど、父様は気づいていない。

「すぐに終えて帰ってくればいいでしょ?」
「そうしたいんだが、どう頑張っても帰宅は夜になってしまうんだ」

 父様が遅くなるっていうからには、よほど仕事が多いんだろう。
 ってか、そんな状況で迎えに来てくれたのか。『転移』で一瞬とはいえ、あいんだろうか。

「くそ…馬鹿な貴族の調査なんて…いっそ全て燃やしてやろうか…」
「旦那様、お言葉が。それと証拠がなくなるのでお止めください」

 黒い父様の呟きは聞かなかったことにしよう。父様は見た目はお歳を召しているが、中身はめちゃくちゃ若いってのはよくわかった。
 嫌いじゃないんだけど、はしゃぐから…あ、お土産があるんだった。

「そうだった。父様。今日は前に約束したことをしましょう。一緒にお酒を飲みませんか?お仕事でお忙しいとは思いますが…親子の時間を取りたくて…ケルンとコップを選んだんです。な?」
「うん!僕は果実水を一緒に飲む!だから早く帰ってきてね?」

 サイジャルって制作関係の人が集まるから、俺の目からでも素晴らしいってわかるガラス細工が山ほどある。
 父様や母様の瞳のガラス細工のコップを見つけたときはケルンと二人で喜んで、すぐに買った。金貨三枚とか安い買い物だったしな。

 父様と酒を飲み交わすっていうのも面白そうだった。

「エフデ、ケルン…」
「あら、母様の分はないのかしら?」

 感動している父様と、仲間に入れてほしそうな母様の言葉に思わず笑ってしまう。

「あるよ!」
「ばっちし買ってます」
「ばっちし!」

 俺の真似をするケルンに、ちらっとあたりをみる。エセニアはまだいない。セーフ。ミルディがため息をついたけど、セーフだ。

「ふふふ…あんまり遅くてはケルンが一緒に飲めないわね。おねしょしちゃうもの」
「そうですね…ケルンのためにも父様が早く帰ってきてくれたらいいですね…」
「父様…」

 夜間はなるべく水分をとらないようにしている。トイレで起きて、寝不足にならのは成長に悪いからな。
 建前なんだが、父様は気づかないだろう。

「すぐ済ませて帰ってくるから!カルドも来い」
「はい、旦那様。手早く済ませましょう」

 二人はすぐに『転移』した。
 貴族の人はご愁傷様だけど、不正はよくないので、きっちり裁かれてください。
 しかし、思っている以上にだ。

「父様ってちょろくない?」
「かわいいでしょ?」

 惚気られた。
 …もしかして、俺やケルンもちょろいのか?
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